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16 アデルの暁光

アデル視点です。




「サザンジール家で、新しい執事を探しているらしい。そこに行って、密偵をしてこい」


始まりは、自分の主人のこの言葉だった。第一邸執務室。全てのものが散乱とする中で、ただ一人完璧な主人は、僕に命令を下す。それに対して、拒否権はない。口答えせず、従順に指示されたことを遂行するだけでいい。


「承知致しました」


僕の返事に、眉ひとつ動かさず、彼は淡々と任務についてを伝えていく。


「そこでやるべきことは主に2つだ。1つは、サザンジール家を探り、弱みを調べあげること。そして‥‥」


「‥‥‥」


「もう1つは、サザンジール家の長女を毒殺すること」


彼は、立ち上がり植物の葉を愛でた。ここは、執務室でもありながら、ルークの研究場所でもある。ビリアン家は、薬学で繁栄してきた家だ。薬は、諸刃の剣だ。毒にも、人を治すためのものにもなる。不治の病を治す薬の画期的研究も、証拠一つ残さない毒の後ろ暗い研究も、全てがビリアン家にとってはお手の物だ。

ルークは、憂いを帯びた表情で続けた。


「サザンジール家は、今、急速に勢力を伸ばしている。今や、その財産は公爵家に匹敵する。更に‥‥新たな事業も始まると噂されている。サザンジール家の長女が王太子妃候補に名前も上がっているのだ」


「‥‥‥‥‥‥‥」


「ビリアン家にも、年頃の女はいる。彼女を是非とも王太子妃、いずれは国母にしたい」


「はい」


「だから、潰せるものは、潰しておく。いいな?」


「お任せください」


僕は慇懃に礼をし、そのまま部屋を出た。部屋の前の衛兵に会釈をし、歩いていく。


人を殺せ、と命令されたのは初めてではない。しかし、それは相手が犯罪者であったり、公爵家の裏切り者であったりした場合だ。前者もそうだが、後者は裏切る以上、毒殺の覚悟も出来ている人間。良心が痛まないわけではないが、致し方ないと割り切っていた。

しかし、罪のない少女の命を奪うなど‥‥


いや、きっと侯爵家は僕を受け入れないだろう。当主も、ビリアン家の間者だと見抜けない愚図でもない。雇われなければ、ルークも諦めるはずだ。それほど無茶をする人間でもないのだから。


しかし、僕の思惑は崩れた。


「うん。君、採用ね」


「え?」


サザンジール侯爵は、なんとも軽い言葉で僕を受け入れた。即決、即採。そのまま、侯爵家で働いてほしいことや、屋敷の案内などを自らなされた。


もしかして、本当に馬鹿なのかと、少し疑った。


これでは、任務に取り掛からなくてはならないだろう。暗殺するために、この家の娘にもうまく近づかなければならない。我儘令嬢として有名なため、万が一にも情は移らないと思うが‥‥


そんなことを考えていた時、侯爵と目があった。彼は口を開く。


「ああ、それと」


ニッコリと人好きのする笑顔で、さらりと。


「情報などはどうにでもなるが。もしも娘に何かあったら、君の大切なものを侯爵家全ての力を使って壊すから。よろしくね」


世間話の一環で、そう言われた。答える間も無く、1秒後にはサザンジール家の歴史について述べていた。

その先に、恐ろしい怪物を見た気がする。


しかし、相対するものが例え怪物であろうとも。


どんなことを言われても、大事な人を人質に取られている限り、やるしかない。

情は、きっと移らないだろう。



そう思っていたのだが。


「だって私、貴方の声なら抱ける自信あるもの!!!」


ケイト・サザンジール。彼女は、情が移るなどでは済まされないような、人物であった。言うなれば、劇薬。衝撃的なその人物は毒にも薬にもなり得る。

ここから、僕の人生は好転していくことになる。


彼女は、一発で僕がスパイであると見抜いてきた。更に、僕が脅されていると知っていて、「解放する」という提案までしてきたのだ。


最初は、子供の戯言だと思った。

彼女は自分に惚れ惚れしている節がある。初対面から顔を真っ赤にしていたのだから。これは、大いに利用してやろうと思った。


ある時は、その見た目を褒めた。


「お嬢様は、綺麗な髪をされていますよね。思わず触れてしまいます」


「そうね。私も気に入っているの。ありがとう」


「‥‥‥」


ある時は、外出に誘った。


「お嬢様、それよりもデートに行きませんか?」


「いいわね!街を案内してあげるわ」


「‥‥」


が、今まで使ってきた女性の落とし方を試しても、ろくに靡かない。寧ろ、全く気付かないのだ。その度に、そばに控えるテラという侍女に得意げに笑われた。

逆に素っ気なく対応しても同じだった。

しかし、彼女は、変な時に赤くなることがある。法則性がまったく見えないのだ。


しかし。


「馬鹿にしないで。私は、”彼”の声にしか発情しないのよ!」


彼女は、ある時、そう叫んでいた。

そこで漸く合点がいった。

彼女は、僕の声にしか興味がない。僕自身のことをみて、考えてくれているのは分かる。けれど、彼女の興味の全ては「声」に向かっていた。

彼女は、そのためだけに、動いているのだと漸く分かった。


彼女は往々にして、「もえ」や「尊い」と言う言葉を頻繁に使う。状況から鑑みるに、それは「ものすごくいい」「恋愛とは似て非なる感情」という意味だと分かってきた。


そう、この彼女の抱える感情は、決して恋愛ではないのだ。


ケイト・サザンジールに情など湧くはずがない。しかし、気づけば、彼女に振り回され、彼女に苛ついている自分がいることに気づいた。


メイドのフリをして、公爵邸に忍び込むと提案していた後、俺は彼女にその苛つきをぶつけたことがある。


「‥‥‥俺は、救われたいなんて思ったことはありませんよ」


彼女に、良心に突き刺さるように。故意に言ったのだ。しかし、それを聞いた彼女はニヒルに笑った。


「私も貴方を救いたいなんて思ったことはないわ」


俺の言葉を、彼女は堂々と突き返したのだ。


「自惚れないで。これは全部、貴方のためではないの。ただ、私のため」


「‥‥‥‥‥‥」


「だから、安心して、黙って、ビリアン家から解放されればいいのよ」


僕は唖然とした。


彼女ほど、滅茶苦茶な発想をする人間は見たことがない。

自分の地位に安寧することの出来るお嬢様が、見ず知らずの執事の解放を望み、爵位の上の貴族へ啖呵を切る。

しかも、それの全てが自分の為だと言い切るのだ。


更に、ビリアン家の力がなければ、母の命が助からないと分かった時も、彼女は凄まじかった。

とんでもないハッタリをして、僕も母をも騙して、偽物の薬で見事に病気を治してしまったのだから。


「病気は、患者の気持ちも大切なの。『これで治る』という安心があれば、それだけで病は治癒に向かっていくものなのよ。嘘の薬でも、効果を見せることがあるの。特に、それが信頼の出来る相手が渡すのなら」


彼女の言葉を聞いた時、やはり公爵家に縛られていたのが、母の体に障っていたのだと知った。公爵邸で薬を渡していたのは、ルークだった。いつ毒を盛られるか分からない状況で、落ち着いて治療など出来ないだろう。

そして、サザンジール侯爵家に来てからは、医者から渡されたものを、そのまま僕が母に渡していた。

そう聞かされて、少しだけ泣きそうになってしまった。


もう何もかも、降参だ。彼女は年下だが、何もかもが叶わない。


だから、誓った。


「僕は、貴方に一生忠誠を誓います」


彼女の手の甲にキスを落として。永遠の忠誠を。

しかし、慌てはするものの、僕を異性として意識する様子は全くない。


それが悔しかったので、囁いてやった。覚悟していて下さい、と。


確実に分かっていることは、彼女は僕の声に弱いということだ。案の定、彼女は顔を真っ赤にした。‥‥まさか、倒れてしまうとは予想外だったけれど。


そんな彼女の様子すら、可愛らしいと感じて、思わず笑ってしまう。すると、テラに睨まれてしまったが。



これからも、僕の人生は続いていく。しかし、今までの暗いものとは打って変わって。




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