〈10〉幕が下りる前
麻衣子のビートファイトに出られるのもあと三回。
スタジオには加藤の姿があった。
先週は加藤がいなかったので声を出した。
しかし、今夜はクレームを言った加藤がいる。
あと三回。
もう終わる……。
この三回、俺は楽しむぞ!
信也はそう心に決めた。
麻衣子のビートファイトが始まり、中盤の四曲目で信也は「えぃ!」と声を出した。
永島裕子の笑顔がパッと鏡に映った。
麻衣子も、頬がぷくっと盛り上がって、笑っているのが見えた。
〈やっぱり俺を見て笑ってるんだ。笑ってくれればそれでいい〉
信也は加藤の存在を気にせず「えぃ!」と声を出した。
その声に呼応する者は誰もいない。
それでも信也は「えぃ!」と声を出した。
麻衣子は終始微笑んでいるように見えた。
麻衣子のビートファイトが終わり更衣室に行くと加藤に声をかけられた。
「また大声、出てるね」
「こんな素晴らしい選曲をする小倉さんのビートファイトを盛り上げたいだけです。いけませんか?」
信也は加藤に面と向かって言った。
加藤は何も言わず、顔を逸らしシャワールームに行った。
信也も服を脱ぎ、シャワールームに入って、シャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら思った。
〈そうだ。俺は何を引っ込んでいたんだ。何を守りに入っていたんだ? 大体、俺に守るものなんてあるのか? 守るものなんて何もないんだ。卑屈になる必要なんて何もないんだ〉
信也はシャワーを浴びながら開き直った。
加藤にクレームを言われ、駐車場で車を見て、自分との過ごしてきた人生の差を感じ、どこかで劣等感を感じていたんだ。
ずっと押しつぶされていたのだ。
自分の置かれた立場、状況は決して変わらない。
しかし、過度に劣等感を感じる必要はないんだということに信也は気づいた。
そして、あと二回になったビートファイト。
信也は名残惜しさを強く感じ、心が潰されそうだった。
そんな思いを振り払うために、信也は麻衣子のビートファイトで「えぃ!」と一人、声を出し続けた。




