35 面会
あの日のルークは、ただの1人のお兄ちゃんに見えた。いくら、母を人質にしてアデルに酷いことをしてきたとはいえ、こんな風に利用することに後ろめたさを感じ始めた。
利用できるものは、使おうなんて。
そんなこと正しいのか、と。
しかし、無情にもロイドとの面会の日はあっという間にやって来てー‥‥
「それで、なんで街に出なければならないのかしら」
「ロイド様のご指定ですので」
私とアデルは、お忍びで下町に繰り出していた。というのも、ロイドが私たちが面会する場所を指定してきたのだ。そこが、なぜか私の屋敷の近くの下町だった。
なので、今日の服装はいつもよりも大分ラフなもの。
長い髪を三つ編みにして、それに合うように洋服は赤を基調とし、繊細な花の刺繍が施されたワンピースを着ている。腰を後ろで縛っているリボンが歩くたびに揺れて、可愛いと思う。それに合わせて履いた赤いヒールにも、リボンがついている。
テーマは、商家のお嬢様といったところか。
周りを見ると、奥様方の井戸端会議や子供たちの笑い声が聞こえて来る。さすがお父様が統治している領内なだけあって、治安はいい方だろう。
やがて、約束の場所に着いた。
「この店に入って下さい、とのことですが‥‥」
アデルは目の前にある店を見上げる。
そこには、蔦が建物全体を覆い、黒い煤が所々についている、良く言えば落ち着いていて、悪く言うと寂れている店があった。
「ねえ、本当にここが約束の場所なの?」
「そのはずですが‥‥‥」
2人で店の前で立ち往生していると、店の扉が開かれた。そして、中から、ロイドが出てくる。
「2人とも来てたんだ。道に迷ったかと思って探しに行こうとしてたんだよ」
彼は、おいでと手をこまねく。
「ここで、合っているのでしょうか?」
「合ってるよ」
そう言ったきり、ロイドはどんどん進んでしまうので、私とアデルは恐る恐るついて行った。
その店の中は外観とは裏腹で、明るい照明に加えていい感じのジャズも流れている。
数人の客が談笑していて雰囲気はいいと言えるだろう。しかし、この中で話すのは、プライベート皆無なのでは‥‥そう不安に思っていると、ロイドは、その中で迷わずに店員のいるカウンターに向かった。そして、注文を言った。
「ミラクルフレーバークルトンスペシャルミックスティーを9人前、よろしくお願いします」
‥‥‥‥なんて?
ミラクルフレーバー?クルトン?クルトンって飲めるの?飲めないよね??しかも、9人分って、どれだけ飲むんですか?
戸惑う私を他所に、店員はおもむろに一度頷いた。彼は、くいと顎を動かし、私たちを呼んだ。戸惑いながらついていくと、店の奥に案内された。
店主は扉の前で何かを操作したあと、くいっと顎を引いた。
「入りな」
「いつも、ありがとうございます」
すると、静かな音を立てて、壁が左右に開いていった。その先には、階段が見え、ロイドはそこを突き進んで行った。
かっ、かっこいい〜〜!!私のオタク心がくすぐられる。さっきの謎のオーダーは、この隠し通路への合図だった訳ね。こういうの、異国風・異世界風でとてもテンションが上がる。
階段を降り切った先には、少し狭めの個室だった。その中には、真紅のソファが2台とその間に机が置いてあった。
ロイドと向かい合い、席に座る。アデルにも、隣に座るように勧めたが、後ろに立っていると主張された。なので、私とロイドで話を始める。
「改めて、ケイト嬢。今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、こちらの我儘に付き合って頂き、ありがとうございます」
「こんな素敵な場所だし、君を口説きたいところなんだけど‥‥」
ロイドはチラリと私の後ろに立っているアデルを見て、笑顔を振りまいた。
「アデルが怖いからやめておくよ」
「ご冗談を」
本当に、口が上手い。揶揄う目的もあるのだろうが、アデルがそんなことで怒るはずないのに。私の白けた視線を感じたのだろう。ゴホンと咳払いをしたロイドは、話を仕切り直した。
「さっそくだが、本題に入ろう」
「そうしましょう」
私が頷くと、ロイドは口を開いた。
「俺の伝手を使いたいんだよね。その対価に、前に手に入れたリストを渡す、と。それに関しては、問題はなしだ。取引に応じよう」
いやあ、めげずに連絡を取り続けてよかったよ、とロイドは笑う。
「その上で、提案したい。俺と提携を組まないか。そちらの事業の助けをするよ」
「声優」事業の手助けを、交友関係の広いロイドがしてくれる。その提案には甘美な響きが確かにあるけれど‥‥
「お断りします」
「どうしてもダメかい?」
「ダメです。物にもお金にも釣られませんので」
やっぱり、ロイドは、どうしても私たちの協力を得たいらしい。‥‥私というよりもアデルの、か。ルークの右腕だったし、情報とか欲しいのだろう。
アデルの感情はどうなのだろうと、一度、ロイドのことについて聞いてみたことがある。答えは、2度とハリソン家とは関わりたくないとのことだった。
だからこそ、私は彼の提案に乗る訳にはいかなかった。
しかし、その返答も予想通りだというように、ロイドは余裕の表情を見せている。そして、彼は懐から一つの封筒を取り出し、私の目の前に置いた。
「さて‥‥‥ケイト嬢はこれを見ても、同じことは言えるかな」
開けて、と促されたので、遠慮なく封筒の中身を確認する。そこには、「狂った令嬢。王太子妃候補脱落か」という見出しが踊った新聞記事があった。
「何‥‥これ」
「明日の新聞だ。これにはルークが一枚噛んでいる可能性が大いにあり得る」
ロイドは演技がかった仕草と憂いを帯びた表情を見せる。私は、彼を冷静に見ていた。
「どう思う?正義感の強いケイト嬢」
こちらを窺うロイドをもったいぶらせる為に、私は目の前に置いてある飲み物に手をつけた。そして、それを置いた後、彼を真っ直ぐに見る。
「宣伝になったな、と思います」
「え?」
私はロイドが戸惑っている間、一気に捲し立てた。
「人は悪い噂が大好きですから。これを見た人は思うでしょう。侯爵家の揚げ足をとるにはもってこいだ、と。そのために、ラジオにも手を出す可能性が上がります。それならば、そのラジオで腹黒い貴族たちをあっと言わせるような事をすればいいだけ。そこから、継続して聞いてくれる可能性もあると思います。むしろ、こんなことをして下さって、有り難いくらいです」
「そ、そうかい‥‥」
「わざわざお知らせ頂きありがとうございます。でも、ご心配には及びませんから」
私はにこりと微笑み、ロイドはひきつり笑いをした。私は優雅に飲み物を口に含む。勝敗は、既に決していた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「正直、意外でした」
屋敷に帰ると、そうアデルが話しかけてきた。
「何がかしら?」
「あそこでロイド様の挑発に乗らなかったので」
アデルの言葉に、ああと頷く。
「それは、そうに決まっているでしょう。あの挑発に乗ってしまえば、協力体制という名の彼の手駒になる未来がありありと見えていたもの。でも‥‥」
私は言葉を区切って、アデルを見上げた。
「でも、この新聞は利用できると思わない?」
「どういうことですか?」
「NBリストには、この新聞社の名前もあったわ。つまり、ルークは新聞社と関わりが深い証拠の裏付けになると思わない?」
私は口端を上げて、新聞を眺める。
「ルークをこの事実をダシに脅して、彼の交友関係を手に入れることは出来ないかしら?」
それに、私は許せないのだ。新聞記事にはアデルたちのことを悪くいう言葉も書かれていた。
ずっと、ルークを利用するのは正しいのか迷っていた。けれど、今回の新聞記事を見て決心がついた。
実際に確かめたいと思う。ルークはアデルを簡単に悪く言える人間なのか、そうじゃないのか。
「無謀です‥‥!」
アデルはそう言うが、私はそうは思わないのだ。何事も、やってみなければ分からない。
「わたしは、ロイド様にもルーク様にも、私の大事な人を操り人形としても、ただの捨て駒として置かせたくないの。だから‥‥」
もしも、ルークが前者だった場合‥‥‥
「確実な証拠を掴んで、新聞社諸共ぶっ潰してやるわ」




