17 ケイトの決意
とある平和な昼下がり。窓の外を見ると、天気は快晴で、どこまでも青空が広がっている。
そんな爽やかな気候とは裏腹に、私の自室には悶々とした空気が充満していた。
「全滅だわっ‥‥‥」
そのまま私は、机に突っ伏した。すぐに私の机に紅茶を置く音が聞こえた。私つきの侍女・テラである。
「どうしたのですか?」
「実はね‥‥」
私はため息をつきながら、事情を説明した。
時は数日前に遡る。それは、アデルの母の調子が戻ってきた少し後のことだった。
アデルは、私に顔を見せにきて、暫く世間話をした。そして、その流れで出し抜けに言った。
「それで、僕は何をすれば良いのでしょうか?」
「へ?」
思わぬ言葉に、間抜けな声が出てしまったと思う。そんな私に、アデルはにこりと微笑みかけた。
「『声優』についてですよ」
「あ‥‥‥‥」
わ、忘れてたああああああああああああああああああああああああああああ。
なんか色々ありすぎて、完全に頭から抜け落ちていた。そういえば、そういう取引でアデルを解放したんだった。つい、アデルを解放することに夢中になり、過程が目的へと変わってしまっていた。
という考えは、表情におくびも出さず、私はキリッと答えた。
「ええ、それについては考えているのよ。少し待ってなさい」
「はい。分かりました」
その日はそのまま、アデルを追い返した。一応、「声優」事業に関する策はあった。
私とて、無謀に「声優」をやってほしいと言ったわけではない。ただ、少し忘れていただけで。
私の考えはこうだった。まずは、各地に存在する劇団に、「声」だけ演じる専用の人物としてアデルを売り込もうと思っていた。ナレーション然りだ。
なので、取り敢えず知り合いの劇団に声をかけたのだが。
答えは、NO。
貴族の娘が道楽でおかしなことを言い始めたと思われたらしい。実際に会いに行ったところ、鼻で笑われて終わりだった。
その後、片っ端から、劇団に手紙で連絡を入れて行った。が、返事はどこもダメ。返事をしてくれるだけ良い方で、その後音沙汰ないところもある。
そして、本日、最後の劇団からお断りの返事がきたのだった。
「分かってはいたのよ。貴族のお遊びだと思われるって。分かってはいたのだけれど‥‥」
正直、世間を舐めてしました。そこら辺貴族の権力で何とかなるとか思ってた。やっぱり世の中、世知辛いや。
テラも、私の言葉に苦笑気味だし‥‥
そもそも、ネットもテレビもないのに、声優という職業をつくることが難しいのかも。そもそも、声優さんの仕事はアニメがあるからこそ成り立つものだし。
せめて、ラジオでもあればと思うけれど。
‥‥‥‥そういえば、ビリアン公爵家には、「電話」があったな。
そこで、初めて気づいた。電話があるなら、ラジオがある可能性もあるのではないか、と。
望みは薄いが、確認してみる価値はあるかもしれない。
「思い立ったら、吉日よ!テラ!!」
「何がですか?!」
私は立ち上がり、自室を出て行く。侯爵家の権力を利用してやろう。そうしよう。とにかく電話を発明したところに連絡を入れて、ラジオでもつくってもらえれば‥‥
と、私は考えながら、父の執務室に向かった。
「入りなさい」
と、父の声が聞こえてきたので、遠慮せずに扉を開ける。そして、その勢いのまま尋ねる。
「お父様!『電話』というものの存在はご存知ですか?!」
顔を上げた父は一瞬目を丸くして、クスリと笑った。持っていたペンを置き、腕を組んだ。
「君は、どこからその情報を得たのかな?」
「えっと‥‥その。いえ、そんなことはどうでもいいのです!」
ひええええ。不法侵入した公爵邸で見ました⭐︎とか言えないよ。お父様は何もかもお見通しというように、クスクスと笑っているし。
「我がサザンジール家は、ローゼン研究所を支援しているのは知っているな」
「ええ、はい」
大貴族の家には、それぞれ何かしらの事業に特化するものがあり、繁栄している。例えば、ビリアン公爵家では、薬と毒。裏表のある製品を糧に、陰に陽に、貴族社会を牛耳っているのだ。
さして、我がサザンジール家では、文明製品開発と呼ばれる事業。ローゼン研究所と提携をし、資金援助をする代わりに、そこで発明されたものの販売権はサザンジール家が請負っている。
特に、ここ十数年は、研究所の「1000年に1人の天才」と呼ばれる発明家により、更なる発展を遂げている。
こういった事情から、私も父なら何か知っているのではないかと思ったのだ。
「そこでは、遠隔地にいる人と話をすることが出来る『電話』等の実用化を目指しているんだ。いくつか他の貴族にも試験運用を任せている」
「そうなのですね」
だから、公爵家にもあったのか。納得。父は、組んでいた手をとき、椅子にもたれかかった。
「そうだな。丁度いいから、このことも話しておくか‥‥」
「侯爵、よいのですか?」
「ダメだったら、私が責任を取る」
ここまで黙っていたテラが声を上げるが、父はそれを流した。
「それで、ここからが本題だ」
その言葉に、私は身構えた。
「我が家に『電話』と同じく遠隔地にいる多くの人に共通の話題を伝えることの出来る『ラジオ』というものを普及させて欲しいと依頼がきているんだ」
「‥‥‥!」
「言われても、ピンとこないだろうが、本当のことだ」
やっぱりラジオも開発されてたんだ。ここまで文明が進んでいるなんて‥‥‥
乙女ゲームをプレイしているときは、全く気づかなかった。
「私はね。その事業の一部を是非とも、君に任せたいと思っているんだ」
「え‥‥いいのですか?」
思わぬことに、私は反射的に聞き返す。こういったことは、サザンジール家お抱えの業者に委託するのが普通なはずだ。
「『声優』という職業のことを、テラから聞いたよ。私は悪くないアイディアだと思う」
「‥‥‥‥‥‥」
お父様は私に微笑みかける。その表情に少し泣きそうになった。
今までのケイトは、ただ我儘なだけで、手のかかる困った娘だと思われていたはずだ。周りからも、期待出来ない、ただ意地の悪い人間だと思われていた。
けれど、そんな私を、父は信頼に値すると判断してくれたんだ。
「やってみなさい。そして、侯爵家に利益をもたらすだけの力があるのだと、証明をしなさい」
「はい!」
父が託してくれた期待に応えられるよう、頑張ろう。そう、強く決意した。




