34 公爵家の魔法
「なっ‥‥公爵家?!」
フレディは自分の爵位よりも上の公爵家、という言葉に反応し、怯んだ。が、すぐに気を取り直した。
「だったら、なんだって言うんだ。この仮面を被っている限り、爵位は関係ないという決まりがあっただろう」
「それは、事態が通常通りの場合のみだ。このような異常事態、爵位を明かさず対応しようなど愚の骨頂」
ルークは、目を細めた。
「つまり、異常事態を起こす者はそれ以上の愚か者。つまり、阿呆だ」
「はあ?!」
おー、もっと言ってやれ。こいつは、阿呆だ。私は阿呆に襲われてただけ。よし、今のうちに逃げよう。
「サザンジールの娘、そこで待っておけ」
「は、はい‥‥」
逃走失敗。というか、私を注意するときの目が獲物を射抜くようで怖いよ。ああ、今日が命日か‥‥
「公爵家だからって威張りやがって‥‥」
「お前は、頭が悪いな?」
ルークは口角を上げた。その時、ルーク目が光り、周りから黒いもやが飛び出す。そのもやは、やがてフレディを取り囲んでいった。
「公爵家だから、偉いんだ」
いつの間にか、フレディは虚な目をして、口を半開きにしていた。わかるか、とルークが問うと、不安定な様子で2回頷く。
その様子に、先ほどとは違う意味でゾッと鳥肌が立った。
ルークは満足そうに頷き「眠れ」と言う。すると、フレディは体の力が抜け落ちていくように、床に横たわってしまった。
「え‥‥これ」
「魔法で眠らせただけだ。命に別状はない」
ルークはなんてことないように言う。が、すごいことだ。
多分、これは黒魔法だ。
相手を操ることが出来る魔法。私のような青魔法と違い、上位貴族の、才能ある者にしか現れない白と黒の魔法。聞いたことはあるが、見たのは始めてだった。
私は安心して、思わず座り込んでしまった。公爵家の人間の前なのに。しかし、ルークは気にしてないという感じで、こちらを見ていない。
「あの‥‥」
「様子がおかしいと来てみれば‥‥貴様は恨みを買いすぎではないか」
「すみません」
普通に、嫌味を含んだ注意をされただけだった。私に危害を加える意思はなさそうかな。しかし、変な沈黙が流れる。ルークは、2、3度視線を彷徨わせたあと、思い切ったというふうに、口を開いた。
「‥‥それで、アデルはどこにいるんだ?」
「え?」
見上げると、ルークは少し顔を赤くしていた。なるほど。そういえば、彼はアデルが大好きだったっけ。自分の元にはいない彼の様子が気になって、モジモジしてたわけか。
「はぐれてしまって」
「あいつは、元気か?」
間髪入れずに聞いてくる。私はにっこりと笑った。
「寂しそうですけど、元気ですよ」
「なっ」
彼は耳まで赤くした。そして、顔を逸らし、ここから離れて行ってしまった。
「もういい」
あれ、怒らせた?というか、この場所に一人って、寂しいんだけど‥‥
と、あわあわとしていると、ルークと入れ違うように3人の人間がやって来た。
「ケイト様!!」
アデルとサイモンと‥‥それから、ロイドだった。あ、見つけてくれたんだ。そう言おうとしたが、それは駆けつけたアデルによって遮られた。
「ケイト様!大丈夫ですか?!」
アデルはすぐに、私の肩に自分のジャケットをかけた。
「不埒な男がいたと聞いたのですが。どこか、怪我とかは‥‥」
「え、あ。手首捻られただけだから大丈夫よ。何もされてないし」
「はあ?」
すると、サイモンがひどく不機嫌な様子で声を上げた。
「それ、大丈夫じゃねーじゃん」
「同意します。何もされていないうちには入りません」
サイモンは、そのまま「馬車を呼んでくる」と行ってしまった。アデルとロイドがその場に残される。
「すみません‥‥僕がついていながら」
アデルは、辛そうに俯いた。私はその頭をなんとなく撫でる。すると、拗ねたような顔をして、顔を上げた。
「‥‥馬鹿にしてるんですか?」
「いいえ。落ち着くかなって」
そんな私たちの様子を見て、吹き出したのはロイドだった。堪えきれないというように、口を押さえて笑っている。
「‥‥ロイド様」
「失敬。あんなアデル、見たことないからね」
彼はクスクスと笑った後、私に向き直った。
「ケイト嬢。久しいね」
「お久しぶりです。変なところをお見せして‥‥」
「そういうのはいいから。それに、俺が兄から連絡を受けただけだしね」
兄から連絡受けた、とは。どういうことなのか。
「黒魔法には、伝達の力もあるからね。アデルと話しているときに、いきなり兄から、”サザンジール家の娘が変な男に襲われている”っていう声が脳内に響いたから、驚いたよ」
「そうだったんですね」
念力みたいな感じなのかな?黒魔法にそんな力があったのは意外だった。
「ロイド様」
「はいはい。あれ、疲れるんだけどね。アデルの面白い姿見れたし、いいか」
ロイドは「ちょっとごめんね」と私の前にひざまづく。そして、捻られた私の手を取った。その瞬間、白い魔法陣が浮かび上がり、純白の光に包まれた。
「動かしてみて」
恐る恐る手首を動かすと、痛みは引いていた。これは‥‥黒魔法と同様に珍しいとされる白魔法だ。これも初めて見た。つまり、ビリアン家の兄弟は、それぞれ珍しい黒と白の魔法が使えるのだ。
「すごい‥‥」
思わず呟くと、ロイドは苦笑した。
「いやあ、治すことしか出来ないから不便でしかないんだけどね」
ロイドは謙遜するが、本当になかなかないことなのだ。
そんなことを話していると、サイモンが姿を見せた。
「馬車、用意出来たって」
「では、行きましょう。ケイト様、立てますか?」
「ええ」
と、言ったものの、足に力が入らなかった。アデルは、私の肩を支えて、立ち上がらせた。歩くときも、ずっと付き添って支えてくれた。今は、その温かさが有難い。意外と、自分は怖かったのかも知れないと気付いた。
「それでは、ロイド様。交渉の件は、また後日」
「分かってるよ」
馬車に乗る際、アデルはロイドにそう、話しかけた。
そういえば、ロイドに交渉をしに来たんだったっけ。忘れていた。
アデルは、その話を忘れることなく、済ませてくれていたらしい。
けれど、思ってしまった。これでいいのかな、と。
先ほど話したルークは、まったく悪人ではなかった。ただの弟を心配する兄のようだった。
もちろん、後ろ暗いことは沢山しているのだろうけれど。それでも、間接的にルークを陥れることに加担してしまっていいのだろうか。




