第29話:狼男と赤ずきんのお話
「『うびゃああああい!』」
「うわぁっ!」
ホットサンドを食べた瞬間、狼男さんたちは激しい雄叫びを上げた。
それはもう窓ガラスが割れるかと思ったよ。
久しぶりだな、この感じ。
最近は静かなお客さんが多かったから懐かしかった。
『おで、こんなにうめぇホットサンドは初めてだぁ! どぅやっだら、こんなうまいもん作れるだぁ!?』
「なんておいしいお料理なのでしょう! わたくし、感激してしまいましたわ! 実家のシェフでもこれほどのホットサンドは作れません!」
お二人とも興奮のあまり口調が変わってしまっている。
そんなに喜んでくれるのは嬉しいけど、勢いに気圧される私がいた。
『この肉はなんだべかぁ!? 噛めば噛むほど旨みが増すし、それでいて後に残りすぎない絶妙な脂の乗りだぁ!』
「わたくし、それほどお肉は得意じゃないのですけど、このお肉ならいくらでも食べられてしまいますわ!」
『「いったい、何の(お)肉を!」』
「そ、そちらは<ヴェレーノ牛>のお肉を使っております。リブロースを豪快に切り出しました」
狼男さんも赤ずきんさんも、口々に感想を述べまくる。
それはもう称賛の嵐だね。
いや、ほんとに嵐のようなんだ。
『キノコの香り高い風味も素晴らしいだべな! 肉の味にほんのりと混ざり合う様は、まさしく食材の融合だぁ!』
「わたくし、キノコも苦手なのですけど、あなたのお料理を食べて大好きになりましたわ!」
『「いったい何のキノコを!?」』
「ド、<ドキドキノコ>という食材を使いました。ちょうど周囲の森に生えておりまして、私も焼いた後の香ばしい香りがとても好きです」
お料理が好評なのは良かった。
赤ずきんさんの怖い雰囲気も消え去っているしね。
が、お二人の顔は私の目の前だ。
特に、狼男さんの牙が恐ろしいことこの上なし。
できれば、もう少し距離を保っていただけませんか?
『それに、このトマトぉ! 辛いべぇ! なんじゃ、このトマトはぁ! 一口食べたら止まらないんじゃよ!』
「わたくし、トマトも苦手なのですけど、これからは毎日食べようと思いますわ! 今まで避けていたのがもったいないくらい!」
『「いったいどんなトマトを!」』
「ト、トマトには<ホットマト>を使いました。おっしゃる通り、ピリっとした辛さがおいしいトマトです。ホットサンドに合うかと思い……」
説明するたび、強烈に感嘆するお二人。
ハイテンションの余韻で、私まで食べられないだろうか。
心配すべきは赤ずきんさんではない。
私だったのだ。
『極めつけはこのゼンマイだなぁ! ほろ苦さがそんじょそこらのホットサンドとは訳がちげえ!』
「わたくし、ゼンマイも苦手なのですけど、実家の薬草園でも育てさせるようにしますわ! 苦いイメージがあって遠慮してましたが、これほどおいしいとは!」
「『いったいどんなゼンマイを!』」
「ど、<毒ゼンマイ>でございます。洗っただけでシャキシャキする食感と、その薄っすらとした苦さが他のゼンマイにはありません」
二人はガツガツとホットサンドを食べる。
こんなに喜んでくれるなんて嬉しいな。
頑張って作ってよかった。
お客さんの笑顔を見ていると、私まで元気になるね。
一度キッチンに戻ると、ロールちゃんとネッちゃんが出迎えてくれた。
「二人とも、なんか別人みたいに変わったね。この変わりようは怪しい……」
『おいしい料理を食べると人が変わるって本当ニャねぇ』
ロールちゃんはまだまだ警戒心が抜けないようだ。
貴重品もらったら手の平返すのかな。
その光景が簡単に思いつくよ。
お食事が終わったところで<ポイズンハーブ>のお茶を出す。
狼男さんも赤ずきんさんも、満足気な様子でお腹をさすっていた。
「食後のハーブティーでございます。<ポイズンハーブ>から煎じました」
『いやぁ、お茶まで飲ませてくれるんかいな? ここはすんばらしいカフェだぁ』
「実家で飲む物より何倍もおいしいですわ。シェフたちに飲ませたいくらい」
お二人とも笑顔でずずず……とお茶を飲んでいる。
最初はどうなることかと思ったけど、喜んでくれてよかった。
静かに下がろうとしたら、狼男さんに話しかけられた。
『実は、おでたちは倦怠期でなぁ。このままじゃ別れるんじゃないかと思ってたんだ。あっ、申し遅れたべさ。おではオルーフってもんだ』
「わたくしはクリムと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「レベッカ・サンデイズでございます。よろしくお願いします」
みんなで握手を交わす。
この二人は恋人同士なのか。
クリムさんが不機嫌だったのも、倦怠期と聞いて納得できた。
『さっきから、なんだか胸がドキドキしてたまらないんだぁ。これはきっと、クリムのことが好きでしょうがないんだべなぁ』
「わたくしも胸がドキドキしてますの。これはきっと、オルーフさんの魅力に改めて魅せられているんですわ」
「胸がドキドキ……」
それはきっと、<ドキドキノコ>や<ホットマト>の影響だと思います。
どちらも、多少なりとも胸がドキドキする成分が含まれておりますので……。
と言うとまずそうなので、黙っておくことしかできなかった。
『おではクリムのことが大好きだべさー!』
「わたくしもオールフさんのことが大好きですー!」
人目もはばからず、ガッシ! と抱き着くお二方。
う~む……目のやり場に困るな。
夜ならまだしも、今はまだ真っ昼間だ。
ネッちゃんの教育にもよろしくないし。
止めるかどうしようか悩んでいたら、ロールちゃんがすっ飛んできた。
「すみません! うちはそういうお店じゃなくてっ……!」
『ああ、悪かったなぁ。お代はちゃんと払うべさ。ほら、これで足りるかいな?』
「おいしいお料理をありがとうございました」
オールフさんはとんでもなく美しい水晶のナイフを、クリムさんは真珠のネックレスを差し出す。
即座に固まるロールちゃん。
目をパチパチ。
……まさか、この反応は。
「はわわ……ありがたく頂戴しますね! はわわ……」
私が断る間もなく、どちらもガバッと回収してしまった。
『じゃあ、おでたちはそろそろ帰るべさ。絶対また来るかんな!』
「今日という日は一生忘れませんわ! 皆さまもお元気で!」
「「ありがとうございましたー!」」
オールフさんとクリムさんは手を取り合って森へ向かう。
それを見送る私たち。
“カフェ・アンチドート”六人目のお客さんたちも、笑顔でお見送りすることができた。
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