旅路の先で
ルトさまへ
最初の町に着きました。大きな川が流れる綺麗な所です。
大きな町だけあって活気に満ちています。これなら次の町へ行く手立てもすぐに見つかりそうです。
ルトさまの加護のお陰か、野盗や魔物に襲われることもなく進んでいるのでご安心ください。
朝ごはん抜いたりしてないですよね?
次の町へ着いたらまたお手紙書きます。
ルーイ
ルトさまへ
王都オアリアへいったん来ました。先にオルバ川を渡った方が早いかと思ったのですが、商人さんたちが言うには、ここから次の馬車を探した方が良いとのことです。
王城のすぐ側なだけあって人も物も溢れんばかりです。収納鞄があるならこの辺で食べ物を買い込んでおいた方がいいとのことでした。
出会う方皆さん優しい方ばかりで、たくさんの事を教えてくれてありがたいばかりです。
そうだ、洗濯も小まめにしてくださいね。
またお手紙書きます。
ルーイ
ルトさまへ
コルトという街へ来ました。技術者が多く住んでいる街だそうで、たくさんの工場とお店が並んでいます。
原材料の値段が上がっているとかで、どの店でも今が買い時だと袖を引かれました。ルトさまに似合いそうな髪紐をいくつか見繕ったので帰ったら試させてくださいね。
道中での護衛分の稼ぎもありますし、ちゃんと値切って無駄はしていませんのでご心配なく。
ここからはエニーリ川に沿って進んで行きます。オルバ川よりも大きな川は壮大で美しいですよ。
そろそろ掃除もしてくださいね。
またお手紙書きます。
ルーイ
ルトさまへ
旧国境近くのスターシャという町までやってきました。
途中の道は都市部ほど整備されていませんでしたが、町の中は綺麗そうです。ただ治安はあまり良くなさそう。収納鞄を盗られそうになりました。距離が離れると手元へ戻ってくる魔法をかけておいて正解でした。
魔道士証も検問以外では見えないよう隠しておこうと思います。
ルトさまの加護もまだありますのでご心配なく。
またお手紙書きます。
ルーイ
『ルトさまへ』
書きかけたペン先が動きを止めた。ハイジャの森から旅立って約二週間。商人の荷馬車などを乗り継いでやってきたそこはずいぶんと静かな街だった。
元は隣国の王都だった街だと聞いているが、オアリアのような活気はない。主な産業である農業がここ数年不作が続き、若者たちの多くが出稼ぎにオルセオ王国へ住居を移してしまったのが理由のひとつらしい。
土地がどんどん痩せてきてしまっていると嘆いていたのは宿の女主人だ。夕飯のメニューに満足がいっていないらしく、何度も謝罪の言葉を添えられた。
ここからカラベラへ行く手立ても正直立っていない。借りられる馬でもないだろうか。
悩みは尽きなかった。
『ルトさまへ
チェマルトという街まで来ました。白壁の建物が多く、陽射しが眩しい所です。
元は王都だとのことで宿からも城が見えます。
オアリアと比べると活気がない気がしますが静かでいい街です。
ここからカラベラまであと数日かと思います。
またお手紙書きます。
ルーイ』
なぜ、こうも違うのか。結局馬を買い、先へと進みながらルーイは人々の様子に目を眇めた。国の端へ行く程に活気が失われていくように思うのだ。
途中の農村で食料を分けて貰いながら進もうなど甘い考えであった。自分たちが食べるだけでも精一杯といった有り様が多く、王都オアリアで買い込んでおいた食料を隠れながら食べる日々が続いている。
竜の居る国はその恩恵を受けるものではなかっただろうか。
ここにはいないアルノルトへ問いかけたくなる。
『へぇ、どうしてそう思ったんだい?』
聞こえた幻聴はいつもの穏やかな声。考えてごらんと続けて促す、記憶の中のその表情は楽しげだった。
考えた理由は二つ。
ひとつは距離の問題だ。恩恵は彼の住むハイジャの森から徐々に薄くなるため、遠く離れるほど作物が育ち難くなるのではないだろうか。
もしくは、ここが元隣国であるということ。竜の恩恵とはつまりはアルノルトから漏れ出た魔力のことだ。それが国外へ出てしまわないように、国境には魔法障壁が組まれているはずである。しかし旧国境では術の組み直されておらず、ここまで恩恵が受けられていないのかもしれない。
――まぁ見ただけじゃ、何が本当かは分からないけど。
とルーイは通りすぎてきた、景色に眉をしかめた。
同じ国内の中でここまで差があるとは思ってもみなかったのだ。飢える事など知らないハイジャの豊かさに慣れた身としては目の前の現実に、喉が詰まる思いだった。
道端の短い草を食んでいた馬が嘶く。勝手に足を止めたのはそっちが先だと言うのに、気儘なヤツである。そんな性格にもここ数日で慣れてはきたが、思わず苦笑が漏れた。
「あぁ行こう」
首もとを叩いて歩みを再開する。ヴェルナーの住む村はすぐそこだ。
手紙にはたしか鉱山の労働者たちが集まって出来た村だと書いてあったか。様々な知識や過去の記憶が脳裏に過ぎっては消えて行く。見上げた太陽の位置は真上から少し傾いたところ。まだ先だろうかと、空から目線を下げた矢先。木々の向こうに、目的の村であるカラベラは現れた。
ようやくと、安堵に身体中の力が抜けそうだった。が、それも束の間。まだここにヴェルナーが滞在しているかは分かっていないのだと気を引き締め直した。
それでも、疲れにぼんやりとした思考は視線を宙にさ迷わせる。誰か、話が聞けそうな人はいるだろうか。……いやそれよりも、まずは今日の寝床を先に探そうか。
ずり落ちるように下馬した地面は固く、踏まれた乾いた土からは砂ぼこりが少々舞い上がった。
「こんにちは。あなた、白の魔道士?」
そこに突然幼い声が掛けられる。ふらふらとさ迷っていた視線を下に向ければ、十にもならない少女がこちらを見上げていた。
「こんにちは。確かに僕は白の魔道士だけれど、どうして君はそれを知っているの?」
「君じゃないわ、コリーナよ」
ピシャリと言い返す。その様は立派な淑女だ。胸に手を当てて非礼を詫びた。
「失礼、コリーナさん」
「あなたシンシね」
「ありがとう。それで、どうして僕が白の魔道士だと思ったのかな」
あら、簡単よ。淑女は腰に手を当てて胸を張った。そんなことも知らないの、と言いたげな可愛い仕草である。
「おばばさまが言ってたんだもの。白い光が近づいて来てる。きっと今日か明日にでもここに来るだろうって」
「それが、僕だと?」
どうして? 再びの問いかけに、少女は首を傾げた。
「そうよ。……もしかして、違うの? でも、おばばさまの先見が間違うことはないはずだし」
後半は独り言のように呟かれたその名称に、えっと喉から驚きがこぼれ落ちていった。
「……先見さまが、この村に?」
「そうよ、おばばさまは先見さまなの!」
遅れて出てきた疑問に返されたのは自慢気な肯定だ。すごいでしょとはしゃぐコリーナに、反応を返すのも遅れてしまった。嘘をついているとは思わないが、正直すぐには信じられなかったのだ。
先見とはその名の通り、先の出来事、つまり未来を見ることの出来る人々の総称である。その能力故に王族や貴族、大商人が囲っている事がほとんどであるため、こんな小さな村にいるなど、普通信じられはしない。
けれどこの少女が嘘を言っているとも思えない。と、回らない頭で何とか状況の整理を試みるが、それを察してくれるようなレディではない。
「それでね、白の魔道士が来たら連れてきなさいって言われてるの」
「先見さまのところへ?」
「そうよ」
「今から?」
「あなたさっきから質問ばっかりね」
「それは、申し訳ないんだけどね」
話が進まないとご立腹な少女には申し訳ないが、疲れも相まって情報の許容量がオーバーしているのだ。待ってくれと言ったところで、この年頃の子どもには通じないだろう。今にもこちらの手を引いて走り出しそうな雰囲気すらあった。
「レディは待たせるものじゃないのよ」
さらに重ねられた台詞に深くため息をひとつ。片付かない思考はひとまず頭の隅に追いやることとして、ひとまずコリーナに、馬を預けられる場所へ案内してもらうこととした。




