ジョアン・フェヘイロ 2
ポルトガルのリベイラ宮殿。
近衛兵に導かれ、ジョアン・フェヘイロが王室祈祷室に入る。高窓から日光が差しているのも、乳香と木の香りがするのも、変わりない。もう五回か六回目だろうか。
いつもと同じように左手の扉が開き、マヌエル一世王が現れた。
「無事に帰って来たか、フェヘイロ。なによりじゃ」マヌエルが言った。
「再び御尊顔を拝したてまつること、幸いであります」
「堅苦しい事はよい、普通に話せ」
この二人の会話の始まりは、いつも同じだった。
「オルダニー島への航海はどうであった、今回はカタダ商館と接触できたか」マヌエル王が言う。
「はい、商館と直接接触できたわけではありませんが、商館の通訳と話をすることができました」シンガのことを言っている。ジブラルタルに行く前のことだ。
シンガはオルダニー島の取引所にいることが多く、商売で問題が発生したときに通訳兼仲裁役をつとめている。
「どんな話をした。なぜ彼らは我々の交易を妨害するのだ」
「彼らの考え方はこうです。ポルトガルの艦隊は、インド洋で海賊行為を行っている。そして海賊で得た資金で香辛料を買っていく」
「不本意だが、そういう見方もある」
「なので、皆が安心して交易できるように、取り締まっているのだそうです」
「なるほど」
マヌエル王が不本意だ、といったのは、本心からだった。ポルトガルから毛織物や木材を持っていっても、インドでは買い手が見つからなかった。
なので、いまのところ、金や銀を持っていくしかない。
航路を開拓したばかりだったので、派遣した船舶の帰還率が低い。往路に貴金属を持っていけばそれだけ損失の可能性が高まる。
もっと原価の安い商品があればよいのだが、それがない。
「では、インドでおとなしく取引を行うのであれば、邪魔だてはしない、というのか」
「さて、どうでしょう。いまは信用がまったくありません」
「それは、まあ、そうであろうな」
「陛下が、カタダ商館に誓約するのであれば、信じるかもしれませぬ」
「異教徒に誓約して意味があるのか」
「私が見たところ、異教徒であっても、我々とそれほど変わらぬようです」
「ともあれ、今のやりかたでは、インドでの交易は許されることはありますまい」ジョアンが言った。
「なにか、よい方法はないものか」
「カタダが、いえ、カタダ商館の通訳が、このようなことを言っておりました」
「なんだ」マヌエル王がジョアンを睨む。なにかを感じたようだ。
「現地で強奪をしなくとも、やりかたはいくらでもあると思う、と言っていました。通訳が」
「どのような方法だ」
「例えば、頑丈な船と大砲を持っているのだから、現地で商船の護衛や、海賊討伐をすればいいのではないか、それで通行料や護衛料をとり、元手とする」
「イスラム教徒を護衛するというのか、それは現地の司令官がよしとはしないであろう」
「さようですか、ではヨーロッパで金銀を集め、持っていくのはいかがでしょう」
「それは往路の遭難の危険がある」
さきほどの話だ。
「では、中継貿易をする、という方法もあるそうです。インドのさらに先にマラッカなどの国があります。マラッカとインド、インドとアデンの間で商品を運んで儲ける、というやりかたです」
「アデンのイスラム教徒と商売をするのか」
「はい、アデンとマラッカはイスラム国だそうです。通訳のシンガという男がそのあたりの出身です」
「それも、無理であろう。イスラム教徒は信じられない」
「それもだめですか。それではポルトガルの特産品を作る、というのはどうでしょう」
「特産品、そんなものがあるのか」
「通訳がこちらに来て驚いたのは、蒸留酒があるということだそうです」
「蒸留酒、アグアルデンテのことか」
「そうです、あれを初めて飲んだときは、いたく驚いたそうです」
「インド人が好むであろうか」
「飲用でなくとも薬用につかえるでしょう」
アグアルデンテとはワインを蒸留したもので、ブランデーの原型だ。当時ポルトガルでは製造法が確立していて、安定供給されていた。一方のインドでは蒸留法は知られていたが製品として大量に製造する、ということはなかった。
細菌が病気の原因、という考え方はなかったが、腐敗防止という用途で蒸留酒が利用されていた。
「それと、向こうでは赤い布が珍重されています」
「それは、ヴァスコが言っていた」
「オークの木に付く虫、ケルメスから赤い染料がとれます。オークの植林を行ってみてはどうでしょう」
「ケルメス、というと緋色のことか。それならば、時間はかかるが作れそうであるな。金銀とは異なり、安く手に入る」
「あと、イングランドが最近造り始めたクリスタルは、インドでも売れるそうです。イングランドとの関係を修復して、これを持っていくという方法もあるかもしれません」
「なるほど、それをカタダが言っていた、というのだな」
「いえ、通訳のシンガと話したことです」
「わかった」




