イングランドの宗教改革案
まことに申し訳ありませんが、本日はイングランドの宗教改革の話になります。
片田順が翔んで行った先の話は明日(3月7日)になります。
よろしくお願いいたします。
一五〇八年、グリニッジ宮殿。
ヘンリー七世は五十一歳になっている。
フランス王室が新教を国教とするのを見て、いつかはわが国もローマ教会から離脱したいと考えた。しかし、それは自分の時代には果たせないことだと思っている。
なぜなら、彼は結核を患っていたからだ。
ヘンリーは、元々は敬虔なカトリックだった。しかし、最近のローマ教皇庁のやり方は目に余る。
そこで、カトリックの教義、典礼、秘跡はそのままで、ローマ教皇庁を外す方法はないだろうか、と考えていた。
一方でヘンリーは海に目を向けた。イングランドの未来は海に、そして貿易にあると考えた最初の王だった。
それまでのイングランドは、戦争にあたっては商船を徴発して兵員輸送に充てていた。それに対してヘンリーはリージェント号、ソブリン号などの常備軍艦を建造して運用した。
ポーツマスを軍港として整備し、乾ドックを建設した。
史実において、ヘンリー七世は一四九六年、九七年、九八年にジョン・カボットを新大陸に派遣している。かれはニューファンドランド島やラブラドル半島を発見している。
この物語においては、片田順に「新大陸はまだヨーロッパを受け入れる準備が出来ていない」と説得されて、代わりにカボットは片田商店艦に乗船して、密かにインド洋航路の調査を行っている。
彼の報告では、イングランドが独力でインド交易をおこなうことは可能だという。
ところで、史実上のカボットの北米探検だが、明らかに一四九三年の『教皇子午線』に反している。新大陸はスペインの勢力圏だ。
ヘンリー七世が教皇権をどのように考えていたか、推し量ることができる。
また、後の『航海条例』につながる『海運奨励政策』も打ち出している。イングランドの港に出入りする貿易船はイングランドの船によるべきだとした。
これらの施策が、のちのヘンリー八世の時代に花開くことになる。
グリニッジ宮殿の国王執務室に、国王と主だった幹部が集まっていた。
「エドマンド、修道院の財産目録整備の状況を報告せよ」ヘンリー七世がエドマンド・ダドリーに言う。
エドマンドは王室の財務及び法執行の実務を担当している。平たく言うと税金の取り立て屋だった。
史実では、ヘンリー七世は王室財政再建のため、エドマンド・ダドリーとジョン・モートンを使って厳しい徴税を行った。なので、当時も今もイギリス人には好かれていない。
この物語においては、片田商店がオルダニーに持ち込んだ商品を大陸に売ることにより、イングランド王室財政は潤っている。
なので、ヘンリー七世は国民に恨まれてはいない。
「イングランドとウェールズの中小修道院についての調査は、ほぼ終えました」
「結果はどうであった」
「対象は年収二百ポンド以下の修道院、三七六で、毎年の年収の合計は三万二千ポンドになります」
「なるほど」
当時のイングランド王室の歳入が十万から十二万ポンドくらいの時代だ。けっこうな額になる。
「修道院をお潰しになられるのですか」
「今はやらない。安心せよ」王が言った。
これは、息子のヘンリーの時代のための準備だ。彼は自分の寿命があと数年しかないことを悟っている。改革の途中で王が死んでしまっては混乱を招く。
まだ『価格革命』が始まる前の中世末期だ。インフレーションなど起きていないため、息子の時代にも役に立つだろう。
「フランスの新教政策について、報告せよ。リチャード」王がリチャード・フォックスに言った。
リチャードは外交・実務の責任者だった。
「フランスは先日発布した『国王至上法』の一部を撤回しました。やはり、『教義の決定権を国王が持つ』というのは無理だったようです」
「信徒の心の中までは踏み込めない、ということだな」
「はい、おおせのとおりです」
「国王による聖職叙任権と教会収入の管理権については、国民は受け入れたのか」
「はい、その二つについてはとくに騒ぎは起きておりません」
「では、ローマ教皇ではなく、国王を頂点とした、国教会というものをフランス国民は受け入れそうだ、ということか」
「それが、他にも揉めているところがあるそうです」
「どのようなことだ」
「秘跡についてです。新教徒の狂信的な者どもは七つの秘跡を排除しようとしています」
『七つの秘跡』とは、カトリックの聖職者が行う洗礼、堅信、聖体、ゆるし、病者の塗油(終油)、叙階、結婚の儀式のことだ。
「聖体をやめるというと、ミサもやらぬのか」
「そのようです。なにしろ司祭がおりませぬから」
ヘンリー七世が考え込む。
彼が考えている宗教改革は、王権の強化と、ローマ教皇権の排除だけだった。秘跡などはそのままでよい。
王権は神から直接授けられるものであり、ローマ教皇に与えられるものではない。
そして、『教皇子午線』を無効にしてしまえば、イングランドは西の新大陸にも、東のインドにも自由に行くことができる。
インドに行くための船舶と航法は、すでに片田商店から入手している。片田商店は、イスラム商人と同じように公平公正な商取引を行うのであれば、イングランドがインド交易をしてもかまわないと言っている。




