救出作戦
※流血表現あり
カラベラから歩いて二十分ほど。採掘場の入り口近くに、ヴェルナーの閉じ込められた教会は建っていた。その扉の前には情報通り騎士が二人。どこか眠たげな顔つきで警備にあたっている。
時刻は間も無く日付が変わる頃。半月の照らす森の中は、木々のさざめきが不規則な暗がりを作っていた。
まだ日のある内に森へ潜んでいたルーイは、気配を殺し、静かに呼吸を繰り返している。――チャンスは、一度きり。浅く上下するその肩には、多くの人から託された期待が重くのしかかっていた。
時は少し戻り、ルーイがカラベラへ到着したその日の夜のこと。村唯一のバルでは、騎士も交えての作戦会議が行われていた。
ルーイはリーダー格である男性の隣に座ってそれらを聞いていたが、気持ちはどこか遠かった。去り際に掛けられた先見の言葉が、ぐるぐると頭の中を回っているのだ。
曰く、自分が関わると先の出来事が途中で見えなくなるというのだ。強い光に阻まれ、それが良い示唆なのか、悪い示唆なのかも分からないのだそう。
だから、自分がその時出来るだけの事をすればいいのだと。強く握られた手の温もりが、何故だか不安を呼び起こしていた。
机には、ヴェルナーが監禁されているという教会周辺の地図が広げられていた。周囲を森に囲まれたその場所には教会を挟むようにして、司祭の住居と騎士の屯所が建てられている。
話を聞くに、教会へ置かれた御神体を守るという名目で、国境へ駐屯している部隊の一分隊が交代で降りてきているらしい。その数十二人。うち、協力者は四人であった。加えて、教会の司祭と手伝いの少年も協力者とのこと。
「で、そのカイが言うには、ヴェルナーは魔法で拘束されているらしいんだよ」
手伝いの少年から話を聞いたという男は、曖昧な口振りでそう口を挟んだ。だから魔道士を探していたのだと。目線がルーイの意見を促す。その胡乱な目付きが心をささくれ立たせた。
「魔法でというと、どんな風な拘束ですか?」
「あー、鎖で繋がれてるって、言ってたかな」
なるほど。口にした自分の声がいやに遠くで聞こえた。兄弟子のまるで罪人のような扱いに、心臓が震えたのだ。
「鎖……ですか。それは、魔法で作られたものですか。それとも普通の鎖に術式がかけられているのでしょうか」
「いやぁ、そんな難しいことは、なぁ、」
男たちが苦く笑い合う。その姿にこれ以上の情報は無いのだと悟った。仕方のないことだ。魔道士ではない彼らでは、肝心な術式の事は分からないのだからと割り切るしかない。
しかし情報の少なさに、唸る。その姿に思うことがあったのだろう。
「ほんとに、大丈夫かよ。どう見たって子どもじゃねぇか」
「あぁ。ペンダントもヴェルナーのお下がりを持ってるだけだったりしてな」
離れた席で嘲笑する。男二人の口は、微笑みかけながら魔法で丁寧に縫い付けておいた。
「確かに、こうして外で経験を積むのはこの旅が初めての経験ですね。けど、白の魔道士としての登録は、この通り。間違いありませんよ」
ほらね、と指を横へ動かし、上下の唇をくっつけていた術式を雑に剥がす。多少痛みがあっただろう。青い顔をした姿に少しは溜飲が下がった気がした。
その分周囲から集まったのは畏れと奇異の目線だ。それを取り繕う技量もない。口は、慇懃無礼な態度を取り続けた。
「解呪は実際その術式を見てみなければ、なんとも言えないのが正直なところです。なので、どうやってヴェルナーのところへ行けばいいのか、その方法を教えてはくれませんか?」
一瞬の沈黙。それを破り笑いだしたのは隣の男だった。ゼップと名乗った彼は、兄弟子の手紙にも書かれていた村での友人である。
「いや、申し訳ない。ご覧の通り魔法に疎い連中ばかりなんだ。悪気は……あったが、それも含めて馬鹿な奴だと許してもらえないかな」
頭の回る人物なのだろう。静かな物言いが波立っていた気分を宥めた。
元より村は閉鎖的なところだ。余所者が直ぐに歓迎される事の方が少ないだろう。分かっていながら、相手にこちらを非難する要素を作ってしまったのだ。こちらとて反省の余地があったと、さざめく心を押さえつける。
「いえこちらこそ、脅しみたいに力を使って申し訳ありませんでした」
「ありがとう。それで、ヴェルナーのところへ行く手立てだったね」
素直に頭を下げれば、相手は柔らかにそれを受け止め話題を次に移した。会話を伺い、顔を見合せていた周囲も一緒に地図を覗き込む。
まず、示されたのは教会の入り口であった。
「実行は人目の少ない夜の予定。で、問題なのがここだ。夜間は常に見張りが立ってる。だよな」
確認に騎士が頷いた。加えて森の中を見回る警邏もいるが、明後日ならば自分たちが当番であるため問題ないという。
「ここも協力してくれる騎士が当番の時だったらいいんだけどな、それを待ってると時間が掛かりすぎる」
「ではここの騎士たちは、何とかして突破しなければならないということですね」
「俺たちでそう出来れば一番なんだけどな」
申し訳ないと謝る。騎士たちの今後を考えれば、仲間同士で剣を交える案は採用出来ないのだそうだ。同じ分隊に所属していたとしても、出身の身分が低い彼らでは事後処理で問題が出るらしい。協力的だという副隊長も、男爵の出だとか。
処分が彼らだけに留まらず、家にまで及ぶ可能性も考えれば表だっての行動は難しくなるだろう。立ち向かうには失うものが多すぎる。彼らのジレンマに思いを馳せた。
「なら、僕が何とかしましょうか」
「君が?」
「えぇ、森にいた頃に何度か対人の経験があるので。……そうですね、一瞬何かに引き付けて、その隙に一人ずつ気を失わせるくらいはできると思いますよ」
再度奇異の目がこちらに集まった気がするが、無視しておく。
ハイジャの森には時おり、竜を狩ろうとする無謀な人間が訪れることがあるのだ。アルノルトに任せると安易にその命を刈り取ってしまうため、必要に駆られ身に付けた体術である。
けれどその度、師には呆れた顔をされたものだ。相手は殺すつもりで来ているのだから、そんな優しさなど必要無い。殺さなければ殺されるよと、穏やかな声は教授した。
これもまた種族の違いだろう。人を殺すこと。自分からしてみればそれは、一度跨いだらもう戻れない一線なのだ。
「なら、前に考えた方法はどうだろうか。さっきも言った教会の手伝いの子が多少、魔法を使えてね。離れた場所へ光の球を浮かせることができるらしいんだ」
「良い案ですね。……でも、ご遠慮させてください。万が一を考えたら、実行人数は少ない方がいいと思うんです。それに僕なら部外者ですから」
「ここまで協力してもらっておきながら、後から君を付き出すつもりはないよ。だから、せめて中の鍵だけでもその子から貰ってくれないか。時間短縮は必要だろう」
少し考え、頷く。それ以外のことは、言ったからにはこちらの力量次第だ。頭の中で状況を整理していく。その途中でふと気になることが頭を過った。
「なにか、気になることでもあったか?」
「いえ、そうではなく。ヴェルナーを逃がしたとなれば、皆さんが疑われるんじゃないかと。シラを切ったところで、何か、お咎めがくるの、では、と……」
尋ねる最中から大人たちは悪い笑みを浮かべだした。これは、既に良い案があるようだ。代表してゼップがその疑問に答えてくれた。
「そこは、国境を超えてくる盗賊紛いな奴らの所為にしとこうと思ってるんだよ」
どうやら竜の恩恵を妬んだ隣国の住人が時おり、国境を越えて作物などを盗みに来ることが実際にあるらしい。採掘場のある鉱山は標高が高く、山越えには向いていない。それ故警備が薄いところがあるらしく、不法入国を許してしまっているとのことだ。
「ある程度のお金と食料を渡して、ヴェルナーにはビアンカたちと逃げてもらおうと思ってるからね。それを盗まれたことにするつもりだよ」
「俺たちも交戦したが逃がした体で話しておく」
だから安心しろと強く背を叩かれ、思わずむせる。その姿に、村人たちは笑い声を上げたのだった。
それから、門限だと慌てた騎士たちが帰るまで話し合いは続けられた。夜も、もう遅い。なら俺もと立ち上がったひとりをきっかけにその夜は解散となった。ルーイもまた帰り支度を始める。その横から、ゼップは話しかけてきた。
「しかし話に聞いてた通りだね」
「え?」
「よくヴェルナーが言っていたんだよ。俺の弟は優しすぎるくらい優しくて情に厚い奴だけど、時々びっくりするほど好戦的だってね」
今日二度目の気恥ずかしさに言葉が詰まる。今更ながら先ほどの自分の対応が、ずいぶんと子ども染みていたと反省したのだ。耳まで赤く染まっただろう。その姿にゼップは朗らかな笑い声を上げ、軽く肩を叩いてきた。
「よく自慢気に話していたよ。あれは相当な兄馬鹿だ」
「すみません、兄が……たくさんご迷惑をかけて」
「そんなこと思っちゃいないよ。あいつはな、穴を掘ること以外の生き方を忘れてしまった俺たちに、別の生き方を教えてくれた恩人なんだ。……まだ礼を言い足りていないくらいの、大きな恩があるんだよ。だから、」
真剣な眼差しが言葉を切る。声音に滲んだ感情はビアンカの叫びと似ていた。何とかヴェルナーを助けようともがき続けてきたこの一年は、彼らにとって相当長い時間だったのだろう。
「ヴェルナーのこと、よろしく頼む」
初めは嘲笑っていた男たちでさえ頭を下げた。
そのたくさんの思いが、数日経った今もなお指先を冷たくさせている。失敗はできないのだと。必ずヴェルナーを連れて帰らなければならないんだと、肩に力が入っているのだ。
――そんなにうるさい心じゃ、ばれちゃうよ。
初めて狩りに行った時の、アルノルトの言葉がよみがえってきた。分かっています。と文句だけは一人前に。深夜二時。最後に大きく呼吸をして、ルーイは動き出した。
教会の周辺に、俄に風が吹き始める。ざわざわと枝葉の擦れる音に包まれた騎士二人は何かを感じ取ったのだろう。警戒に辺りを見回し始めた。草葉が風ではない動きを取ったのはその直後のこと。互いに顔を見合わせ、視線だけで会話を終わらせたひとりが音の方向へと近づいていく。そこから、数えて五歩目。鋭い風が松明を消し去った。
ルーイがまず近づいたのは、入り口に残った騎士の方だった。木々の音に紛れ、背後から忍び寄る。気付かれたのはあと一歩での距離だった。視線が振り向く。同時に鞘を払う素早さはさすがのものだ。――いや、でも、間に合う。確信に一歩を詰めた両腕がその首へ絡まった。声を出す間もなかったろう。一人目が、意識を落として地に転がった。
残るはもう一人。夜目に慣れた視界には、鞘を払い、油断なく向けられた切っ先が映っている。その力量はかなりのものだろう。静かに呼吸を繰り返す。その気配に、間合いをはかりあった。
動いたのは、相手が先だった。素早い動作で鋭い突きが放たれたのだ。
瞬間、死を覚悟した。
動くのが僅かに遅れたのだ。鍛練の差だろう。左肩を剣先が抉った感覚がした。それでも体は動き続ける。どう動けば相手に勝てるのか。これまでの経験則が、さらに一歩、相手へと足を踏み込ませた。怯んだ隙が生まれたのはその直後。反射的に奪い取った剣の柄を、体勢を崩した相手のこめかみへ思いきり、叩きつける。
衝撃に右手が痺れた。
どさりと倒れ落ちたその身体に、詰めていた息をようやく吐き出したのは数秒後。大きく上下する肩からは血が溢れ出しているのだろう。思ったより深手そうな傷から遅れて感じ始めた痛みに、指先が痺れていた。
それでも、休んでいる時間はない。自身に施す治癒魔法は適当に。気を失っている騎士を素早く拘束し、先を急いだ。
教会の奥、ヴェルナーの閉じ込められている部屋へ行くまでに扉は二つ。ひとつは、礼拝堂の奥。主祭壇の左手に設けられた扉だが、こちらは手伝いの少年から預かった鍵で難なく潜り抜ける。
問題はその向こう、短い通路の先の扉だった。先ほどとは違い鍵穴のないその扉は、特定の魔力を感知して開く仕組みとなっていたのだ。
術式は例えば織物の文様である。隙なく作られれば美しさを感じるそれが、目に見える形で現れたのが魔方陣となる。解呪とはつまり、その魔力の文様ないし魔方陣を読み取り、解く作業のこと。或いはその隙間に別の文様を刻み意味を変える作業のことだった。
軽く読み取るかぎり、この扉に施された術式は綺麗な作りをしていると言えるだろう。なれど緻密さはなく、基本に忠実な文様に近かった。
それならば付け入る隙はあると術式を書き込んでゆく。いつ気付かれるか分からない今回は、解析と同時作業だ。罠を避けながら編み込む。細かな神経を使うこの作業は、得手不得手の個人差が大きく出る分野だ。
身近なところで言えば、師であるアルノルトや自分にとっては得意分野だが、兄弟子ヴェルナーにとっては、不得手な分野である。だから逃げ出せていないのだろうか。彼が捕まったと聞いた時から考え続けている憶測が不安とない交ぜに鼓動を早めた。
「よぉ、ルーイ。久しぶりだな」
だから、扉の先でのんきに笑っていたその人に文句を言う権利はあると思った。
「なにしてんの、ヴェル兄。こんなのとっとと解呪して、早く出てきといてよ」
「ご挨拶だなぁ。俺がこの手のは苦手なの知ってるだろ。それに、これなんかは作りが雑すぎて、逆に難しいんだぞ」
そう言って鎖を持ち上げた手はすっかりと痩せ細っている。その姿に泣きそうになる唇を噛み締めた。
「悪かったって、泣くなよ」
「泣いてない」
目に浮かんでいた雫を雑に拭い取り、床に現れた二つの魔方陣へと視線を向けた。すぐにも眉をひそめたのは、どちらともが明らかに特殊な術式だったからである。へらりと笑ったヴェルナーはやはり解析済みなのだろう。
「下の綺麗な方は、この浮かんでるやつから魔素を取り出して大地に染み込ませる術式。上の雑な方がこの鎖の術式で、こっちはもうだいたい壊してある」
と事も無げに宣ったのだった。
「そこまで出来てるなら、早く出てきなよ」
「んー。見た目そのままに機能を無くすのは楽だったんだけどな。余分な魔素をこれに戻す方法がうまくまとまらないんだよ」
「……お人好し。じゃあ僕の助けは必要なかった?」
「馬鹿だなぁ、ルー。嬉しいに決まってるだろ。けど、この仕組みを壊さなきゃ次の犠牲者が出る可能性が残る。それも、俺たちみたいのじゃなく、普通の人間が選ばれるかもしれない」
そう語る口振りは不自然に確信めいていた。人を竜の代わりにするなど、この人が本気にするわけが無いのにだ。
「ヴェル兄を閉じ込めた魔道士が、そう言ってたの?」
「いいや、騎士たちだ。術式を理解出来ない奴らがそう言うんだぞ。だから余計に何とかしなきゃならないんだよ。なぁルー、お前ならこれどうする?」
引っ掛かる文言はいくつもあったが、それはひとまず後回しだろう。ヴェルナーの問いに、じっと術式を見つめた。そうして観察をしている間に、ヴェルナーは肩へ残った血の跡に気付いたらしい。問い詰める口調に、ため息は吐き出された。
「おい、ルー。お前ケガしたのか?」
「もう治した」
「治したってダメージは残ってるだろ」
「動けてるからいい。そんな魔力も使ってないし、ちょっと黙ってて。意見聞いてるのそっちでしょ」
にらみ合いは長くは続かない。甘やかされているのだとは、分かっている。折れるのはいつもヴェルナーの方なのだ。
「悪かった。黙ってる」
アルノルトがここにいたならば、怒られるのはルーイの方だったろう。それも分かっているからやはり甘えなのだと、師の顔を思い出した時だった。
「ねぇヴェル兄、これ、魔力残ってる?」
筒状に光る魔力障壁の向こうに、よく知る魔力を感じたのだ。
「……残ってるな」
だからどうしたと言いたげに眉はしかめられる。けれど。
「ならそれを魔素の代わりに染み込ませたらどうかな。魔素より魔力が多ければ、それは恩恵なんでしょう?」
その提案に、途端晴れ渡った顔で笑ったその人は、強くルーイを抱き寄せ、乱暴に頭を撫で回した。
「ルー! お前天才だな!」
その大げさな称賛に、真っ赤な顔は照れ隠しを口にする。
「たまたまだから! 術式は一緒に考えてよ!」
そこからは二人での共同作業だ。それぞれに意見を出し合いながら、絡まらないように術式を編み込んでゆく。少し時間をかけすぎた気もするが、これが最短だっただろう。
「よし、行こう」
最後に鎖をほどき、立ち上がるヴェルナーに肩を貸しながら教会を抜け出た。その際ある程度、風魔法で中を荒らしておくのも忘れない。
そこから、一飛び村へと帰れると良かったのだが、そう簡単に事は運ばなかった。特定の人物以外の転移を禁止する障壁が辺り一帯に張られているのだ。警邏の騎士が味方なのが幸いだろう。そう逸る心臓に言い聞かせて、森へと踏み入った。
その矢先のことだった。
「ヴェル兄?!」
突然、ヴェルナーが胸を抑え苦しみだしたのだ。同時に、辺りに警鐘が鳴り響く。
それは時限式の呪いだった。本人も知らなかった様子を見るに、よほど上手に隠されていたのだろう。ご丁寧に、時計を模したカウントダウンの表示まで付いている。
「っとに、性格の悪い女がいたもんだよ、」
おそらく、十二時の場所へ針が全て集まるまでがタイムリミットだろう。残り時間は約五分。
「大丈夫、間に合わせる」
隠蔽の術式を周囲に編んだルーイは、脂汗を滲ませる兄弟子を近くの木に寄り掛からせながら、必死に解呪を試みた。
それはあまりにも滅茶苦茶な術式であった。単語に込められた魔力の強さだけで成り立っているような雑な文様だ。綺麗に組み直している時間もないというのに。焦りが思考を狭めていく。周囲に張った術式がぶれている事にも気付かないまま、針は、間も無く十二時を指そうとしていた。
「ルーイ。もういい。もう、間に合わないから。お前だけ逃げろ」
息も切れ切れに訴えるヴェルナーには首を振る。なんで、そんな事を言うんだと、苛立ちもあった。
「大丈夫あとちょっとだから」
「いいから、逃げろ、ルーイ。行くんだ、」
「うっさい、ちょっと、静かにして、」
「ルー、いい子だから、言うことを」
「だからっ」
「ルーイ!」
叫ぶように名を呼ばれた。次の瞬間、身体は地面に転がされていた。痛みと混乱に顔を上げればそこに見たのは――全部の針が真上で重なった時計と、心臓を剣で貫かれた兄弟子の姿だ。
もう、意味が分からない。
「魔道具風情が、手間かけさせんな」
聞こえた声はその向こう。ヴェルナーを足蹴にして剣を抜き取ったその男の姿に、己の内側で何かが壊れる音がした。
――躊躇ったらいけないよ。相手は殺すつもりで来ているのだから。殺さなきゃ、殺される。
真っ白な思考に聞こえてきたのは、アルノルトの声だった。目前は殺意を纏った騎士。剣を振り上げるその姿に。
――なら、殺さなきゃ。
境界線は踏み越えられた。
木々の間に鈍く、金属の触れ合う音が響く。声もなく絶命した騎士には幾本もの剣が突き刺さっていた。抜き取れば飛び散る。赤が視界を染めていた。
いたぞ、こっちだ。
別の騎士が上げた声も直に途絶えてゆく。
それは、一方的な殺戮であった。
刃を向けた者への剣筋に迷いもない。むしろ冷静でさえあった思考は、己の行いをきちんと理解していた。
分からないのは奥底から溢れる魔力の量と、視界を滲ませる水分だ。今までどこにあったというのか。自分のものとは思えない。多量の魔力が襲いくる相手を感知し、多くの剣を難なく操っていた。
同時に、息絶えた彼らの身体へ花を咲かせたのは、僅かに残った弔意だろう。
「あんた……」
端から見れば混沌でしかない。その異様な有り様に、言葉を失った生き残りの、そのおぞましいものを見る目に笑った。
心も、思考も鈍っているのだ。深い霧の中にいるようにも感じる。狭い視界の中で、見えるのはヴェルナーひとりだけ。ただ、その人を連れて帰る事だけが今の使命だった。
「帰ろう、ヴェル兄」
返事のない、その人をそっと抱き上げ共に帰路へつく。その道筋にもまた、色とりどりの花は咲き乱れていったのだった。




