第十話『ここに居ますよ』
言葉の辛辣さとは違い、永の動きはとても静かで綺麗な体さばきだったのが印象的だった。
彼はリボルバーの弾倉へと一発だけ弾を込めて、それを合体変異個体へと向ける。
両手はしっかりとその拳銃を握り、目ははっきりと見開いていた。まるで、今から射撃大会でも始まるかという程の、丁寧な仕草。
「見せもんじゃねえぞ。まぁ、見られるようにはしてるんだがな」
俺の視線に気付いた永が、自嘲するように口角を上げる。
そうして、指がゆっくりと動き、まるでスローモーションでも見ているかのように、リボルバーの弾倉が回った刹那、二度の轟音が少し差を開けて響いた。銃弾は一撃で合体変異個体を倒し、床へと伏せている。
「俺のノルマは終わりだ。あとはお前らで何とかしろ。一応見ててはやるが、期待はすんなよ」
そう言うや否や、彼は改めてリボルバーに一発だけ弾を込めて、腰元にそれを差し、おそらく操縦室であろう少し高めに位置している部屋へと向かっていった。
「一撃……ですか。いくら銃弾とはいえ、それほどまでの力があるものでしょうか……」
花渡は少し不安気な顔をしながら、俺の傍に近づく。
見える範囲に合体変異個体は見えてはいるが、まだ会敵までは数十秒の余裕はあるだろう。
永はその銃で、遠くの一体を撃ち抜いたに過ぎない。
「彼なりの優しさなのか、ねぇ。あれは……」
合体変異個体は、永が倒した一体を、こぞって喰らっていた。その分、俺達には考える暇が与えられるが、奴らの力が増す事もまた事実。彼の真意は分からないが、それでも俺達に時間が必要なのは明らかだった。
「一人一体……とは行かなさそうだよな」
「んー? イサナは大丈夫だけどな……」
「そりゃ、お前は出来るだろうが、後が怖い。定着率について分かるまで、全力を出すのは控えた方がいいだろ。そのためのコイツらだ」
俺は永のように精密な事は出来ないにせよ、自分が手に取った銃を見せる。
イサナも、刀が通るのならば全体ではなく、局所的な力の使い方で済むはずだ。
そんな事を考えていると、イサナがふと声を上げる。
「さっき、永さんは頭を撃ち抜きましたよね?」
確かに、心臓ではなく、頭を正確に撃ち抜いていた。
しかし、それがどれくらいの威力だったかは、俺達には測り得ない。
「一体だけ……引き寄せる事。出来ませんかね? 私の矢で気を引いて、圭さんの糸で思い切り引っ張って、イサナちゃんが頭を狙う。これで強度は見抜けるような……気がします」
「おー、リーちゃん頭いいねー。イサナはそれでいいよ」
確かに、俺達がやるべき事は各人による各個撃破ではなく、連携による正確な撃破だ。
だからこそ、花渡の考え方は理にかなっていて、ありがたかった。
「……ありがとうございます。では、手前の頭を狙いますね。おそらく私の力ではどうにもなりませんが……」
そう言いつつも、花渡は思い切り弓を引き絞り、その顔には辛さが見える。
そういう事についても、言わずとも計算していたのだろう。彼女の一撃で倒せたならば、それが一番いいのだから。
風を切る一筋の矢。しかしそれは合体変異個体の頭に刺さりはしたが、貫きはしなかった。
痛みを感じているであろう声が聞こえ、一体がこちらに向かって来る。
――そう思い込んでいたのが、きっと俺達の甘い所なのだ。
こちらに向いた視線は二体分。
奥の一体はまだ食事に夢中のようだったが、どうやら一体を引き寄せる事には失敗したようだ。
「なんとも、意地悪な所ですね……」
「あぁ……でも、このままやろう。花渡は下がっていてくれ。先に出た方を出来るだけ全力で引き寄せる。イサナも準備を……どうであれ、その後は一旦下がろう」
「あいさー。狙いは外さないよ!」
その言葉を聞き、花渡が少し申し訳なさそうな顔をして後ろを確認してから、俺はこちらへとゆっくり近づいてくる二体の合体変異個体の動きを目で追う。
二体とも、腕の極端な肥大化。足元は普通の変異個体程度ではあるものの、それでも大きい。
俺達がこの生命を失うには、十分過ぎる力を持った化け物だ。
――だけれど俺達ももう、単純に人とは呼べやしない。
「イサナ、行くぞ」
俺の言葉に、イサナが刀を横に構え、一歩前に出る。
一瞬見えた瞳は赤く光り、刀に反射して、少しだけ綺麗だった。
「来い……クロト……ッ!」
俺はヤツに向かって両手の五指から糸を出し、身体を包み込む。
それと同時に、数百キロはありそうなその巨躯を、全力の力で引き寄せる。
「つらぬけーっっ!!」
イサナも気合いを入れているのか、引き寄せられてくる合体変異個体に向かって叫びながら、鋭く突きを放つ、
――それでも、その刃はヤツの頭蓋を貫かなかった。
一瞬で焦りが走る。イサナが力を込めているのが分かる。
どちらにせよ逃げようとは言ったが、それはあくまでこれが成功すると踏んでいたからだ。
しかし、合体変異個体は頭を突き刺されてなお、下卑た笑いを向けながら、その手をイサナに向ける。
「ケーくん、ごめん」
その言葉の意図は、完全に伝わっていた。
だからこそ、そうさせるわけには、いかない。
「謝るくらいなら、するんじゃねえ……っ!」
感情が俺の力の強さになるのならば、きっとこれが答えだったのだろう。
イサナの刀が、合体変異個体の頭を貫く。
それと同時に、ヤツを縛り付けていたクロトの糸が、ヤツの身体を細切れにしていた。
後ろから、花渡の小さな悲鳴が聞こえる。
「ケーくんだって、ダメじゃん。ほら、真っ赤だよ?」
イサナは俺の手を掴み、リストタグの定着率を見せる。
『定着率:82%』
イサナの通常よりもずっと高い数値。
逆にいえば、だからこそこの場で、奴らを打倒しうる数字。
本当の意味で人間を捨てるのなんて、御免だ。
――だけれど、死んで花実など、咲くわけがない。
生きる為ならば、あと一歩くらい、もう少しくらい、耐えられるはずだ。
一度オーバーフローをしたイサナを見ていたからこそ、その予兆は理解している。
俺が今まともな判断を出来ているかは分からないにせよ。これ以上定着率を上げるのは得策ではないことくらい、分かる。
だからこそ、CODE:モイライという、神の名を冠する力が、答えをくれた。
「イサナ……こっちに来てるやつの、首元、やれるか?」
「そりゃ……狙うくらいなら。でも、きっと堅いよ?」
「かも、な。もし効かなかったらあとで俺を罵倒してくれ」
今の俺の目には、こちらへと向かってくる合体変異個体の、生命の糸が見えていた。
短い、糸だと思った。そうしてそれがその生命の長さを表しているという事も。
ヤツの、生命の糸が、首元に結びつき、揺れていた。
――これが『ラケシスの目』だなんて理解しているのが、皮肉だった。
「きっと、大丈夫だよ」
その場にへたり込んだ俺の言葉にイサナは頷き、甲板を蹴り上げる。
そうして、ゴロンと、首が転がった。
同時に、糸が切れて、どこかへ飛んでいくのが、見えた。
「定着率は、幸い大して変わってないな」
さっきの数値から数えて3%の上昇、それでもやはり、能力を使うという事には代わりはないみたいだ。
色によって段階があるとは思っていたが、単純な力の量だけではないのだろう。これは『定着率80%』の状態が俺に与えた、限定的な能力。
だが、これ以上使うわけにも、行かなさそうだ。
俺がオーバーフローしてしまっては、元も子もない。
それに、悠長に永が殺した死体を喰らっていた合体変異個体は、明らかに今までの奴らよりも強固に思えて、発動しかけそうになったラケシスの目を即座に瞑った。
その糸を見てしまえば、俺の定着率は上がってしまう。
しかし、定着率について不安定なのはイサナも一緒。音からして一旦下がってきてくれているようだが、決してこの先にいるのが最後の一体では無い。
まだ俺達には、海に潜んでいるであろうヤツも残っているのだ。
「さて、どうしたもんかな」
「ケーくんは頑張ってくれたよ。それに定着率が、もうギリギリ。だったらイサナが頑張った方がいいよ……」
互いに案じ合う時間も、そう多くは無さそうだ。食事を終えた合体変異個体は、こちらを見ている。
食事の対象はどうやら同胞ではなく、俺達のようだ。
「そういえば、花渡は大丈夫か? 花渡?」
「あれ? リーちゃんいないよ?!」
その言葉に、俺達の間で一瞬緊張が走る。この場で逃げるなんて事をする子ではない事は分かっている、しかし俺達は眼の前の敵に気を取られすぎていて、後ろの事を何も考えていなかった。
しかし、ドン、と言う音とともに、花渡の声が聞こえる。
「大丈夫、ここに居ますよ」
振り向いたその先には、ポリタンクを足元に置いた花渡が、不敵な笑みを見せながら立っていた。
「ありきたりだって、笑っちゃうかもしれません。でも、二人にだけ任せるのも、私が私を許せませんから」
そう言って、近づいてくる合体変異個体に向かって、彼女はポリタンクの中身をぶちまける。
臭いは言うまでもなく、可燃性のものだと分かった。
「よく、見つかったな」
「倉庫にあるの、覚えてたんです」
そう言って花渡は弓を強く引き絞る。だがその照準は、明らかに地面に転がった、ポリタンクに向けられていた。
一歩、一歩と、合体変異個体がこちらに近づいてくる。
花渡はそれを黙って見ながら、静かに何かを呟いていた。
そうして、その液体に向けて矢が放たれた瞬間、花渡は苦笑するように、その言葉を呟いた。
「……火菜花ッ!」
その言葉の通り、地面から花が咲くように炎が合体変異個体を包む。ヤツが炎に強いかどうかは抜きにしても、それは熱だけではなく、衝撃すら感じる程の炎だった。
――明らかに、出力が上がっている。
ちらりと見た彼女のリストタグの色もまた、俺が赤色に変わったように、青から黄色になっているのが、見えた。
ポリタンクを撃ち抜いた彼女は、弓矢をボウガンに切り替え、もがいているヤツに向かって、何度も引き金を絞る。その先端には、全て炎が纏わりついていた。
一つの生命が、外側から、内側から燃えていく。
ヤツの目玉が、臓器が、口内が、喉が、燃えていく。
残酷だと、思った。ただただ、生命の酷い終わりを見ているようだった。
それでも、俺達はそれをして生きていかねばいけないのだと、覚悟を決めた瞬間こそが、今なのだと、俺は立ち上る炎を見ながら、考えていた。




