支店開設
「私が、これからリスボンに行き、捕虜と脅迫状の件について、マヌエル国王に具申してまいりましょう。それが一番の解決方法です」ジョアン・フェヘイロが言った。
片田順が考え込んだ。
「マヌエル王の考え方が変わってきた、それはそのとおりなのだろう。しかし」片田が言う。
「しかし、なんですか」
「しかし、臣下たちの考え方はどうだろう」
「どういうことですか」
「現にヴァスコ・ダ・ガマは王に黙ってマーナ達を誘拐し、さらに私を捕虜にしようとしている」
「……」
「まして、インドは遥か遠方だ。王がどう考えようとも、インドに行った臣下はやりたい放題、ということにならぬか」片田が言う。
「そうかもしれません」
ジョアン・フェヘイロもキリスト教徒だった。そしてキリスト教徒は、神に選ばれた貴き民だと信じてきた。
しかし、社主の目には、キリスト教徒はただの野蛮人だと映っているのかもしれない。
「私はマーナの代わりにヴァスコ・ガマのところに行こうと思う」と、片田。
「本気ですか!」ジョアンとシンガが言う。
「本気だ。ただ、必ず帰って来る。そのためにはジョアン、あなたの協力が必要だ」
「私の協力ですか、なんでも申し付けてください」
「シーネスの港に支店を開いて、数名の商人を常駐させてほしいのです」
「たぶん、出来るでしょう、国王の特許状がありますから。販路を拡大しにきた、とかなんとか言えば、港の連中は納得すると思います」
「その、立派な外套もあるしね」シンガが言った。
「お願いします」片田が言った。
「で、店を開いて、どうするんですか」
「私が必ず港に戻ってきますので、それを待っていてください」
「それはいいですが、どれくらい待つのでしょう」
「それは、私にもわかりません。ガマのところに行ったあとの様子しだいです。長くなるかもしれません」
「それで、店を開け、というのですね」
「そうです」
それからしばらく、三人で打ち合わせをした。そして、ジョアンが彼の『ペリカン』号でシーネスの港を目指していった。
二日後、『ペリカン』号がやってきて、無事支店が開設できたことを報告してきた。ジョアンは乗っていなかった。開店直後で忙しいのだそうだ。
砲艦『大淀』がシーネスの砂浜に接近する。相手を刺激しすぎないように戦艦は地上から見えない位置に置いてきた。
浜の中央の台地には、中世式の城壁の高い城がある。
『大淀』から連絡艇が出て来て、ラテン語で呼びかける。
「カレクト人の件で、ヴァスコ・ダ・ガマと話がしたい」シンガの声だ。拡声器を使っている。
城の旗竿に淡い青の旗が揚がり、城内から角笛が鳴らされた。そして浜に引き揚げられていた小舟に数名の男が乗り込み、シンガの連絡艇に近寄る。
ほとんどが兵で、一人だけ黒服の聖職者が乗っていた。
「何の用じゃ」ラテン語の分かる司祭が呼びかけてきた。
「ヴァスコ・ダ・ガマが送ってきた、この書状について話がある」そういって司祭に書状を渡した。
「この書状によると、カタダ・ジョンという男が来れば保護しているカレクト人十一名を渡す、とあるがお前がカタダ・ジョンか」
「僕はちがう。通訳のシンガだ」
「では、話にならぬ」
「片田『じょん』は、後ろの船の中にいる。日時を決めてカレクト人十一人全員を連れてくれば、片田が出迎えに来る。それでどうだ」
「よかろう、その旨をドン・ヴァスコに伝えよう。翌日の同じ時間に回答しよう」
その日は、それで終わる。
そして翌日、インド提督ドン・ヴァスコ・ダ・ガマ名義で了承の旨の回答がある。
「で、いつにするのか」司祭が言う。
「明日の日没時にしたい」シンガが答える。
「なぜ日没なのか」
「こちらの都合で、理由は言えない。もし明日の日没でよければ、明日の昼までに回答して欲しい」
「よかろう」
シーネスの城内。
「なぜ、日没なのか」ヴァスコ・ダ・ガマが尋ねる。
「理由は言いませんでした」司祭が言う。
「まあ、よかろう。それと、人質交換に現れる男が、本物のカタダ・ジョンだということをどうやって確かめるか、というのも問題だな」
「こちらに捕えているカレクト人達はカタダ・ジョンの事を知っているでしょう」
「おそらくは知っているだろう。とくにカレクト王子のマーナは間違いなく片田を知っている」ヴァスコが言う。
「では、カレクト人には何も知らせずに小舟に乗せるのです」司祭が続けた。
「で、どうなる」
「彼らが海上でカタダを見た時に驚くでしょう。まして人質の交換です。やめてくれ、とまで言い出すでしょう。ならばカタダ本人です」
「なるほど、うまいことを考えるな、おまえ、司祭にしておくのはもったいないぞ」
「めっそうもございません」
ヴァスコが翌日日没の人質交換に同意した。




