3.直せない剣
苦い顔をして剣を見下ろし、左手で後頭部をガシガシかいて唸り声をあげる。
「オレには直せねぇ。それにこれはもうただの折れた剣だ。直したところで本来の力は戻る保証はねーよ」
「……それでも、オレは直さなきゃなんねーんです」
歯をガリッと擦り合わせ、手のひらに爪をたてる。
私には切羽詰まった様子を見せなかったが、本当はずっと打ちのめされていたのだろう。
何と声をかければいいのかわからない。
この剣が深琴の手に渡ったことに意味がある。
直さなくてはならない重要さも知っているのに、言葉は喉に詰まるだけだった。
「うみ坊。ここをさっさと出ろ。こんなしみったれた場所にいるな」
「伊佐治……」
「出てってくれ!」
伊佐治はカッとなり植実を睨みつけると、大きく足音を鳴らして奥へ引っ込んでしまう。
乱暴に閉まった襖を見て、植実は背中を丸めますます小さくなっていた。
一度気を取り直そうと外の空気を吸いに行く。
すっかり落ち込んでしまった植実と深琴に私は必死に声のかけ方を模索するしかなかった。
伊佐治はなぜ、ああも剣を直すことを嫌がるのか。
見た限りでの認識でしかないが、長いこと鍛冶師として動いていなさそうだ。
髪はずいぶんと白髪が多く、着物も雑に半幅帯で縛っているだけだった。
人として生きることを諦めた、自分を雑に扱う姿に心には針が突き刺さった。
「うみちゃん。どうして伊佐治さんは刀を打てないの? ……どうしてあんな自分を」
諦めた目をしていたの?
「伊佐治ね、右手が動かせないのら」
植実の呟きに血の気が引いていく。
まったく気づかなかったと、焦って伊佐治の動向を振り返ると、動きはすべて左手を軸にしていたと気づいてしまった。
それでも鍛冶道具は手入れが行き届いていた。
手が動かせないのに、鍛冶師としての心は生きているのではないか?
そうでなければ鍛冶場だって荒れるはずなのに……。
「奥さんと出かけたときに野盗に襲われたのら……」
その際、奥さんは殺されてしまった。
野盗に身ぐるみはがれ、手を刀で串刺しにされた。
それから喪に暮れて、ようやく刀を打とうとしたところで右手が動かないことに気づく。
伊佐治が刀を直せない経緯を語った植実はトボトボとうなだれ、近くの丸太に腰かけた。
(うみちゃんが何も言えないわけだ。そんなの酷すぎるもの)
植実の巫女としての力。
人のオーラを色で見る力がある。
心が読めるわけではないが、魂の色がわかるだけに伊佐治の辛さが見えてしまうんだ。
伊佐治の手が動かなくなった理由は怪我のせいか、きっかけにすぎなかったのか。
植実が鼻をすすっているのを見ているしか出来ず、私は立ち尽くすだけ。
肝心な時に無力。
姉を助けることも出来ない弱々しく情けない妹だ。
「うみも一緒に行きたいけど伊佐治を放っておけないのら」
見慣れた翡翠色が植実の首元で揺れる。
私が背筋を伸ばして植実と向き合うと、植実は勾玉を外して手渡してきた。
「うみちゃん。私、まだそれを……」
受け取る必要はある。
だけど心が追い付かない。
正しいはずなのに、間違っている気がするのはなぜ?
「元に戻ってくれねぇとダメなんだ。ここで諦めたらオレは何のために――!」
「深琴!?」
折れた剣を握ったまま、深琴は大股に歩きだす。
さすがに放ってはいけない気持ちになり、中途半端な気持ちで深琴に手を伸ばしてしまった。
「あの、深琴……」
それが良くなかった。
乾いた音が私の手を振り払う。
「わりぃ。ちょっと一人にしてくれ」
今まで見たことのない余裕のなさ。
直らないと告げられてもなお、直さなくてはと強迫観念に支配されている。
どうすればいい?
いいや、深琴は唇を奪うような最低野郎だ。
心配する必要なんてない。
非道な人を気にかけるほど、私は善人には――。
「ごめんうみちゃん! 今はそれ受け取れない!」
「ほのちゃん……?」
植実から勾玉を受け取らず、私は袴を持ち上げて元来た道を突っ走る。
私にとって重要なのは勾玉を集めて、八ツ俣を倒すことだ。
だがそれだけが行動原理ではない。
好きか嫌いは別に、ただ人が苦しむ顔を見たくないだけだ。
深琴への言葉は見つけられなくても、今の私だから出来ることがある。
伊佐治の家に戻ると、鬱々とした伊佐治の前に勢いで土下座をしてかかった。
ギョッとして身体を起こした伊佐治に、私は守里から託された勾玉を手のひらに乗せて突き出す。
「八ツ俣を封印しないといけないんです。剣を直す方法はありませんか?」
「……オレには打てない。あの剣は特別なものだ。手がないわけではないが……」
「それって……!」
「いや、出来るか保証なんてねーんだ。あれはそんな簡単なものじゃない」




