番外編、さがしもの 其の三
沖田さんは言った。これがその‘‘カミサマ‘‘の思し召しだというのなら、悔しいけれど、受け入れるべきなのだと。モノに縛られるのはもうやめる、と。
笑顔を保ちつつも、深海の瞳はどこか陰りを宿している。それと目が合ったら、なんだか、居ても立っても居られなくなってきて。
掃除途中であることなんて、もはやとっくに忘れていた。気付けば私は、コタローを掴んで屯所を飛び出していたのだった。
「…………と、いうわけなんです」
断片的な出来事をできるだけ順番を追うようにして伝えたら、雄心さんと柊さんはふたり揃って頭にハテナを浮かべているようだった。突飛な話だし、まあ無理もない。
ちなみに、実はコタローも一緒に連れてきていて、男児捜索の効率化を図るべく二手に分かれているんです、という説明はあえて省いておいた。ややこしくなりそうだし。それに私はともかく、コタローには警戒心なんてものがまるでなさそうだから。また変に唆されでもしたら、たまったもんじゃない。
その時。これまでずっと沈黙を貫いていた雄心さんが、表情ひとつ変えずに口を開いた。
「――少年なら、あちらのほうに駆けていった」
指さされた方向は私から向かって左手側……つまり大通りを抜けて、赤々とした東屋に覆われた山のほうへ差し掛かったあたり、ということだろうか。
唐突に提供された貴重な情報に、彼の隣に腰かけていた柊さんは、不思議そうに何度も目をぱちくりとさせる。
「ええっと……、どういう風の吹き回しだい?」
「どの口が言う」
「ありがとうございます」気付けば食い気味に言っていた。
長丁場になることも覚悟していた。でも、思いのほかあっさり私が知りたかったことを教えてくれたし、もはやここに長居する理由はなくなった。前はこの人たちのせいで散々な思いをしたけど、まあ、これでチャラってことにしておいてやろう。
私は手のひらを透かして、天上に浮かぶ太陽もどきを窺う。まだ、余裕はたっぷりある。とりあえず日が暮れる前には、なんとか成果を得られるようにしないと。でないと、あそこらへんは自分の体の輪郭さえ掴めなくなるくらい一気に暗くなるから大変なのだ。
「じゃあまた。……君たちも、災難だったね」
「あー、まあ。でも見つかればいいんですよ、見つかれば」
挨拶もそこそこに、私はひとまずコタローとの待ち合わせ場所を目指すことにする。
後ろではいつまでも、柊さんがひらひら手を振っていた。
*
「で――いいのかい? 雄心クン、あの子に意地悪なんかしちゃって」
思わず、といったふうに柊さんの口から溢れた苦笑を、雄心誉は鼻で笑ってみせる。
「実際あちらに駆けていく少年は見かけたのだ。奴が探しているという人物と一致するとは限らないがな。……何か不満でも? 噓は言っていないのだから、いいだろう」
「ううん。雄心くんってほんと、イイ性格してるよなあと思って」――実はふたりの間でこんな会話が繰り広げられていたなんてことは、うんとあとで知ることになるのだった。
*
「どこだああああー!」
雄心さんに指し示された方角に向かって一心不乱に歩き続け、おっだんだん開けてきたぞ、と思った、ら……突然視界いっぱいに現れた畑。訝しく思うも、とりあえず同じ範囲を探し続けたが、畑には変な木の実みたいなものが点在しているばかりで、いまだになんの成果も得られていなかった。
「コタロー……そっちはどう、って、いるわけないよね……」
赤みを帯び始めた空へ向かって、前足を泥だらけにしたコタローがひと声、ケーン、と鳴く。すると人気のないひっそりとした森のそのまたずっと先から、か細くやまびこが帰ってきた。それこそ閑古鳥が鳴くかのようだった。
目元にうるうる涙を溜めながら「おいらたちきっと、化かされたんだ……」とコタロー。
狐のあんたがそれ言っちゃう? と少しも思わなかったかといえば、噓になるけど。
思えば素直に目撃情報を提供してくれちゃった段階で、疑ってかかるべきだったのだ。普段の私だったら絶対そうしていただけに、悔しい。悔しすぎる。
けっ。あのふたり、やっぱり信用ならなかったか。いくらやけくそだったからって、100%信用できない相手の言葉なんて鵜吞みにするんじゃなかった……反省だ。教訓だ。
ていうか待てよ、自分は何も悪くありませんよ~みたいな顔してるけど、柊さんも柊さんじゃなかろうか。あの感じだと雄心誉とずっと一緒にいたっぽいし、私が探してる子を見かけてないことだって絶対知ってたくせに、くそう、あのペテン師め。この恨み、晴らさでおくべきか……。怒りと憎しみと、あとは自分への失望で絶賛炎上中の私のふくらはぎを、コタローがおそるおそるつつく。
あーあ、やめだやめ。捜索打ち切りだ。セーラー服が汚れるのも構わず、湿った土に手足を放り出してごろんと寝転がったら。なんだか急に、全部がばかばかしくなってきてしまった。
あの世に行く時はどうせ身一つなんだからってよく言うし、沖田さんもモノに対する執着なんて綺麗さっぱり捨てちゃえばいいのに、と、そう思えたらどんなに楽だったろう。
そもそもどうしてこんな面倒なことになっているのかと言えば、他でもない、沖田さんがゴネたせいだ。
…………でも。
きっと、想いを完全に捨て去ることができないからこそ、あんなに苦しそうな顔するんだろうなあ。
しょせん道具だからとどんなに割り切ったつもりでも、大事なものはやっぱり大事。忘れることなんてできやしない。ほかの誰にも譲れない。――自分が一生懸命生きてきた過去が、そこには凝縮されているから。
「プライド、かあ……」
たぶん私は、そんな高尚なものなど持ち合わせていない。眩しい夕焼けに目を細めた。未練を解消するにあたって、これまで多くの、人に大事にされてきたものに触れてきたつもりだけど……どれにも例外なく、想いや願いの類が込められていたように思う。
それらはあったかくて、きれいで。
言ってしまえばものは人を、現世に縛る理由になりやすい。
今になってようやく、そのことに気が付いた。思い返せば未練がものそれ自体にあることもしょっちゅうだった。
まあ、この先消滅するまでずっと、私はそういったものに縁がないんだろうけど。
でも、コタローにだって、沖田さんにだってある。命より大事なものってやつが。
どうせもの。どうせ他人事。なのに。
「なにをそこまでアツくなるかね……」
私にはそれが、滑稽でもあり、ほんの少しだけ――羨ましくもあった。
――つんつん。
空気を読まず、なおも私のふくらはぎをつつきまくるコタロー。ひょっとして感傷には浸らせてくれない感じか。
「なに、コタロー。さっきからうるさ、い……」
コタローに促され、寝転がってみて、はじめて気づいた。すっかり盲点だった。大きな木の上には――、
「いたああぁ⁉」
そう、泥だらけになって泣きべそをかく、手ぶらの男の子が。




