岩登り
現在のペニシェ半島は砂州で陸続きになっているが、片田たちの時代には島で、干潮の時だけ砂州が顔を出して、短時間だけ半島になっていた。
内陸と接続する島の東側斜面に仮設の土塁や防柵を築く。ところどころに見張り塔を立て、松明台を設けた。
そして、その内側には補給船から上陸させたMLRS(多連装噴進砲)、大小の迫撃砲を置く。
そのようにして、当座の防衛線を敷き、次には本格的な要塞建設の準備を始めることになる。
ひとまず一段落した。
ペニシェ島の西側は二十メートルから三十メートルの断崖だ。ほぼ垂直の崖なので、こちら側から上陸することは不可能だ。
その断崖の上に『第二戦隊』司令とマーナが立っている。
「マーナ、あの島だ。見えるだろう」司令が正面を指さす。日が西に傾いているので、逆光のなか、細長い島が見える。彼らが立つところからは十キロメートルほど離れている。
「見えるよ、テーブルみたいになっていて、右に離れて小さな島もあるね」
「ああ、そうだ。ここから見ても岸が崖になっていて、取り付きにくそうな島だ」
「そうだね」
「ほれ、この双眼鏡で見てみろ」そう言って、首から下げていたものを渡す。
「ホントだ。あれじゃあ船で上陸するのは難しそうだ」マーナが双眼鏡を覗きながら言う。
「島民が言うには、島の東側に入り江があり、その奥が砂浜になっている。上陸するとしたらそこがいいらしい。しかし上陸できても、そこから登るのも、不可能ではないが、難しいそうだ」
「それで僕たちが行くんだね」
「そのとおりだ、『ヤシノミ隊』ならば登れるだろう。中ほどまで登れば緩やかになるそうだ。木の生えていない島なので見通しがいい。一回りして異常なものが無いか調べてきて欲しい」
「ポルトガルのやつらがいないか、見てきてほしい、ってことだね」
「うむ。岩場が多いので、靴を用意する。それと真水が無い島だそうだ。水筒を忘れないことだ」
「わかりました。行きます」
そのベルレンガス島に第二戦隊の巡洋艦『妙高』が近づく。
まず、正面に上陸予定の砂浜を発見する。そこから右旋回して、反時計回りに島を一周した。ポルトガル船はいないようだ。
あらためて上陸予定地点までもどってくる。岩場が多いので、少し離れた所に錨を降ろし、連絡艇を使ってマーナと十人の『ヤシノミ隊』が上陸した。
砂浜の奥に流木を組んだだけの避難小屋があった。入口の脇に大きな甕があり、これに屋根から樋を伝って落ちる雨水を貯めている。
中に入ってみると幾つかの壺がある。中には干したイチジクやブドウなどの果物、小麦粉などが入っていた。
まさに避難小屋だ。嵐や強風で本土に近づけない漁船が、島の風下に回り込んで避難するための小屋だろう。
外に出て、砂浜両側の斜面を見る。右側は到底登れない。左側の方が、まだ登れそうだ。
「こっち側から行ってみるか」マーナが言う。
「じゃあ、俺が先頭を務めましょう」『ヤシノミ隊』の一人が言う。
事前に誰が一番の木登り名人か、相談し(言い争いし)、ペニシェ島の岩場で腕試し競争もしていた。
「ああ、頼むよ」
その男がロープの端を胴体に巻き付け、岩登りを始める。
「ロープが宙に浮いたら、声をかけてくれ」登りながらそう言った。
残りの男達が登っていく男を注視する。砂の上のロープが絡まないように手繰る。
男の姿が見えなくなった。でも、ロープが動いているので、彼が登り続けていることはわかる。
「もうすぐ、ロープが終わる。いったん止まってよ」マーナが声をかける。ロープが止まる。
崖の途中にいる男が下を見る。すでに砂浜は小さくなっていた。止まっていると岩を掴んでいる手に汗が滲んでくる。
「二本目を結んだ。もう登ってもいい」マーナが再び声をかける。ロープが動き出す。
「もう二本目のロープだ。かなりの重さになっているだろう。やつ、大丈夫かな」そんな声がした。
皆が、落ちないように、落ちないように、と祈る。
「おーっ、上に着いたぞ」男の声が聞こえた。下にいる男達がホッとする。
「ちょっと待ってろ。杭を打って、ロープを巻き付ける」
「よし、一人だけ登ってこい、途中で杭を打ちながらだ」上の男が叫ぶ。
二番手の男が三本の鉄杭と金槌をぶら下げて登り始める。途中三か所に杭を打ち、そこにロープを二重回しにする。その下のロープを折って、二重廻しの内側をくぐらせ、杭の頭を跨いで固定する。
これでロープにかかる力を分散できる。
二番目の男も上の台地に着いた。それから一人ずつ登る。最後から二番目がマーナの番だった。彼は王子だったので慎重な位置に置かれている。
台地に着いて見回す。上は岩だらけだった。普段から強風が吹いていて、木が育たないのだろう。マーナが立っているところより下は草に覆われている。風下の部分なのかもしれない。
「ここで、改めて持ち物点検をする」マーナが言った。
「小銃」
「おうっ」十人が応える。
「銃弾二十個」これにも皆が応えた。
「短剣、水筒」
そして最後にマーナが自分自身に言った。
「双眼鏡、発煙筒」
下に置き忘れている物はなかった。
「よし、左手の、少し低くなっているところが『馬の背』だろう。あそこで島は細くなっている。右手が島の東部、左手が西部になる。まず東部から調べていこう。右手の頂上を目指す」
皆が「おうっ」と言って、登り出す。
島の東部頂上に着く。岩だらけの場所で、岩の隙間に小さな草が生えている。その草が豆粒のような白い花を咲かせていた。
ときどき、岩の間からごま塩模様のトカゲが顔を出す。陸上の動物はトカゲしかいないようだ。
ただ、空にはたくさんの鳥が舞っている。カモメ、腹の白いウミスズメ、真っ黒なウなどが乱舞する。
マーナが双眼鏡で周囲を詳しく調べる。ポルトガル兵がいるような様子はなかった。
「じゃあ、『馬の背』を超えて、島の西部を調べよう。水筒の水が不足している者はいるか、いるんだったら、砂浜に戻って補給する」
みな、大丈夫だという顔をする。
「では西側を調べよう」




