懲りないやつら
「転生者」と「転移者」の違いを理解するには、異世界の仕組みを理解する必要がある。
まず、この異世界には「魔力」と、魔力を統制する「スキル」がある。この二つは「神」から与えられ、好きに組み合わせて生まれ落ちる事ができる。
異世界で生まれた全員が選べるのだ。
当然生まれる前の人間に明確な自我はない。ましてや魔力やスキルなど理解して選べるはずもなく、ごく一部のみが有効な組み合わせで産まれ落ちることができる。
その「一部」こそが「転生者」だ。
前世の記憶を持つ魂は当然、知識と経験則をもとに理想的な組み合わせを選択する。
これが「転生者」のメリット、俗に言う「転生特典」である。
いっぽうで現実世界。
ここには「魔力」も「スキル」もない。あるのは「物理」というどの世界にもある不変の法則だ。当然、生まれ落ちるのに「神」は関係ないし、「才能」なんか選んだことも貰った覚えも無い。
現実世界に生きる人間は己の身体ひとつで産まれるだけだ。
異世界人からすれば「無能力」である。
そんな現実世界の人間が異世界にそのまま「転移」して、果たして「転生者」と同じとどうして言えようか。
現実世界から来た無能力者、それが「転移者」の異世界一般常識だ。
ーーーーーー
というわけで、「転生者」シボネがひとしきり謝り、でもやっぱり事故の当事者だからと「転移者」スズキにキレ散らかしたあと、エリルも交えてレース当事者とシボネで話し合いをすることになった。議題はもちろん今後の安全対策についてだ。
一同はエリルのベッドを囲むように椅子に座り円卓を組む。
「さて、それではまず私から。ハルギ領主のエリルだ。スズキくんとはこれが初めてだがまるで旧知の仲だった気がするよ。迷惑をかけてすまなかった」
「俺もだ。熱くなりすぎた、すまん」
握手しようとお互い手をあげるが、シボネがそれをやめさせる。エリルの指は再生術式の治療が完全に終わっていないからだ。
片目を覆う包帯、整形された鼻、固定された関節、幾重にも伸びる管が点滴につながり、酸素マスクをつけた有様。しかし生きていて、術後に関わらず意識がハッキリしている。
シボネの腕が一流である証であった。
「シボネくんにも迷惑をかけたね。まさか戦場以外で戦場より酷い怪我をするとは思わなかった」
「全くよ。まぁアンタは戦場で怪我し無さすぎってこともあるけどさ。
全身の8分の1を再生してるんだから1ヶ月は絶対安静にしてなさい。その間の小間使いは確保しといたからね」
「うぅっ、グズッ……あじがどうございばじだぁぁぁ」
顔がぐちゃぐちゃのアントンがエリルの隣に座る。
その対面にシボネが腕を組み、スズキがエリルの正面に陣取っている。
「しっかり反省しなさい。
とりあえず、私は回復術師のシボネ。今はハルギを拠点にしてる流れ者よ」
「彼女は私の傭兵団員だ。スズキくんと同郷と聞いてね。念のための医療スタッフとして用意していた。」
エリルの説明でシボネは自身の襟を指さす。四角三角を組み合わせた特長的な図形のバッジが留められている。
描かれた図形はハルギ領のシンボルマークで、このバッジを身につけているということはハルギ領の関係者ということだ。
このバッジ自体は別に珍しく無い。ハルギ領にいれば守衛から配達人まで役人連中は皆バッジをつけている。むしろスズキが気になったのは「同郷」のほうだ。
「ほー、同郷ねぇ。顔立ちは違うが話し方が日本人っぽいな、違うか?」
シボネの顔は日本人らしくない。分類するとソース顔、彫りが深くて目鼻立ちがしっかりしている。二重まぶたでよくよく見ると色っぽい。よくよく見ないと男っぽくも見える。ハルギ領では珍しくない顔立ちだ。外見は普通の異世界人と変わりない。
しかし喋り方が、発音がどことなく日本語っぽいところがある。
「その通りよ。もう転生後のほうが長いのに、前世は抜けないものかしらね」
「そうかもな。俺は2年前に転移してきたスズキだ。よろしくな、センパイ」
スズキがなんとなく頭を下げると、シボネも礼を返す。その様子をきょとんとした表情で見る異世界人二人を前に、日本人二人は思わず笑みをこぼした。
そしてきょとんとしているのはエリルとアントンだけではない。ドアの外で聞き耳を立てるエムダも同様である。彼女はまたシボネが暴走しないかと心配で、廊下に張り付き隙間から中の様子を伺っているのだ。
(師匠の謎行動と同じことしてる人、初めて見たなぁ……
って、あれ?師匠ってまだハタチくらいじゃなかったっけ?前世じゃ27で過労死したって言ってたし)
シボネの実年齢を知るエムダが言葉の違和感に気付く。計算にかかろうとしたところで脳内にシボネの声が響きわたった。
(聞き耳立ててないでさっさと買い物してきなさい!アンタさっきからそこに居るのわかってるのよ!)
(ひぃっ! 師匠!? なんでわかったんです?
いやそれよりも、また暴走しないかって心配だったんで……)
(エ〜ム〜ダ〜!!)
シボネは扉の向こうで盗み聞きしていたエムダと念話しつつ、にこやかにスズキと握手をかわす。
手を離す頃にはエムダが廊下を走り去っていた。
「で、そこでグズグズしてるのがアントンだ。この街の商人でシルバ商会の一族なんだと。ほらいーかげんエリルから離れろよ。シーツがぐちゃぐちゃじゃねーか」
「はははアントンくんパジャマで顔を拭かないでくれ」
「ふぅ、アントンです……この度は本当に、グズッ」
「もういいって!もう!」
「シボネくんはキツイからねぇ」
涙と鼻水を垂れ流しながらエリルの側から離れないアントンと、困った顔のエリル。その様子を見て笑うスズキ。そしてやれやれと肩をすくめるシボネ。
事故からようやく戻ってこれた平穏だ。
この平穏をじっくりと噛みしめ、失うことのないようにしなければならない。
口火を切ったのはアントンだった。
「あれから考えたんだけど、安全対策には魔法を使うしかないと思うんだ。狭い山道に物理的な安全装置を置くことは難しい。退避エリアも衝撃吸収バリアも、コストは掛かるけどポイントごとに監視役員を用意して対応するしかない」
「私も同感だ。さらに言えば、ドライバーの装備にも条件を加えるべきだろう。ただの金属鎧では事故の衝撃が防げないことを身をもって知った。安全装備に基準を設けて全ドライバーに着用させよう」
アントンとエリルが必要最低限の提案をする。これは現実のサーキットでも当たり前に用意されるべき事項だ。逆に、これらがない状態で速さを競うというのは、文字通りの自殺行為に他ならない。
しかし。
「そもそもアンタら、『レースをやめる』って選択肢はないわけ?ドライバーだけが事故るんならともかく、公道でやってんだから周りを巻き込むかもしれないじゃない」
「それは……」
そう。危険行為をしているのなら、一番初めにすべきことは『しない』ことだ。危険なことは、『しない』。当たり前の単純な理屈である。
アントンとエリルはもともと自分たちの利益のためにレースを始めた。当然レースを続けることが前提で考えている。でもシボネはそうではない。これ以上犠牲者を増やさないためにはレースをやめることも当然選択肢にある。
シボネの提案に言葉が出ないアントン。その様子を見てスズキが口を開く。
「周りを巻き込む『かも』っていうか、もう周りを巻き込んじまって『いる』状態だな」
「どういうこと?」
スズキは腕を組んだまま3人を見る。
「春に俺が走った直後ならまだその選択肢はあっただろう。
今はどこも昨日のバトルの話で持ちきりだし、公開された動画の再生回数はうなぎのぼりだ。タイムレコードだけならまだしも、映像記録があったらマネする奴が絶対でてくる」
昨日のバトルでは魔法による中継が行われていたが、録画対策は取っていなかった。誰かが録画した映像を共有魔法にアップロードしているのである。一度共有された情報を消すことは当事者であっても不可能だ。情報の拡散を止めることはできない。
「ここで俺たちがやめても野良の走り屋は止まらない。このままだとまた事故が起きるし、死人だってでる。俺たちが止めちまったら、それこそ無法状態だ。」
やめることが事態の悪化に繋がり、その結果責任を投げ出すことになってしまう。
ならば真の責任の取り方は、「最後まで面倒を見る」以外無い。
眉間にしわを寄せながら、シブシブと言った表情でシボネは首を縦にふる。
「しょうがないわね……わかったわよ。で、一般人対策は?」
「アントンが言った魔術師とは別に人を立たせるんだ。峠の入り口と先の見えないコーナーの前がいい。一般車が間違って入ってもそれでわかるし、事故が起きた時もすぐに対処できる」
現実世界での経験と異世界の魔法技術、事故当事者の意見を出し合い安全対策がまとまっていく。話し合いは順調に進み、形になる頃には夕方になっていた。
「じゃあまとめるよ。
レースは先行後追方式。決着の付け方は先行を追い越してフラッグをくぐるか、先行が5車身差でフラッグをくぐるか、どちらかリタイアするか。決着がつくまで交互に入れ替えて競争する。
ルールはスポーツマンシップを第一として、レース中は違反がないか遠見魔法で監視する。事故になるような接触やライン妨害は禁止だ。
魔法は自分のマシンにだけ使っていい。これはレース前のマシンチェックでも確認する。
安全対策としては、ドライバーは頸椎保護を主とした安全装備を必ずつけること。運営は競技中に安全設備の設置を必ず行う。救護スタッフも運営が準備だ。
一般車はレース中であっても必ず優先して、すれ違う時は一時的に競争をやめる。
違反があったら即終了。
と、こんなところかな。
まずはこのルールでリーグ戦をやってみて悪いところがあったら手直しするってところでどうだろう?」
アントンがメモから顔を上げ、エリル、スズキ、シボネの顔を順番に見る。シボネは少し不服そうだがおおむね納得しているようだ。
「無理に追い越さなくても後追いを引き離せば勝ちになるルールなら、危険なバトルにはならないってことね」
「そうかね?まぁ、マシンの制限もつけたいところだが今はこんなものだろう」
「重要なのは俺たちのルールが『公式』として認められることだ。門戸は拡げて魔獣だろうがゴーレムだろうがなんでも参加するレースをまずは立ち上げる。リーグ戦をやりまくって危険な野試合を減らすんだ。
これからが大変だぜ、アントン」
メモをたたんで立ち上がる横顔には涙の跡があった。もう二度と間違わない。そう強い意志を感じる横顔だ。
「僕は今から商会に行ってくるよ。また明日、次の対戦相手を選考する話し合いをしよう」
「俺が送ってやるよ。車の整備もせにゃならん」
アントンが立ち上がるのに合わせてスズキも立ち上がる。
時刻は夕暮れ、病み上がりのエリルも無理を押して今まで会議に参加していた。これ以上はここに居られないと思った配慮だ。主治医と治療方針を話す必要もあるだろう。シボネを残してスズキとアントンが扉に向かう。
「待ってくれ。じつはシボネくんを呼んだのはもう一つ理由があるんだ」
「そうそう、そのことも頼まれてるんだったわ」
エリルが二人を呼び止める。声に反応して立ち止まったところで、シボネが扉の前に回り込んだ。
「あんたのクルマを見てあげる。こっちに来て2年、まともな整備してないでしょ。オイルもフィルターも、タイヤの溝までまとめて見てあげるわ」
「どういうことだ?」
「シボネくんの『再生』スキルは無機物も対象なのだよ。さらに応用でコピーしたり、断片的な情報から復元、強化することもできる。
人間以外も治せるんだ」
「『回復』との併用で樹脂の白化すら元に戻せるわ。残りの魔力製剤を使えば箱バン一台くらいあっという間に修理出来るってわけ」
シボネが腕を組んで得意そうに鼻を鳴らす。
この話はスズキにとってまさに願ったり叶ったりだ。
何故ならエブリイは車検切れ状態だったからである。
スズキが転移したのは約2年前、軽商用車の車検期間は2年間だ。交換部品も代用品しかなく、タイヤ交換も出来るはずがない。ユーザー整備でしのぐのもそろそろ難しく、最近はフケが悪いしサスもスカスカ、タイヤはズルズルという状態だったのだ。
ちなみに、車のコンディションが悪くても走ることだけはできる。しかしそれは、いつ事故を起こしてもおかしくない状態で、という条件付きだ。
スズキがバトルを渋っていた理由はつまり「整備不良だから」ということにつきる。
「対戦料の代わりだ。ハルギ領が支払わせてもらうよ」
シボネの整備費用は高額だ。それをハルギ領で出してくれるなら断る理由はなにもない。そもそも、今のエブリイでは次のレースの前に走れなくなってしまうかもしれない。
スズキにとっては渡りに船の申し出だ。断る理由もない。
「ありがとよ、恩に着るぜ」
「ならば今後も走り続けてくれ。我が領は君の活躍を必要としているのだ」
領主がスズキを援助するのは結局のところ領の利益のためだ。
観光資源が無く交易の拠点でもないハルギ領は財源が少ない。『走り屋ブーム』はまさに降って湧いた産業なのだ。
このブームが定着し発展していけば、いずれ走り屋の聖地として確固たる地位を手に入れ、走り屋がさらに集うようになるだろう。徐々に増えつつある整備工場や部品屋がもっと盛んになれば経済も加速し、そう遠くない未来に作物や天然資源に頼らない財源として安定した収益を見込めるようになる。
絶対安静の身体をおして話し合いの場に臨んだのも、スズキを援助するのも全てはハルギ領のため。領主という人種にとって『走り屋ブーム』はハルギ領発展の道具でしかない。
打算的な考えに気がついたスズキは、短く冷ややかに返事をする。
「峠で待つ」
「すぐに追い越す」
異世界設定ひり出すのが相当難産でした……
挙句なくてもストーリーにほぼ関係ないっていうね……
もうね……
今後の展開に活かせるよう乞うご期待……




