ベルレンガス島
ジョアン・フェヘイロとの謁見を終えたポルトガル王マヌエル一世が王宮の会議室に入る。
「遅くなって済まぬ。急な謁見が入ったのでな」
王室書記官が応える。
「陛下のご公務は、すべて王国と神の御心のためにございます」
そう言って、王の遅刻を無かったことにする。「いえいえ、どういたしまして」などと王の謝罪を真に受けるのは、返って無礼なことになるらしい。
「さて、ペニシェ島にカタダ商館が上陸占領したことは、皆も知っておるであろう、どのように対応するか、相談したい」
「ペニシェというと、漁師がわずかに住んでいる島ですな。島民はどうなりましたか。皆殺しですか」書記官が水を向ける。
「一人も死んでいないそうだ、それどころか金貨をもらって、本土に家を買うそうだ」王が向けられた水に答える。
「何を考えているんだ、やつら」これはディオゴ・ロボ・ダ・シルヴェイラ、財務監督官だった。この発言は片田商店に向けて言ったものか、ペニシェ島民に向けて言ったものか、わからない。
「島民が無事なのはよかったが、リスボンからペニシェまで十二レグアしかない。あそこに港を造られたら、リスボン港を封鎖されるかもしれない」アフォンソ・デ・アルブケルケが言う。第五回インド航海の司令官だった男だ。コチンに要塞を建設するなど、堅実な経営でマヌエル王の評価が高い。
十二レグアとは、約七十キロメートルほどだ。
「そのとおりだ。なんとしても叩き潰さなければならない」ヴァスコ・ダ・ガマが言う。
「どのようにするというのだ、海軍で勝つのは困難だろう」マヌエル王がブレスト沖海戦のことを思い出させる。
「陸軍も無理だろう。ジブラルタルでスペインがひどい目にあっている。六千の軍が一瞬で壊滅させられ、三千が失われたそうだ。半数が戦死するなど、普通の戦いではない」これはジョアン・デ・メネゼス。彼はタンジール総督という肩書をもっている陸軍軍人だ。
「しかし、何もしないというわけにはいかない」と、ヴァスコ。
「できるのは、本土側に布陣することぐらいだろうな」タンジール総督が言った。
「それは、やらねばならぬな」マヌエル王が言った。陸軍を出すことは決まった。
「で、海の方はどうする」ヴァスコがさらにいう。
「リスボン港入口の海岸砲台を強化することはできるでしょう」アルブケルケが言う。
「リスボン港内に彼らが入ってこぬように、ということだな」王室書記官が言った。
「そのとおりです」と、アルブケルケ。
「それもよいであろう」王が言う。海岸砲台の強化も実施されることに決まる。
「それもいいが、もっとやらなければならないことがある」ヴァスコが声を少し荒げた。
「なにをやろうというのだ」マヌエル王が尋ねる。
「国王、私にナオを一隻お与えください」
「なにに使う」
「ペニシェ島の監視です。彼らが何をやろうとしているのか監視し、必ずや弱点を発見してみせます。ペニシェの沖にはベルレンガス島があります。あそこからひっそりと観察すれば気づかれないでしょう。また商人か何かに扮して近くの村に行ってみることもできます」
マヌエル王が黙った。
少し考え込んだ後で、王が言った。
「観察するだけで、カタダ商館の軍艦に手をださないと約束するか」
「国王が、そうお望みであれば、軍艦に手を出すことはいたしませぬ」
「よかろう、では一隻用意しよう」
ベルレンガス島は、ポルトガル本土から見える無人島だった。古代ローマ時代から知られている島で、プトレマイオスの著書『地理学』には『ロンドブリス』という名前で出てくるそうだ。
真水が手に入りにくいので、住人はいない。漁師の避難小屋があるばかりだった。
島はピンク色の花崗岩の岩体からなり、大西洋の荒波に長年打たれて、多数の洞窟がある。なかでも『フラド・グランデ(大きな穴)』と呼ばれる最大の洞窟は、幅七十メートル、高さ二十メートルもあり、当時の小型帆船ならば、中に入れそうだ。
断崖と岩礁だらけの島で、小舟が着岸できる砂浜は一か所あるだけだ。
地図で見ると『Praia do Carreiro do Mostero』と記されている場所だ。ポルトガル語で『修道院に続く細道』という意味だそうだ。
ここに上陸し、島の西と東を分ける『馬の背』に登り、南西側に進むと、『サン・ジョアン・バプティスタ要塞』がある。
物語の時点から七年後の一五一三年。この要塞の場所に修道院が建設される。その修道院に続く道という意味だ。
修道院は長く続かず、その廃墟を利用して十七世紀に城塞が建設されている。
先ほど辿った『馬の背』の反対側は深い谷になっていて底が細長い入り江になっている。
この入り江にも名前がついている。『Enseada de Figueiras』だ。『イチジクの木々がある入り江』という意味だ。
現在のベルレンガス島にはイチジクの木は生えていないが、昔この島を避難所にしていた漁師たちが種を持ち込み、非常時の食料としていたのかもしれない。
ヴァスコ・ダ・ガマが言及した島は、そんな島だった。




