3.五女・植実
「おっ、うれしいねぇ。穂乃花は理想がたけぇからこの顔でよかった」
「はぁ? 何言ってるの。一言も好みの顔なんて言った覚えないけど」
「大丈夫だって。すぐに穂乃花はオレを好きだって認めるから」
つくづく根拠だけは明かさない。
もう追及するのも面倒になってきたと、額を押さえて諦めの息を吐いた。
そこに植実が割って入り、ジッと深琴の瞳を凝視する。
「ほのちゃん。みーくんは本気で言ってるのら。うみ、わかるよ」
「はっ……や、やめて植実ちゃん! そんなの知りたくないわ!」
「おー、さすがは植実ねーさん。わかってるねぇ」
「でもちょっとだけ嘘ついてる。すっごく照れてるの、隠してる」
「……え」
「ちょっ! 植実ねーさん! 何言って……!」
あれほどお調子者だった深琴が一気に顔を赤くして慌てふためいている。
植実の指摘が図星だったようで、意外にも動揺する姿に目を見張ってしまう。
これだけ飄々と嫁だなんだと口にして、実は全部照れていたと?
本気の言葉を伝えながらもそれを伝えるたびに恥ずかしがっていた?
カアァァ! と頬が染まる感覚に身を震わす。
いつも深琴のペースに持っていかれていたと思っていたが、振り回していたのは自分だった?
そう考えると少しだけ優越感がある。
同時にそうしてでも伝えてくる意図が読めなかった。
「みーくんはみーくんって呼んでいい?」
「おぉ、イケてる呼び方じゃねーか。じゃあオレはうみっことでも呼ぼうか」
(うみっこ!?)
「おお! その呼び方は最高なのら! 大歓迎なのら!」
(うみちゃん、いいの!?)
植実は許容範囲が広い。
その分、弾いた人への線引きも明確だ。
一応、深琴は植実の目視テストはクリアしたようだ。
守里の時もそうだったが、植実にまで合格判定を食らうと深琴に当たりづらくなる。
今までは冗談だとか、極悪人と断罪出来たが、そうではなく一途が先走っただけの証明になってしまうから。
それも植実の巫女としての能力が、私に皮肉な自覚を与えていた。
「うみちゃん、どうしてここに? 私たち伊佐治さんを訪ねて来たんだけど……」
姉妹の誰かがいるとはわかっていたが、この家には伊佐治を目当てに来た。
そこに植実がいるということは、なんらかの繋がりがあるはずだが……。
「目が覚めて山で遊んでたら、伊佐治に見つかったのら! 屋根だと思ってしがみついていたら置いてくれたのら!」
屋根扱いされている、と苦笑いをするも言いたいことはわかる。
私たちは目を覚めた時点で文無し宿無しだ。
生き抜くためにチャンスを逃すわけにはいかない。
植実も守里も助けられたことがわかり、今は心から安心している。
それも千年前からの善行が報われている魂からの恵みだ。
(はっ、私は拾われたわけじゃないし!? むしろ被害者よ。純潔を奪われた以上、逃げ場なんて失ったんだから)
植実の判定をクリアしたとしても、乙女心についた傷は治らない。
抉られ続けるばかり。
もう生きる理由は八ツ俣を封印する使命を果たすことだけ。
そもそも千年前に儀式を行った時点で乙女の夢なんて捨てていたのだから、今更胸を痛める必要なんてないのに。
「なんだぁ? さわがしいなぁ」
まともに呂律のまわっていないガラガラ声が襖の向こうから聞こえた。
顔を上げた先にあおむけに倒れる無精ひげの男が畳に寝ころんでいる。
「伊佐治~! お客さんなのら~!」
「ぐえっ!」
植実はじゃれつくウサギのように高く飛びあがり、伊佐治の腹にドスンと座った。
突然の圧迫に伊佐治は顔面蒼白になり、植実を畳に転がすと適当な桶に嘔吐した。
「うみ坊……。お前なぁ」
「ごめんなのら。あのね、伊佐治にお客さんなのら。うみの妹の穂乃花ちゃんと、旦那さんのみーくんなのら」
結局こう紹介されてしまうのか、と肩を落とす。
もう闇雲に突っ込むまいとだんまりを決め込んだ。
「あー、なるほど。だったらうみ坊連れてさっさと帰んな。うみ坊探してたんだろ?」
「伊佐治さん。オレ、暁月村から来ました。伊佐治さんならこの剣を打ち直せると聞き、ここまで……」
「悪いが鍛冶屋はやめたんだ。帰ってくれ」
珍しく謙虚な佇まいで伊佐治と向き合う深琴だったが、願いむなしくあっさりと切り捨てられてしまう。
躊躇いもなく断った伊佐治の瞳にはまったく覇気を感じられなかった。
それでも諦めるわけにはいかないと、深琴は片膝をついて伊佐治の前に折れた剣を置く。
目の前に置かれた折れた刀身と鞘を見て伊佐治は一瞬固まり、スッと目を細めて深琴を一瞥した。
「折れてるな」
「オレが折ってしまったんです」
「普通は折れねぇもんなんだがなぁ」
伊佐治にはこの剣が何かわかるようだ。




