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そうして足を踏み入れた街はどこもかしこも祭のようだった。
自分が即位したときは街の様子など知りようがなかったし、その時はルークス王の喪に服していた時期だったし、建国以来初めての異常事態だったので、きっとこうではなかっただろう。
王が即位すると街はこうなるのか、なんて思いながらソニアは王宮から最も離れた宿に入った。
街はずれだからだろう。
値段の割に部屋は整えられていて、なによりふらりと寄っても泊まることができた。
すべては順風満帆だ、と思いながらソニアは上機嫌で、馬を預けて街をぶらついた。
道行く女たちは皆、楽しげで出入りしている商人達も活気づいている。
この街は男の旅人や商人の出入りを制限していない。
それが原因で問題が起こることもあるがリュシテール王国の女達は彼らよりはるかに強いので問題が起こるとするならば、それは別の問題だ。
「私が先に目を付けていたのよ!」
「なんだい、あたしが割り込んだっていうのかい!」
そう……男の取り合いだ。
産んだ子供は皆で育てるという風土ではあるけれど誰の子を産むかは個人の自由。故に見目の良い男や強い男がこの街を訪れるとこういった争いが絶えない。
いま、目の前で繰り広げられているのは楚々とした少女の顔をかなぐり捨てた若い娘と化粧をばっちり決めた妙齢の女の睨みあいだ。
憲兵が出るほどではないけれど目立っている。
なにより間に挟まれた気の弱そうな男が気の毒だ。
ソニアは掴みあう女達を横目に男を観察した。
この国を訪れる男としては珍しい出で立ちの男だ。
身につけているものは隣国の織物で仕立てた上質な服。知識階級の男が身につけるような眼鏡。立ち居振る舞いに武の心得はなく、視線の運び方からさしずめ護衛とはぐれた学者か、学者の真似事をしたいが商人の親から家を叩きだされた不肖の息子だろう。
「取り込み中失礼」
黙って見て、決着がつくのを待っても良かったけれど注目を集めすぎているしなにより殴り合って勝った方に想いを告げられても、彼はどうしようもできまい。
せっかく訪れたリュシテール王国だ。
持って帰るなら良い思い出を持って帰ってほしい。
そんな気持ちでソニアは割って入った。
声を張ったわけでもないのに二人は動きを止める。
「客人が戸惑っているよ」
何か言われる前にそう言うと漸く二人は間に挟んでいる男の表情に気づいたようだった。
このまま『勝った』方が声を掛けても望みが薄い。そう判断したのか女二人は気まずそうな顔をして去っていく。
「災難だったね。ああいったことに巻き込まれたくないのなら右腕に腕輪を嵌めておくと良い。恋人を探しているのならお勧めしないが」
「あ、あの……」
ソニアは残された男性に声を掛け、微笑みかけてその場を去ろうとしたけれど。男に声を掛けられて足を止めた。
「ありがとうございます。護衛とはぐれてしまって……もしよろしければ少しの間、一緒に居ていただけないでしょうか」
男の発音は上流階級のものだった。
旅慣れない姿を見て少しだけ面倒くさそうだな、と思ったけれど。お忍びと思われる貴族が何らかの問題に巻き込まれた方が問題になる。
そう判断したソニアは頷いて食事をしたいという男について街を案内することにした。
賃金を払うという男の提案を断る代わりに食事を奢ってくれるというので。ソニアは遠慮なく、この国を訪れた貴族がお忍びで通う高くて美味しいお店に彼を案内することに決めた。
「森が豊かなだけありますね。お肉が本当に美味しいです」
「わかってくれて嬉しいよ。魚料理も絶品だし果物を使った味付けも絶妙だろう」
先ほどのような騒動はごめんだという男のために道中、適当な露店で腕輪を選ぶのを手伝った後。ソニアは男と料理に舌鼓を打っていた。
知らない男と食事をすることに抵抗はなかった。
膂力で負ける気はしなかったし、学者のようだと感じた通り、彼は思慮深く、豊富な知識を持っているので話をしていて楽しかった。
「清らかな水が使えるからでしょうね、果実酒も雑味がなくて美味しいです。俺の国でももてはやされていますよ」
「それは嬉しいね」
男はイーグと名乗った。
イーグの話を信じるなら、彼は隣国の中流貴族の三男で。学者を志していたけれど見聞を広めるためという名目で家を追い出されたらしい。
十中八九、嘘だと思ったけれど彼は鈍くさく、悪いことができない男に見えたのでソニアは追求しないまま料理を楽しみ、他愛のない話に興じた。
「それにしても『あの先王陛下』が十年で禅譲されることは先んじでわかっていましたが、先王陛下をどうにかして娶ろうと、周辺諸国は予想以上に荒れていますよ」
ふと自分の話題になって。ソニアは首を傾げた。
何故自分が禅譲すると周辺諸国が荒れるのだろうと考えてから、昨年あたりから急増していた縁談を思い出す。
ただ、リュシテール王国の中枢に十年君臨していた女帝を娶ることで貿易や水利権の有利を得たいという考えから起こる争いを見越して、それも既に対策済みだ。
先王の権利など保障されないように仕組みを作ったことも公表しているので、自分を取り込もうとする動きなど起こらないはずだ。
それを証拠に今年に入ってからぱったりと縁談は途絶えていた。
きっとイーグは古い情報を語っていると思ったソニアは微苦笑を浮かべて流すことにした。
「ただ、現王であるルシアン陛下が今年から縁談をすべて握りつぶしているようで。ルシアン陛下はフィロソフィア先王陛下を国外に出すおつもりがないようで……それに関しても争いが起きそうですね」
初耳だと思いながらソニアは耳を傾けたけれど。脳裏を過るのは八歳の頃から純粋な顔で微笑むルシアンの顔だけだ。
絶対何らかの尾ひれがついている、と思いながら。ソニアは食後のデザートとお茶まで堪能して満足げに微笑んだ。
「そういえばソニアさんは旅をされているのですね。もしかして伴侶探しですか?」
ゆったりと寛いでいると踏み込んだことを訊かれてソニアはイーグをまじまじと見た。
「この国で妙齢の女性相手にそういった大胆な質問をすると恋の勝負を仕掛けられたと思ってひどい目に遭う可能性があるのでやめた方が良いよ」
笑みを含んだ声で咎めた後、ソニアはイーグはきっと合理的すぎてモテないのだろうな、と失礼なことを考えてから笑った。
「旅はしているね。どこまで行くかは決めていないけれど。まだしばらくはひとりで居たいな」
そっけなく答えるとイーグは少し残念そうな顔をしていた。
彼は成人した男とは思えないほどに表情がわかりやすくて少し心配になる。
ルシアンよりは年嵩のようだが自分よりはいくつか年下だろう。
ひどい目に遭う前に家に帰れたらいいなと純粋に思った。




