やっぱりそそっかしいのです
エブリイの元についたシボネは開口一番「汚ったないわねぇ!」と叫んだ。
エブリイには細かい傷はもちろん、こぼしたオイルや凹んだ外装に赤錆が所々浮いている。スズキがどうにか整備してきた結果だが、耐久度的にはかなり限界に近い。普通に止まっているのに傾いて見えるのは錯覚ではないだろう。足回りがヘタれているようだ。
シボネの歯に衣を着せない物言いに、スズキとアントンは顔を見合わせる。
「水洗いはちゃんとしてるんだがなぁ、拭き上げてないけど」
「梅雨明けのときよりマシじゃない?」
「そうじゃないでしょーが。凹んで、サビ浮いて、傾いて、しかもオイル臭い!
それにこのほっそいタイヤ!ちゃんと止まれるの?」
タイヤを蹴るシボネの足と比べると、軽のタイヤはたしかに細い。約14センチの横幅はハガキの長辺より短い訳で、そんな細いタイヤ4つで870キロの車両重量を支えているのだ。さらに荷物を載せれば1トンなど軽く超える。
1トンを支え続けたタイヤはすっかりすり減ってしまっていた。溝が消えてスリップサインも出てしまっている。もし現実世界で走っていたらパトカーに止められるだろう。
「オイル臭いってお前はガス屋の店員か。次にお前は燃焼剤入れますか?と言う」
「懐かしすぎるわソレ」
シボネは現実世界ジョークを軽く流してしゃがみ込むと、ホイールの隙間からブレーキを確認する。エブリイは前輪がディスク式、後輪がドラム式ブレーキとなっている。主にディスク式の方が損耗が激しい。
「おい、エンジンの場所わかるか?」
「知ってるわよー、アタシも車乗ってんだから」
軽い口調で車体下に潜り込みサスペンションを、シートを剥がしてエンジン部分まで確認する。
「うげぇー、オイル真っ黒でドロドロ。これ交換してないの?」
「似てるオイルを分けて貰ってるんだが、アントン、アレって何の油だ?」
「ヤサイ油。ダメだった?」
ガックリと肩を落とすシボネ。いくらなんでも食用油を使う奴があるか。ここまでよく走ったものだ。
あらかた見終わったシボネは、フロントガラスに両手を当てた。
「再生!記憶を再現する!」
変化は緩やかに、かつ一瞬で行われる。
ボディに浮いた赤錆はみるみるうちに剥がれ落ち、雨垂れのような赤い線や細かい傷は薄くなって消えていった。
タイヤは膨張と収縮を繰り返しながらかつての黒艶を取り戻し、新品同様の輝きを取り戻す。
傾いた車体も元どおり、車内の日焼けした樹脂も色を取り戻していき……
「術式終了!新車当時まで再生したわ、どーよ!」
そこには納車直後の状態に戻ったエブリイが停まっていた。
美しい白のボディは夕陽を反射し茜色に染まっている。傷やヘコミがあったことなど嘘のようだ。ヘッドライトも黄ばみが消えクリアに、フロントガラスの透明度も以前とは比べものにならない。
内装も綺麗だ。シートはなかなか洗うことができないもので、長く乗るとどうしても汗やヤニが染み込んで汚くなってしまう。特に商用車ともなるとスズキ以前の先輩たちが乗り継いでいるわけで、その汚れは相当のものだった。
しかし今のシートにはシミひとつ無い。濃い灰色だった座面もライトグレーの眩しい輝きを取り戻している。
「す、すげぇ!30年モノの旧車が新品になりやがった!」
「見た目だけで驚いて貰っちゃ困るわねぇ。オイルゲージをご覧なさい。サラサラに輝く鉱物油!エンジンに残ってたわずかな純正オイルを再生してやったのよ。
タイヤ、ホイール、ブレーキパッド、サスペンションの足回りは消耗を回復させるだけにとどめ、オイルやガソリンは純正品を再生する!おまけで内外装もキレイにして術式完了、これがシボネ様の「再生」スキルってやつよ!」
「割れた内装も元通り治ってる!凄いよスズキ!」
スズキは、興奮を隠しきれないアントンと一緒に早速車に乗り込む。
キーを回すとSUZUKI特有の軽いエンジン音が響き出し、そのままアクセルペダルを踏み込むとレスポンスの良い手応えが駐車場に響きわたった。
「あぁ!エンジンも新車のように快調だ!慣らしが必要なくらいかもな」
「まだまだ、これくらいで驚いて貰っちゃ困るわ。次は消耗品の複製よ。
エムダ、小瓶を用意しなさい。まずはオイル、次にタイヤとブレーキパッドを3セット作ってあげるわ」
「サスペンションも頼む!」
「はいはい、他にもあったら言いなさい。魔力製剤が無くなるまで作るから」
シボネは少し呆れたような声で背を向ける。
スズキは車に夢中だった。
それから30分もしないうちに、エブリイの荷台には交換部品がみっちりと詰められていた。ワイパーのゴムからテールランプまで思いつく限りあらゆる交換品をシボネに複製させた結果だ。ホクホクしたスズキと対照的にげっそりとやつれたシボネの姿がそこにはあった。
「いやー、本当に助かる!ありがとな!」
「契約……だか……らっ……て、ここまでさせる…………!?」
荷台を覗き込むスズキはすっかりご満悦だ。その後ろでシボネはエムダに支えられて辛うじて立っている。
エリルの手術で消耗している上に、エブリイのほとんどの交換部品を3セットずつ矢継ぎ早に複製させられたのだ。もはや怒る気力すら残されてない。
一部始終を見ていたアントンはボソリと呟く。
「むしろエブリイまるごとの複製を頼まなかっただけ良心的だと思うな」
「そーか!その手もあったな!」
「絶対イヤよ!」
即座に却下してシボネは立ち直った。エムダに預けていたローブをまとい、勢いよくバサっとひるがえす。
「契約分は働いたんだからね!魔力製剤も在庫切れだしもうおしまい!
エムダ、早く変化して!これ以上居たら身が持たないわ」
「はい、師匠!ちょっとお待ち下さい」
スズキとアントンが顔を見合わす。今から帰宅するには聞き慣れない単語が出てきたからだ。
『変化』である。
「『変化』ってどういうことだ?鳥にでもなって飛んで帰るのか?」
スズキが純粋な疑問を二人に投げかける。
その言葉を聞いたシボネは少し偉そうに腕を組んでふんぞりかえった。
「状態変化のスキルじゃないわ。固有スキルとでも言うべき高位の能力をエムダには持たせているのよ」
「持たせている?」
シボネの言葉尻にさらに疑問を持つ二人。そこにエムダがフォローに入る。
「僕は機械生命体……ゴーレムなんです。
師匠に縁のあった異世界の遺物と魂をもとにして作られました。その時にいろいろと、今の姿や能力を授けていただいたんです。だから今お二人が見ている人間態ともう一つ、遺物の頃の僕の姿を持っているんです」
「人の姿と遺物の姿を自由に行き来できるってわけ。人間としての能力と、遺物としての能力を併せ持ったハイブリッドゴーレムなのよ。
……言っとくけど、アンタたちの遺物より相当凄いからね?なんたって意思を持って自律し、ヒトスキルとモノスキルのシームレスな運用ができる。さらに元の遺物がハコバンなんかより力の強いレアな外車だから、基礎ステータスも高レベルでまとまってるの」
「高性能のゴーレムってわけか。シボネさん、その技術をうちの商会で扱うつもりは……」
「無いわ。量産できないし、エムダは私の家族よ。お金で売るつもりはない」
色気を出したアントンをシボネはすかさず切り捨てる。アントンの方もそこまで本気では無いようだ。頭を少しかいて『気が変わったら』とだけ付け加えた。
一方、ハコバンをけなされたスズキは腕組みしたままエムダをジロリと睨みつける。
「けっ。じゃあ元の遺物って何なんだよ。一体何がベースなんだ。
さっき『外車』って言ってたよな」
「ふふっ……気になる?」
シボネは口に手を当て、流し目をスズキに向ける。スズキからは見えない右手の裏では、唇が楽しそうに歪んでいた。
「なんたって外車、それもとびきり有名なアメリカブランドのクルマよ。ハコバンと比べちゃあ可哀想なくらいね」
「なんだよ、勿体ぶりやがっ……て……」
言いかけたスズキがハッと気付く。『アメリカのクルマ』『とびきり有名』、そして『変化』すなわち『トランスフォーム』。
への字口だったスズキの表情がみるみる変わる。眉間のシワもすっかりとれて、まるでスーパーカーを前にした子供のような笑顔だ。
それも仕方ないだろう。某ハリウッド映画でも大活躍のあのクルマを想像すれば、子どもも大人も興奮してしまう。スーパーカーとはそういうものなのだ。
先ほどまでの不機嫌も何処へやら、すっかり前のめりになったスズキはシボネにさらに問いかける。
「まさかあの黄色のクルマなのか!?」
「? よく分かったわね。ボディは黄色に塗り替えたわ」
「あのクルマって言ったら黄色しかないだろ!
マジかー!日本でも数は多くないぜ!それをまさか異世界で拝めるとはなぁ!」
「ふふふ、まさかそこまで有名だったとは。
え?ホントに分かってるのアンタ」
「分かってる分かってる!
たしかにアレだったらエブリイじゃ比べものにならんわ!もう早く言えよ、そして早く見たいぜ!」
「急になんなのよ?……エムダ!」
さらに興奮したスズキがどんどんとシボネをまくし立てる。
スズキの急変にシボネは少し訝しがったが、愛車を期待されて悪い気はしない。軽く流してエムダに合図を飛ばす。
「準備はいい?コールと同時に変化するのよ」
エムダはコクリとうなずき3人から距離をとる。
そして体の輪郭が輝きだして、全身が光に包まれる。
「これがエネルゴンの力……!」
「はぁ?エネ……何?
もういいわ、エムダ!トランスフォーム!」
シボネの掛け声と同時に、機械が組み変わる音が響きだす。
ギュイン、ガコンという有機生命体から鳴らない音が光の向こうから届き、スズキはあまりの非現実的な光景につばを飲んだ。
光は人型から形を変え、大きく横長な姿へと変貌していく。何枚もの鋼板が組み合わさる音がし、4つの車輪の輪郭が光の中から現れる。クルマのあらゆるパーツがぐりんぐりんと動き回り、あるべき位置へ組み上がっていきーーー
最後にドスン、と地面を揺らして機械生命体は降り立った。
静かになった駐車場にシボネの声だけが聞こえる。
「変化完了、とくと見なさい。
これが私の愛車『シボレー ME63S』……」
眩かった光が徐々に和らぎ、その全貌がスズキとアントンの前にあらわになる。
そう、これこそかの有名なアメリカ、ゼネラルモーターズの一柱。
スーパーブランド『CHEVROLET』が擁するクルマ『ME63S』、通称『CHEVROLET・MW』、そして
「ってこれ『ワゴンR』じゃねーか!」
SUZUKIのワゴンRソリオをベースにしたOEM車である。
見た目は車高の高い軽自動車だ。
居住性の良さを伺わせる縦に長いドア。フロントガラスも縦に長く視認性が良い。とにかく街乗りしやすそうなクルマだ。
ジャンルで言えば、ホンダの『NーBOX』、ダイハツ『タント』と同型の、いわゆるハイトールワゴンである。
さらに付け加えるならば、『SUZUKIワゴンR』とはそのハイトールワゴンのジャンルを確立した、草分け的存在の名車だ。
その排気量アップに加え車体強化版と言える『ワゴンRソリオ』、そこにさらに天下のゼネラルモーターズが誇るシボレーのエンブレムが公式に付いた通称『CHEVROLET・MW』。決して卑下されるようなクルマではない。
ないのだが。
「うわっ!ワゴンRにシボレーのロゴ付けてんのかよ!?ダサっ!?」
見た目は先に説明したとおり、軽自動車そっくりなのだ。ワゴンRをベースにしているから当然なのだが、そこにシボレーのエンブレムが付いてると、その……コンパチ感がすごい。
このクルマの存在を知らない人からすれば、『ヤン車のワゴンRが恥ずかしいカスタムをしてる』風に見えるのである。
「………………。」
「中は……うわー豪華。社外品でゴリゴリ飾ってやがる。エアコンに木目パネル、シートにまでシボレーのマーク付いてんのかよ」
さて、ここまでは車の解説だったが、ここからはこのクルマに乗る人間のことを説明しよう。
ざっくり言えば、この車に乗る人間は2種類いる。
まず一種類めは、内装の豪華さで選んだ人間。
ワゴンRソリオと比較すると、本革シートとシートヒーター、革張りステアリングといった装備は豪華で魅力的だ。初見では社外品で飾っているのかと思われることもある。しかも中古市場でそこそこタマが揃っていたので、ある価格帯での選択肢としては十二分にアリだったのだ。
コスパと性能で選ぶ、コレが一種類めの人間である。
そして、もう一種類はーーー
「いくら外車に憧れてるからって、軽でシボレー名乗るとかないわー」
「っっッッッ!!!!!」
とにかく外車に乗りたい人間である。
「ハァーーーーーーッ!?!?車検証にもちゃんとシボレーって書いてるんですけドォ!?そもそも軽じゃありませんしィ!!普通車ですしィ!!黄色ナンバーと一緒にすんじゃ無いわよ600ccの分際で!」
スズキの一言が思い切りシボネの逆鱗を打ち抜いた。それもそのはず、シボネが現実世界でMWを買った理由がまさに『外車コンプレックス』なのだ。
MWはブランドこそシボレーだが生産は完全にメイドインジャパンのため、外車としてはコスト諸々がかなり安い。アウディのAシリーズと比べたらもう考えるまでもなくMW一択なのだ。
しかし繰り返すが生産は完全にメイドインジャパンだ。
外車なのにメイドインジャパンなのだ。
「軽でシボレー……ッ!?お前コレ、あのMWかよ?SUZUKIのOEM、外車じゃねーだろ!」
「ハァ!?ハァーーー!?OEMだからなんだってのよ!124スパイダーも同じでしょーが!!」
「謝れェーーッ!マツダとフィアットとアバルトと全ロードスター乗りに謝れェェェェッッ!!!」
売り言葉に買い言葉、ついにスズキまでもが激昂しシボネに喰ってかかる。
それでもシボネの勢いは止まらない。なにせかなり気にしていることを真正面から突かれたのだ。
外車に乗りたくて乗りたくて、それでも高くて買えなくて、妥協して買ったMW。
それは、シボネにとって初めてのマイカーだった。
初めての愛車は同じクルマ乗りなら察するに余りある。そもそも、初めてでは無かったとしても他人に貶められては黙ってはいられない。
が、事情を知らないものからすれば自称シボレーの国産車乗りである。
ソイツが言うに事欠いてマツダとフィアットの合の子『124スパイダー』と同じなんて言い始めた日には、ツッコミを入れずにはいられない。
「馬鹿も休み休み言え!
イタリア製エンジン積んだロードスターと、エンブレム付けただけのワゴンRが同列な訳あるか!」
「きいいぃぃ!だけじゃ無いわよ!車検証だって、ディーラーだって……!」
「外車要素はエンブレムだけだろ!
つーかエンブレムすらどうせ中国製だよ!
目ェ覚ま……!」
その一言が決定打だった。
スズキの眼前が一瞬で何かに覆われる。真っ白の、ゴムのようなものが顔に叩きつけられたのだ。
驚いたスズキは言いかけたセリフを飲み込んで、顔面に張り付いた白い何かをつまみ上げる。
「てぶくろ?」
それは医療用の白く細長いゴム手袋だった。治療用にシボネが持ち歩いている、回復術師なら必携の代物だ。
そんなものがこの場面で出てきたと言うことは、理由は一つしかない。
白い手袋を握りシボネを睨むスズキと、オロオロした様子を見せるアントン。
トランスフォームして表情の見えないエムダと、その前に仁王立ちで腕を組むシボネ。
火蓋は、完全に切って落とされていた。
「そこまで言うならタダじゃ帰さない……!
シボネ・デュラントは貴方に決闘を申し込む!
アタシが勝ったらそのハコバンをMWに作り替えて、そのデカい口を二度と叩けないようにしてやる!!!」
「おもしれぇ、ワゴンRが俺に勝つつもりか!
だったら、俺が勝ったらシボレーのエンブレムをSUZUKIのSに貼り替えてやんよ!」
「あぁ!?」
「おぉん!?」
かくしてシボネはスズキの対戦相手となった。
私はMWのこと馬鹿にしてませんからね!?




