第4話:隣国の王宮へ。至高の待遇と、あまりにも呆気ない国家最高戦力の証明
ロストール王国の王都に近づくにつれ、街道の景色はカイトがいた国とは一変していった。
贅沢なサスペンションが効いた、王家専用の最高級馬車。そのふかふかの対面シートに腰掛けながら、俺は窓の外を眺めていた。
「カイト様、お口に合いますでしょうか? 我が国特産の果実を使った焼き菓子です。どうか遠慮なさらず、たくさん召し上がってくださいね」
隣に座るシルヴィア王女が、さも当然のように、小皿に載ったお菓子を俺の口元へと運ぼうとしてくる。
黎明の森でグラットンベアを瞬殺して以来、彼女の俺に対する距離感はバグを通り越して完全におかしい。
「あ、自分で食べられますから大丈夫です、シルヴィア様」
「む……そうですか。シルヴィア、で結構ですよ? これから私直属の『筆頭魔導騎士』になられるのですから」
白銀の美しい鎧を脱ぎ、見事なドレス姿に身を包んだ王女は、少しだけ不満そうに頬を膨らませた。
一国の最強王女がこれほどまでにチョロい《純粋すぎる》など、前の国では考えられなかったことだ。ゼクスたちの後ろで、死んだ魚のような目で荷物を運んでいた日々が、まるで遠い昔の出来事のように思える。
やがて馬車は、白亜の巨城――ロストール王宮へと到着した。
出迎えたのは、豪奢なローブをまとった厳格そうな老人。この国の宮廷魔導師長、バルトロだった。
「シルヴィア様、ご無事で何よりです。……して、そちらの若者が、殿下の危機を救ったという『稀代の英雄』ですか?」
バルトロは片眉を上げ、俺を値踏みするような鋭い視線を向けてきた。
「いかにも。カイト様は我が国の至宝となるお方だ。バルトロ、すぐにでも筆頭魔導騎士の叙任手続きを――」
「お待ちくだされ、姫殿下」
バルトロが厳かに首を振る。
「いくら姫様のお言葉とはいえ、戦闘レベル1の『荷物持ち』だった若者を、いきなり最高ランクの筆頭に据えるなど、他の騎士たちが納得いたしますまい。実績、あるいはその『収納スキル』とやらが本物であるという、明確な証明が必要ですな」
前の国と同じ、無能を見る目。
だが、今の俺には不快感すら湧かなかった。むしろ、ちょうどいい。この新しい力の『実験』には、うってつけの相手だ。
「証明、ですか。俺は何をすればいいですか?」
俺が淡々と問い返すと、バルトロは不敵な笑みを漏らした。
「ほぅ、肝が据わっているな。……ならば、このワシの放つ最上級魔術『極大爆炎破』を、そのスキルで防いでみせよ。もちろん、直撃すれば消し飛ぶが……降参するなら今のうちだぞ?」
「バルトロ! なんて無礼を! カイト様を殺す気ですか!?」
シルヴィアが色をなして怒るが、俺はそれを手で制した。
「いいですよ。やりましょう」
「ククク、若気の大至急か。では、王宮の訓練場へ移動するぞ」
数分後。広大な石造りの訓練場。
数十メートル離れた対角線上に、バルトロが杖を構えて立つ。周囲には、何事かと集まった宮廷騎士たちが「おい、あのガキが魔導師長の全力魔法を受けるらしいぞ」「自殺志願者か?」とひそひそ話をしている。
「いくぞ、少年! 我が純度の高い魔力の前に、そのアイテムボックスごと灰に帰るがいい!」
バルトロが呪文を紡ぐと、訓練場全体の空気が熱を帯び、彼の杖の先にとてつもない密度の火球が形成されていく。並の騎士なら、そのプレッシャーだけで腰を抜かすほどの魔力量だ。
「喰らえ! 『極大爆炎破』ーーーッ!!」
轟音と共に、視界を真っ赤に染め上げるほどの巨大な炎の濁流が、俺を目がけて撃ち出された。地面の石畳が熱で爆ぜながら、猛烈な速度で迫ってくる。
「カイト様ーーーッ!」
シルヴィアの悲鳴が響く。
だが、俺の視界には、その迫り来る『炎の魔法そのもの』がしっかりと収まっていた。
「――『収納』」
俺はただ、静かに右手をかざした。
次の瞬間、訓練場を支配していた凄まじい爆音と熱量が、完全に『消滅』した。
「……は?」
バルトロの抜けたような声が響く。
着弾の衝撃も、煙も、光もない。
俺の目の前数センチの空間を境界線として、数千度を超える炎の濁流が、まるで透明な掃除機に吸い込まれるように、一瞬で亜空間へと引き抜かれて消え去ったのだ。
後には、ただ涼しい風が吹き抜けるだけの、無傷の訓練場が残されていた。
「な……魔法が、消えた……!? 結界ではない、相殺でもない……ワシの最上級魔術の『熱量と構造』が、世界の因果から丸ごと消失したというのか!?」
バルトロが杖を落とし、ガタガタと膝を震わせる。
当然だ。俺の『概念・稼働体収納』は、放たれたエネルギーそのものを直接、収納内に隔離できる。
頭の中にシステム音声が響く。
【最上級魔術『極大爆炎破』の収納を確認しました。収納内にて『熱量エネルギー』として蓄積されます。任意のタイミングで『放出(出力)』が可能です】
(……なるほど、敵の魔法をストックして、そのまま撃ち返せるのか)
どこまでも凶悪な仕様に、俺は心の中で笑う。
「ま、待ってくだされ、カイト殿……! 今のはワシの不敬! いや、国家の至宝に対してあまりにも無礼な真似を……!」
さっきまで傲慢だったバルトロが、額から滝のような汗を流しながら、這いつくばるようにして俺の元へ駆け寄ってきた。周囲の騎士たちも、恐怖のあまり誰も声を出すことができない。
「カイト様……! やはり、やはり貴方は神の遣わした英雄です!」
シルヴィアが後ろから俺の体に抱きつき、その豊かな胸の感触が背中に押し付けられる。やっぱり、この王女様はめちゃくちゃにチョロい。
「これで、筆頭魔導騎士の件は文句ないですか、バルトロさん?」
「も、もちろんですとも! 異議を唱える者など、このロストールには一人もおりませぬ!」
こうして俺は、到着初日にして国家最高戦力の座を完全に証明し、贅沢な屋敷と、毎日の美味しい食事、そして俺にベタ惚れの可愛い王女様という、至高のセカンドライフを確定させたのだった。
――その頃。
カイトを失い、1階層目で這う這うの体で王都ギルドへと帰還した『暁の剣』のゼクスたちは、受付嬢から「信じられない事実」を突きつけられ、文字通り絶望のどん底へと叩き落とされていた。




