第八話『俺もこれを使うのか』
イサナのオーバーフローが落ち着いて、意識もしっかりしたのを確認してから、オーバーフローのせいでイサナが記憶出来なかった事と、何が起こったかを、簡単に、だけれど真剣に伝えていく。
流石のイサナであっても、真面目な表情で話を聞いていた。
「私が覚えているのは、二体目の変異個体を倒すまで。だから足の傷? の事も覚えてないんだ。そのカムロって人の事も全然……」
「ということは、オーバーフローは結構危険って認識で良さそうだ。神室が止めなきゃ、俺がどうにかしなきゃいけないくらいに、鬼気迫ってたからな、お前」
事実を伝えるのは気が引けたが、イサナは俺が思っていたよりもショックを受けた様子がない。かといって、ふざけている様子もなく、ただ真面目に何かを考えているようだった。
「んと、イサナの定着率が100を超えたから、イサナが力を制御出来なくなったって事でいいのかな? 能力に飲み込まれたっていうイメージ?」
「どう、なんでしょう。定着率は間違いなく100を超えていたはずですが、それを制御出来るようになるかどうかまでは、言ってませんでしたよね?」
花渡は、むしろイサナ以上に真剣に向き合っているようだった。彼女の場合は定着率が極端に低い。高い事が問題になるならば、低い事も問題になりかねない。彼女にとっても他人事ではないのだろう。
「そうだな。オーバーフローとしか聞かなかった。彼自身、何処まで知ってるかも分からんしな。とにかくイサナは頼りにはなるが、様子を見ながら能力を使う方が良いかも知れない。となるとやはり、武器か」
「んー、多分、元々定着率が高いから。血を取り込まなくても元々の自分よりかはずっと動けてると思う。だからとりあえずはイサナの力は虎の子、だね。あとケーくん、ありがと」
彼女は真剣な目で俺を見つめてから、こちらに頭を下げた。
「誰かの血で定着が落ちつくなんて、イサナも知らなかったからね。ケーくん、痛かったでしょ? リーちゃんも、怖かったよね。ごめん」
珍しく、少しだけしおらしいイサナを見て、花渡がワタワタとしていた。
「大丈夫です大丈夫です! ちょっと驚いただけですし……それにこんな場所じゃ、何が起こったって誰のせいでも、ないです」
――こんな場所じゃ、何が起こったって。
その言葉が、少しだけ頬を叩く風を強めたような気がした。
殺し合いをしているようで、していないような。
人間同士のようで、人間同士じゃないような。
何処までいっても、答えは出ない。
この船に、果たしてそれを教えてくれる人はいるのだろうか。
「ん、ありがとね、りーちゃん。でも、そのカムロって人。何とかしてお話したいな。銃なんて持ってるのも、ズルい。しかも不意打ちだったんでしょ? きっとイサナがちゃんとしてたら避けたのに」
あの時点でイサナの意識は途切れかけていたのだから、あの状況で避けられてしまっても中々にまずい状態だったのだが、そこは何も言わずに流しておいた。
彼女が強いという前提を崩すのは間違っている。ただ、その使うタイミングに制約が出来てしまったというだけの話だ。とはいえ、オーバーフローとやらを起こす程身体状況が上がっているのに、銃弾を避けきれなかったというのも妙な話だ。俺達はもう、人智を超えた力を得てしまっている。それの限界値を超えた段階でも、現代兵器に屈するというのだろうか。疑問は募り、イサナも話したがってはいるが、彼はおそらく多く語る人間ではないだろう。
「きっとまた、会うだろうよ。ただ、協力的かと言われたら難しいかもな。それにはっきり言いたくはないけれど、イサナの印象は多分良くない。だからこそそこも慎重に、だな」
「それよりもまず、生き延びる事と、進む事ですね」
花渡が、意外としっかりと前を向いている事が意外だった。恐怖と信念の間で揺らいでいるような感覚が伝わってくる。ただ、この少ない時間でも分かる事があった。
時折彼女から伝わる、妙に合理的な考え方が、場を上手く冷やしている感覚がある。
――『随分、物知りなんですね』というありきたりな言葉。
先程の永との会話でも、さりげなく情報を引き出そうとしていたのを覚えている。
意図的か、それとも無意図かは分からない。それでも彼女の芯が何処にあるかと言えば、表情に浮かぶそれだけでは無いように思えた。
「イサナの傷は……治ってるか」
「そだね……ちょっと違和感はあるけど、定着率も73%まで落ちてる。人の血を飲めば、かぁ。あんまりいい気はしないね……」
彼女は自分の足に残っている、小さな傷跡を擦る。そのうちに、その傷跡も綺麗に消えていた。
「とはいえ、現状俺達の中で一番状況の打破に向いてるのはお前だしな。どうにかして安牌を取りたいもんだが……」
「です、ね。血液をアンプルに入れるだとかは……酸化しちゃうか……」
医療室まで戻れば、一時的に血液補充出来る道具はあるだろう。しかしどの状態の血液までがイサナの効果範囲かはまだ未知数だ。不確定要素は切りはずしておきたい。
「やけに詳しいな。アンプルなんて言葉、すぐには思いつかなかったが」
「あれ、言いませんでしたっけ……私、元々お医者さん目指してたんです。まぁ、なる前にこんな所に来ちゃいましたけど」
そう言われると、確かに医療室で自分で自分を縫合したのも納得出来る。
思えば俺達はお互いの事を殆ど知らないのだ。状況として整理するのはとにかく後だとばかり考えていた。
「……なるほどな。ヤケに肝が座ってると思ったよ」
「へへ……そうでもないです。自分のお腹縫うのなんて、初めてでしたよ?」
花渡が強がるように笑う。しかし、こんな状況だからこそ会話は必要だと感じた。
「イサナは、まだ学生か?」
「んー、学校は行ってなかった」
やはり、もしかしたら不必要かもしれないとも思う。ただ、イサナの場合はあまりそういった事は気にしていないようだった。
「イサナは、あんまり勉強好きじゃなかったんだ。でも戦うのは好き。いっぱいやったよ?」
「道理で、元々いい動きをしてると思ったけど。何やってたんだ?」
イサナはスッと立ち上がると、背筋を伸ばして目を瞑る。
息を深く吸い込んで、目を開けて正拳突きを放った。船の揺れで船上に上がる海水が、突きの先で飛び散る。
「ん、こういうのとか。一番好きだったのは剣道かな。でも武器がないから頑張れないねぇ」
つまり、イサナには何かしらの棒状の武器があれば、オーバーフローの危険性を減らせる事となる。
「実際の所、頼りっきりで悪いが、イサナが俺達の戦闘では主軸になる。剣の動きに慣れてるなら武器を探すか、もしくはオーバーフロー対策に空の状態のアンプルを取りに行くか、だな」
「個人的には、前に進んだ方がいいような気がします。現状なら定着率は私か圭さんの血でなんとかなるはずですし。危険をある程度排除した後、改めて取りに行くというのはどうです?」
花渡の言う事は尤もだ。とりあえずイサナには自分自身で注意してもらいつつも、まずは武器を探す事を先決としたい。永が重火器を持っていたくらいだ。探せば剣や刀とは言わなくとも、ある程度武器になりそうな物がある場所はあるはずだ。
「じゃあ、行くか。とりあえず永が向かった方に行こう。警戒はされているにしろ。敵ではないはずだしな」
二人はそれに頷き、俺達は少し前に分かれた永が向かった方向へと小走りで向かう。
銃声が聞こえてこないという事は、戦闘は起きていないと考えていいだろう。
それに、変異個体の死体が見当たらない。今でこそ銃声は聞こえないが、変異個体との戦いは確実にこの辺りでも起きていたはずなのだが、少し違和感が募る。
「そもそも、変異個体が俺等を食おうとする理由も、分からないんだよな」
「お腹へってるとか?」
そんな安易な理由では無いとは思いつつも、単純に否定しきれないのがこのおかしな状況の問題点だ。
「であれば、共食いが始まるかと……」
「確かにそーかぁ。分かりたくもないし、分かっても倒すけど、気にはなるよねぇ」
二人が話している間も、俺はクロトの拘束糸を右手から少し出し、死角を常に警戒しながら、進んでいた。
そして、やっと見つけた部屋の一つ。
大きめの部屋に、見たことも無いものが並ぶ、倉庫のような部屋にたどり着いた。
「銃だって言われても、使えやしないよな……」
おそらく、この部屋で永は銃を手に入れたのだろう。だが俺達は銃の使い方なんてものを知っているわけがない。持っているだけ無用の長物という所だろう。
「イサナは、刀にするー。ちゃんとした刀は持ったことないけど、今の力なら振り回せそうだ……!」
「私は……どうしよう、かな。学生の頃は弓道部でしたけど、運動はあまり得意じゃないんで……というかここ、燃料の類まであるんですね……銃もあるのに危ないなぁ……」
花渡は燃料らしきものが入ったポリタンクを見てため息をついてから、弓矢のある場所でうろうろして何を選ぶか迷っているようだ。確かに、弓矢はこの状況だと取り回ししづらいとは思う。もう少し開けた場所ならまだ使いやすいだろうけれど、そんな事もなく。それに、少し準備に手間取りそうなのもネックかもしれない。
「ボウガンってのもあるみたいだけど、どうなんだ?」
「あっそれだったら取り回ししやすそう……でも、慣れているから弓矢の方が便利かもですね。両方持っていくことにします」
倉庫には大きめの衣服棚があり、それぞれ好きな防護服のような物を選ぶ事も出来た。おそらく大量にあるのは、この実験の参加者達の分を集めたからなのだろう。
イサナは、白いワンピースはそのままに、ベルトだけをつけて、刀の鞘をそこにさした。
「いいのか? そんな軽装で」
「うん、イサナはこのワンピ気に入ってるから、汚れても着るんだ。それにイサナは、強いし、回復も出来るからね」
その自信があるのは確かにありがたいが、逆に言えばイサナに頼りすぎている現状は、なんとかすべきだと思いながら、俺も自分に合った武器を探す。
――糸と相性の良い武器、か。
考えるが、そもそも武器という物を持ったことがないのだ。ピンと来ない。
ただ、もしクロトの拘束糸が強い強度を持てたとしたら、使える武器が一つだけある。
「俺もこれを使うのか」
俺は、少し躊躇いながら銃を手に取る。よく映画なんかで見るリボルバーと呼ばれる物ではなく、実用的に使われているであろうマガジン付きの銃だ。
もし、クロトの拘束糸で弾道を制御出来るなら、それは可能性として強い武器になる可能性がある。
俺と花渡もそれぞれ防護服に着替え、俺はマガジンと拳銃を二挺。花渡はボウガンを腰につけ、もう反対側に矢を。そして弓矢のセットを背中に背負っていた。
「これでやっと、戦いという体裁はなんとかなる、か」
「ですね。より危険な状況は減りそうかな、と」
そうして、俺達は各々の武器を携行しながら、外へ出る。もう船頭にはだいぶ近いが、戦闘の気配は無い。
ただ俺達は、その事を少し気にしながらも、手に入った武器に心強さを感じて、少しだけ余裕を持った足取りで、先へと進んでいた。




