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第九話『餌』

 武器倉庫から出た俺は、着慣れない服と持ち慣れない凶器に少しだけ、嫌悪感を感じていた。

 

 少なくとも、ガラスに映っている特殊部隊か何かのような格好をしている自分は、いやに無機質で、今までの自分ではないように思えた。

 それは花渡も同じだったようで、こちらに向けて困ったように小さく笑う。

「なんていうか、分かるんですけどね……必要なんだとは思います。けど、やっぱりちょっと、当たり前には、したくないかなって」

「同感、かな。正直こんなの、俺なんて撃ち方すら分からない。けれどまぁ……あるからには使えって事なんだろうさ」

 重火器なんて、本当に映画の世界。だけれど現実に血の匂いは漂い、船は揺れる。

 使わなきゃいけない時が、きっと来る。

「イサナはこれも持ってきた! 毎回指噛むの、なんかやだ」

 イサナは白いワンピースに、ベルトで刀の鞘と、短刀らしき物をぶらさげていた。

「そこまでして拘るもんかね、ワンピース」

「拘るよー? イサナの一張羅だからね! このベルトちょっと動きにくいけど、そのうち慣れる慣れる」

 あっけらかんと笑っているイサナが、さっきまで血走った目で我を失っていたなんて、到底思えない。

「なるべく、それだけで戦えるようになれるといいよな」

「だねぇ……イサナも流石に二人を傷つけるのは……本意ではないよ、うん」

 彼女は茶化して見せるが、その表情は真剣そのものだった。

 だからこそ、俺もまた彼女程ではないにしろ、戦いに貢献しなければいけない。


――そんな事を思っていた時、サイレンが激しく鳴り響く。

 俺達が今まで聞いていた物とは別種の、もっと嫌悪感を持ってしまうような、危険を煽られるような音。

 耳を塞ぎたくなるが、こんな音を出すからには、どうせ耳を塞いでちゃ何も始まらないことを言い出すつもりだろう。

『現時点で、全被検者の振り分けが終了しました。定着個体は速やかに非定着個体の排除を行ってください。非定着個体の合体化(ごうたいか)の発生が確認されました』

 思わず、その意味を考える前に、耳を、思考を塞ぎたくなった。

「ごうたい? がったいじゃなくて?」

「同じ字を書いてそうですが、ニュアンスが違うんでしょう……ね。見た方が早かった、かも」

 花渡の言葉が一瞬止まり、視線が動く。

 少し広まった場所で、今まで見てきた変異個体とは様子が違うヤツが、血に塗れて呆然と立ち尽くしていた。

「あぁ……そりゃ、ご大層な名前もつけたくなるよな。あんなもん」

 今まで見てきた変異個体は、主に腕が肥大化していて、腕力が強い印象を覚えていた。

 しかし、今見ている――合体変異個体(ごうたいへんいこたい)の腕は、肥大化しすぎてもう既に掴む為のものではなく、上げて落とす為の道具と化していた。

「身体を合わせて、ごうたい、ですか」

 花渡が、少し距離のある合体変異個体に向けて、弓を引き絞る。

 既に、彼女はアレを人間だと思うことから、脱しているように見えた。

「取り込んだ結果、か。確か、足が強いヤツもいた、よな?」

「ん、イサナは何体かヤってるよー。頭でっかちもいたし、腹筋カチカチもいたかな!」

 であれば、放置すればする程、ヤツらは手のつけられない存在になるということだ。


――成る前に、取るしかない。

 俺は慣れない手つきで、銃を構える。使ったことなど、あるわけがない。

 しかし、動き自体を真似することくらいなら、出来る。

「イサナ、アイツがこっちに来たら、対応を頼む」

「ん、バッサバッサいくよー」

 結局、イサナ頼りになってしまうのは避けたいが、流石に初めて手に取った銃を巧みに扱える程、俺は器用じゃない。クロトの拘束糸が使えたのは、単純に俺達になんらかが定着している結果でしかないのだろう。

「花渡、行けるよな? 俺は正直コイツをすぐに使える自信が無いから、一本槍は任せた」

「あはは……槍を撃てたら、いいですけど、ねっ!」

 引き絞られた弓から、鋭い矢が合体変異個体へ向かって真っ直ぐに飛び、その皮膚へと突き刺さる。

 ヤツの身体から勢いよく血液が吹き出し、その唸り声を、銃声がかき消す。

「あたるの?!」

 イサナの驚愕した声が聞こえてくるが、それは大したことではない。

 実際、初めての銃撃で、銃は俺の腕ごと高く跳ね上がり、強い衝撃が伝わっていた。しかし、想像していたほどではない。それもまた定着のお陰だとすると、どうにも喜べないが。

 俺はそのまま、振り返ってこちらを睨みつけている合体変異個体に向けて、一発ずつ確かに弾丸を撃ち込んでいく。動き始めた足元を狙った銃口は、銃声と共に、確かにその足に穴を開けた。

「全弾……命中? 三神さん、経験者じゃないんですよね?」

 花渡も驚いている。それもそのはず、彼女は実際に技術で矢を当てたのだ。

 今は近づいてくるヤツに向かって、慣れない手つきでボウガンをセットしていた。

 実際、彼女がボウガンを使っても、俺のように全弾命中とはいかないかもしれない。だけれど、彼女にはそもそもの技術がある。


――ただ、無理矢理授けられた技術も、ある。

 合体変異個体が足を止めたのを確認してから、初めての銃撃の痛みで誤射の可能性を考えて、銃撃を止める。

「いや、当たるかどうかは最初から決まってる。大事なのは撃てるかどうかだった」

 俺は、クロトの拘束糸を、毎回銃口から真っ直ぐに着弾点へと突き刺していた。

 ある種の賭けではあったが、ちゃんと糸は弾丸のコースの軌道修正をしてくれた。

 だから、俺の手元がどれだけブレても、糸が相手にちゃんと突き刺さっている限り、銃弾の位置は糸の軌道を辿ってくれる。ただ、その代わりに連発は出来そうもない。


――それに、銃弾が糸の中を飛ぶ時の、奇妙な感覚。

 高揚感のような、だけれど痛みを伴った気持ちの悪さ。

 俺は思わず、自分のリストタグを見て、やっぱりかと目眩のような確信を覚える。

「これが、定着率上昇ってやつ、か」

 俺の定着率は、57%まで上昇していた。最初に見た時からは35%、最後に見てからだと30%程度の上昇だ。

 ならば何か出来ることが増えるのではないかと思いながらも、単純にそういう仕組みというわけでもなさそうだ。

「オーバーフローが起きなきゃいいだけ、だよな」

 そう思いながら、イサナが刀の鞘からぎこちなく刀身を抜き、足元がぎこちない合体変異個体の頭へ、下から思い切りそれを突き刺していた。

 心臓を穿つべきか、それとも頭を弾くべきかは、わからない。

 それでも、彼らが元々人であったというのならば、そのどちらもが弱点になっている可能性は高い。

「ん、おわりかな。筋肉ムキムキは嫌だし、頭狙っちゃった」

 イサナは、力が抜けて寄りかかってこようとするヤツの顔から、血に塗れた刀を引き抜いた。難なくそんなことをする力そのもの自体よりも、そんなことをしてしまうイサナが、やはり少しだけ怖くて、だけれど心強かった。

 花渡のそれは、きっと覚悟。

 だけれど、イサナのそれは、欠落だ。

 イサナは鼻歌を歌いながら、刀にこびり付いた血液を、俺達から少し離れた場所で、思い切りふるい落としていた。そうしてやはりぎこちなく鞘にしまい、リストタグを見てから、こちらにピースを作る。

「てーちゃくりつは平気!」

 それを聞いて安心した。俺達三人の力が合わさったなら、イサナの定着率を上げて、オーバーフローさせずに済む。

 

 合体変異個体の死を確認した俺達は、その死体の傍へと近づいて、様子を確認する。

 幸い攻撃はされなかったものの、遠方から痛手を与えていなければ、厳しかった相手のように思える。

「これ、どうしましょうか……?」

 花渡が、能力で炎を出しながら、首を傾げる。

 燃やせてしまえば楽、ではあるが。もっと楽なのは海に捨てることではある。

 ただ、それがどのような影響を今後、どこかしらに及ぶかと考えると、一度はそうしてしまったものの、軽率な行為のようにも思えた。

「どうせ、あいつらは人じゃなくて、こいつ同士でも喰い合うようになったってことなんだろ? だったら尚更海に捨てた方が……人道的にどうかとは思うが」

「ですが、私もその方がいいかと……禁止されているなら何処かで明記されているはずですし、これだけのことをしてる組織だと考えるなら、その辺りの対策もあるんじゃないかな、と」

 花渡の言うことも尤もだ。俺達はそもそもどこにいるかすら分かっていない。

 どこかしらの領海だと言うならば、それはそれで少し問題になりかねないことが起きている。少なくとも、あれだけサイレンを鳴らし続けて何もないなら、それは、この海自体も異常と考えても良さそうだ。

「ん、じゃあばいばーい」

 俺と花渡の話を聞いていたイサナが、グイグイとヤツの身体を押し込み、海が大きく飛沫を飛ばした。

 早計だとも思ったが、今は何より俺達の生存が優先される。迷う時間も勿体ない。

「ていうかケーくん! なんで当てられたの?!」

「それはな、コイツだよ」

 俺は、53%まで数値があがり、青色の表示から黄色の表示へと発色が変わったリストタグを見せる。

 花渡は少しだけ怪訝そうな顔をして、何かを考えているようだった。

「定着率の、変動……? まさか三神さん、糸で弾道を?!」

「ぶっつけ本番にしては、多少うまく行って安心したよ」

 彼女は、納得したような顔をしてから、少しむくれてこちらを見る。

「確か三神さんは20%くらいでしたよね?! 無茶しすぎですよ! だったら私だってもう少し……」

「いや、その時はきっと来る。上手くバランス、取っていこう。とりあえず、俺達もどの程度でどれくらい定着率が上昇するのか覚えとくべき、だろ?」

 安定値と上昇値は、おそらく今後大事になる要素だ。とりあえず、俺とイサナがこのままどの数値まで落ちるかが、一つの基準になる。

 イサナがまずオーバーフローするのは、元の数値が高かったから納得出来る。そうして次に数値が高いのは、俺だ。そうして花渡の数値は確か10%だったはずだから、彼女が一番オーバーフローまでは遠い。

「だったら、次は私なのかも、ですね。とはいえ何が出来るかと言えば、弓矢を撃っていた方が役には立てそうですが……」

「っていうかさ! 結局イサナはなんにもわかってないからね?! ちゃんと説明してね?!」

 そういうイサナに、俺がクロトの拘束糸で銃弾の弾道を変えていたことや、定着率の増減について考えることを話すと「難しいのはリーちゃんにまかせる!」と花渡に丸投げして、刀の鞘をガチャガチャと弄って、刀身を抜いたり戻したりを繰り返していた。


 ふと、足音が聞こえて振り向くと、そこには先程分かれた永――神室永が、頭に手を置きながら、難しい顔をしていた。

「あぁ……間に合わんかったか。まぁ仕方ない、か」

「あ! イサナの足撃ったやつ!」

 イサナは少し警戒するが、流石に人間相手だからわきまえているのか、鞘に手を添えるような仕草も無い。それを見て、俺もあえて両手を上げて、彼の言葉を待つ。

「そりゃあオーバーフローしてたら撃つしかないだろうよ。お嬢ちゃんは横の二人を殺しても良かったってんなら別だけどな」

「それは……いやだなぁ」

 イサナも簡単に言いくるめられている。状況が状況だった。結果傷も治っているなら何を言う事もないのだろう。単純なイサナだからこそ、気にせず話し合う事が出来たと思えば、彼女の性格も良し悪しなのだろうなと思いながら、俺は永に声をかける。

「そっちはどうだ? こっちは見ての通り、たった今、一体目をやった所だ」

「んにゃ、俺はまだだ。あいつらを海に捨てたってのは、悪手中の悪手なんだよ」

 その言葉に、一瞬嫌な考えが頭を走る。

「でも、細切れにしたって、食べられちゃ意味が……」

「だから、食えるヤツを全員まとめて殺す。それがこの船の上での正解なんだよ……これは知らんだろうから責める気は無いが、海に落とした分の責任は、自分らでどうにかしろよ?」


――海に捕食者が、変異個体がいないと、誰が言っていた?

 もし、海にも合体変異個体に成りうる変異個体がいたとしたなら。

 俺達がした事は、弔いという名であっても、排除という名であっても、奴らからしたら同じ事。

「餌を、やった……とでも言いたいのか?」

「ビンゴだな。だからそいつはお前らだけでやれ。どうせ船で生き残れねえヤツに明日はねえよ……その代わり」

 永は手に持っている、俺とは全く系統が違う銃、所謂リボルバーと呼ばれるそれを、思い切り空へと撃ちつけた。

「クソみたいな縁だが、生き方を教えてやる。道中引きつけたのは大体四体。そいつらを倒すまでは、付き合ってやるよ。ただ、もう海なんざに捨てんなよ?」

 永はそう言いながら、邪悪な顔を浮かべた。


 まるで、これから起きる殺戮を、楽しんでいるかのような顔。

 それとも、憎んでいるからこその、顔だったのかもしれない。

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