シーネス
片田順が砲艦『大淀』に乗ってシーネス沖の合流地点に接近する。すでにペニシェ島から来た戦艦『霧島』が待っていた。
この海域からは、ポルトガル本土はまだ見えない。
シンガ一人を乗せて来るのに戦艦を出す必要はない。片田は砲艦でやってきている。約三百名のカレクト兵が同行を求めたからだ。
『大淀』が接近するとたくさんのカレクト兵が甲板に出て、こちらに手を振って来る。
片田が連絡艇で『霧島』に移った。カレクト兵が片田の回りに集まって来て、何かを言っている。マーナを助けてやってほしいと言っているのだろう。
一時間も間を置かず、ジョアン・フェヘイロの帆船『ペリカン』号も現れる。
「腕のいい船長だ」片田がシンガに言った。
フェヘイロも船尾楼に上がって来た。見たこともない派手な外套を身に着けている。三人が艦長室手前の指揮所に入る。
「シンガ、まず脅迫状を見せてくれ」片田が言った。シンガがポケットから紙を取り出す。
「ラテン語だな、なんて書いてある」片田が尋ねる。片田も多少なら読めるが、正確を期すためにシンガに翻訳を頼む。
シンガが短い文章を読み上げた。
「私自身が直接シーネス港の指定の邸に出向けば、マーナ達十一人を解放する、ということだな」
「そうだ、ただ出向いて行った後のことについては書いていない」と、シンガ。
「だから脅迫状ではないか、と考えたのだな」
「そうだよ」
「では、なぜリスボンではなく、シーネスに来いといったのであろう」これは、片田。
「それは、あなたが巨大な軍艦群を引き連れてリスボン港に入港したら大騒ぎになるからではありませんか」ジョアンが言う。
「それは、そうだな」
「シーネスはヴァスコ・ダ・ガマの出身地です。このことは船乗りならば誰でも知っています」これもジョアン。
「ヴァスコ・ダ・ガマはシーネスの出身なのか」片田が言う。これは知らなかった。
「その脅迫状を、もっと良く見せてください」ジョアンが言う。シンガが紙を渡す。ジョアンがその紙をじっと見つめる。
しばらくしてからジョアンが言った。
「この文書は船上で書かれたものです」
「ん、そんなことがわかるのか」シンガが言う。
「はい、私はラテン語を読むことは苦手です。でもラテン語も英語もアルファベットを使います。ここに書かれている下線付きサインも、確かにヴァスコ・ダ・ガマのサインに間違いありません。私は彼と取引をしたことがあります」
「そうだね」
「この書類を見てください。iの上の点、tの横棒などが省略されていたり、流れていたりします」
「ほんとうだ」
「それから、行が波打っているのがわかりますか。地上で書いた時には、このようになりません」
「たしかに、水平にはなっていないね」
「また、行の右端あたりで、単語が不自然に詰まっていませんか。これらは不安定な船の上で書いた文章の特長です」
「船長さんだからわかるんだね」
「この脅迫状が届けられたのは、マーナ達が失踪してから何日目だった」片田がシンガに尋ねる。
「十一日目だった」
「ジョアン、ペニシェ島からリスボンまで、帆船だと何日かかる」これも片田。
「よほど風が悪くない限り、多くても二日でしょう」
「普通に考えれば、ガマはリスボンに入港し、捕虜を得たことを王宮に報告して、リスボンで脅迫状を書き、ペニシェに戻ってくる。十一日あれば十分にそれができる」
「ガマはリスボンに戻らず、十一日間洋上にいたというのですか」ジョアンが言う。
「だとすると、どうなると思う」片田が尋ねる。
「ガマは捕虜のことを国王に報告していない、ということですね」ジョアンが言う。
「それでシーネスに来い、って書いたんだね」と、シンガ。
「私が最後にマヌエル王にあったとき、彼はこう言っていました。『ポルトガル王は貴公の忠告を真剣に受け止める』と。ここで貴公というのは、私ではなく片田社主、あなたのことです」
「そして王は、私が社主と通じていることを察した後に、交易特許状と、この王室紋章入りの外套をくださったのです」
「さっきから、なんでそんな派手な外套を着ているのか、聞こうと思っていたんだ」シンガが言った。
「マヌエル王の発言について、報告書を読んではいるが、そんな経緯だったのか」と、片田も言った。
「マヌエル王は『力による支配』が不可能だと考えて、『平和裏の交易』に舵を切ろうとしている、そう見えました」
「私も、そう受け取った」
「おそらく宮廷会議でも、そのような方針変更を臣下たちに話しているのではないかと思われます」
「そうかもしれん」
「ところが、ガマはそれが気に入らない」
「なんで気に入らない」シンガが尋ねる。
「アラビア海のイスラム通商路を遮断し、片田商店を排除すれば、地中海、北海でポルトガルが独占的に商売できるからだ」ジョアンが言った。




