松明 (たいまつ)
翌日の夕方。この日は昼過ぎから曇っていた。
シーネス城の浜からバテルが、砲艦『大淀』から連絡艇が出され、互いに接近する。
「どうした、カタダ・ジョンは乗っていないのか」司祭が尋ねる。
「今日は都合が悪くなった」シンガが言う。
「都合が悪いだと、ふざけるな」
「明日の同時刻、また来てくれ」
「待て、そんなことをドン・ヴァスコに報告できるか、理由を聞かせろ」
「僕も、聞いていないんだ。『じょん』が、都合が悪い、とだけ言った」
司祭は戸惑い、どうしようか考えたが、どうにもしようがない。城に帰る。
「都合が悪いだと」ヴァスコが司祭を前に言う。
「はい、申し訳ありません。理由を尋ねたのですが、先方の使者も知らないそうです」
「人を食ったやつだな。まあ、こちらには十一人がいる。慌てずに待とうではないか」
さらに翌日の夕方になった。日が沈み、天球は西から東へと、明るい青から紺色へのグラデーションをなしている。蒼空には幾つかの星が瞬き始めた。
司祭が前日と同じように漕ぎ出だすと、今夜は通訳以外の男も乗っていた。西に残るかすかな光で男の顔を見る。
「私が片田順だ」男が言った。
「本人であろうな」
「もちろんだ。シンガ、そうだろう」
「ああ、そうだよ。彼が社主、片田順だ」
「よろしかろう、では船頭、合図の火矢を放て」
船頭と呼ばれた男が鏃に布を巻き付けて油をかける。それをランタンにかざして火を点け、岸に向かって放った。
城から角笛が響く。
城門から幾つもの人影が出て来て、浜に二つの松明を灯す。さらに十数人の人影が見えた。この一団が浜に置かれていた別の船に乗ってやってくる。
片田順とシンガが乗った連絡艇の舳先にも松明が灯される。司祭が松明に照らされた片田の顔を見る。四十代か、五十代ほどの、精悍な顔つきをした東洋人だった。
腰になにか棒のようなものを差している。
近寄って来る舟から若い男の声がした。
「『じょん』じゃないか。どうして来たんだ。『じょん』まで捕まってしまうよ」マーナの声だった。これは日本語で言っている。
「心配ない」その声に向かって片田が言う。
マーナ達の乗った舟が片田の連絡艇と舷を接する。マーナ達十一人は手鎖を嵌められ、座らされていた。それとは別に五人のポルトガル兵が立っている。
兵の一人が片田に向かって手招きする。こちらの舟に乗り移れ、という意味だろう。
接弦した舟のカレクト人達がわめきながら、不自由な両手で、否定したり、追い払うしぐさを見せる。
その様子を見た司祭が、これはカタダ・ジョン本人に違いない、と確信する。
「マーナ、みんなを黙らせろ」片田が言う。マーナが同胞を叱り、なだめる。皆、手を合わせて片田の方を凝視する。涙を浮かべている者もいた。
「カレクト人がこちらの船に乗るのが先だよ」シンガが司祭に向かって言った。
「信じられるわけあるまい」司祭が答えた。
「では、先頭の若者一人をこちらに乗せろ、そうしたら私がそちらの舟に乗り移る」片田が言い、シンガが司祭に向かって翻訳する。
「よかろう」
ポルトガル兵がマーナを立たせ、掌に手錠の鍵を渡す。そしてマーナが片田達の連絡艇に乗り移って来た。
「無事だったか」片田が言う。
「だいぶやられたけどね。大丈夫だ」そう言うマーナの顔や体のところどころに痣が浮いている。かなり手荒に扱われたのだろう。
「よかろう、ではそちらに乗り移ろうではないか」片田がそう言って腰に差した棒から何かを引き抜いた。
松明の明かりで、日本刀の刀身が鈍く輝く。それを見たポルトガル兵が怯む。
「シンガ、言ってやれ。言われた通りにすれば、無事に済むだろう、とな」片田が言って、凄みをきかせる。
ただし、片田自身は日本刀を振り回したことなど無い。士官学校の剣術の課程で竹刀を握った程度である。舷を跨いで、相手方の舟の舳先に乗り移る。
ポルトガル兵が片田の持つ異様な武器を警戒する。細身の刀身が反った兵器で、どのように攻撃してくるかわからない。カレクト人を一人、また一人と連絡艇に送り出す。その間、片田は刀を構えて動かない。
カレクト人全員が連絡艇に乗り移った。
「シンガ、離舷して『大淀』に戻れ」
「『じょん』はどうするんだ」
「少ししたら、戻るから心配するな」
連絡艇から棹が突き出され、マーナ達が乗って来た舟を押す、両者が離れる。船外機が動き出し、舳先を『大淀』に向けた。
連絡艇が充分に離れた所で、片田が言った。
「もうよかろう」そう言って、構えていた日本刀を海中に投げ捨てた。




