第5話(最終回):今さら戻ってきてくれと言われても、隣国の最強王女に甘やかされているのでもう遅いです
「おい、冗談だろ……? もう一度言ってみろッ!」
王都の冒険者ギルド。その受付カウンターに、勇者ゼクスが血相を変えて掴みかかっていた。
背後には、ボロボロの装備で疲れ果てたミーシャとガルクが、幽鬼のような顔で立ち尽くしている。
対する受付嬢は、冷徹そのものの目でゼクスを見据え、事務的に告げた。
「ですから、ゼクス様。お持ち込みいただいた『暁の剣』の全財産――数百万ゴールド相当の魔結晶、レア素材、予備武器の全てが、『ただの石ころとゴミ屑』に劣化していると申し上げているのです」
「そんなわけがあるかぁッ! それは昨日、あの無能の荷物持ち(カイト)の『無限収納』から吐き出させた本物だぞ!」
ゼクスが狂ったように叫び、カウンターに麻袋をぶちまける。
中から転がり出たのは、濁ってひび割れたただの石ころと、赤サビだらけの折れた剣、そして中身がドロドロに腐敗した液体ポーションの瓶だった。
「カイト様の『無限収納』は、ただのアイテムボックスではありません」
奥から現れたギルド長が、深い溜息をつきながら書類を叩きつけた。
「彼のスキルは、収納内部の時間を止め、外部の魔力的干渉から物資を100%保護する『特殊な結界』を内包していた。……つまり、あの莫大な財産や素材は、カイト様の魔力によって維持されていたからこそ価値を保っていたのだよ」
「あ……」
ガルクがガタガタと震えだす。
「カイト様の維持魔力という『保護』を失った瞬間、それらの素材は、ダンジョン深層の呪いや大気、時間経過のツケを一気に支払うことになる。……結果が、これだ。ただのゴミだよ」
ギルド長は冷たくゼクスを睨みつけた。
「さらに、お前たちがギルドから前借りしていた高難度クエストの『前払い金』、および今回のダンジョン未達成による違約金、総額一千万ゴールド。これを本日中に支払ってもらう。……払えない場合は、Sランクの剥奪、および全財産の没収の上、鉱山での強制労働となる」
「そんな……嘘よ……私たちはSランクの『暁の剣』なのよ!?」
ミーシャが悲鳴を上げてその場に泣き崩れる。
ゼクスは白目を剥き、壊れた人形のように「あ、あ、カイト……カイトを連れ戻せば……!」とブツブツと呟き始めた。
「そうだ、カイトだ! あの役立たずを捕まえて、もう一度バッグをやらせればいいんだ! おい、カイトはどこだ!?」
掴みかかろうとするゼクスに、ギルド長は哀れみすら含んだ冷え切った声を投げかけた。
「手遅れだ、愚か者め。カイト様なら昨日、隣国のロストール王国に『筆頭魔導騎士』として国家最高待遇で迎え入れられた。すでに、お前たちごときが気安く名前を呼んでいいお方ではない」
「ひっ……筆頭、魔導騎士……!? 隣国の、最高戦力……!?」
ゼクスの頭の中で、何かがパチンと弾けて千切れた。
自分たちが無能と罵り、ゴミのように追い出した荷物持ちが、自分たちなど足元にも及ばない遥か高みの存在になっていた。
絶望と後悔の波が彼らを飲み込み、ギルドの衛兵たちによって、かつての『光の勇者』一行は引きずられていった。彼らに二度と、日の目を見る未来は訪れない。
◇
――その頃。
ロストール王国の王宮、カイトに与えられた専用の豪華な私室。
「カイト様、あーんです!」
「シルヴィア、だから自分で食べられるって……」
「もう、筆頭魔導騎士様は四の五の言わずに私に甘やかされていれば良いのです!」
ドレス姿のシルヴィアが、頬を林檎のように真っ赤にしながら、フォークに刺した高級肉を俺の口元に押し付けてくる。
あのグラットンベアの件以来、彼女は俺の専属給仕係(自称)として、朝から晩まで俺の世話を焼きたがって仕方がなかった。
窓の外には、広大な王都の美しい景色が広がっている。
昨日まで裏路地で銅貨を数えていたのが嘘のようだ。
ふと、前のパーティの奴らの顔が脳裏をよぎったが、俺はすぐにそれを意識の彼方へと追いやった。
今さら、あの傲慢な連中に戻ってきてくれと泣きつかれても、もう遅い。
俺の『概念収納』は、敵の魔法も命も、そして理不尽な過去さえもすべて亜空間へ置き去りにして、目の前の幸福だけを掴み取ることができるのだから。
「カイト様、美味しいですか?」
「……ああ、最高に美味いよ。ありがとう、シルヴィア」
俺が微笑むと、純情な王女様は嬉しそうに顔を綻ばせ、さらに俺の手をぎゅっと握りしめてきた。
手に入れた最強の力と、俺を心から必要としてくれる愛しい存在。
世界最強の荷物持ちだった俺の、至高のセカンドライフは、今始まったばかりだ。
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