教会の司祭
『第一軍』が石出の藤次郎に率いられてジブラルタル市街に進入する。
市街の中央には、宿屋、町役人の家、教会が集中している。レオナルド・ダ・ヴィンチが、制圧が必要だとして赤い印を付けた家屋だ。最初の目標だった。
通信兵が『第一軍』の市街進入を『金剛』に報告する。それと同時に『金剛』の拡声器からシンガの声が響く。
下手なスペイン語がジブラルタル市街に流れた。ただ、霧のため、町から艦隊の姿は見えない。
「外国の兵が市街に進入している」
「皆、家に留まり、外に出ないように」
それに呼応するように、藤次郎が小銃を空に向け、一発撃つ。銃声が小さな町を震わせる。これで住民は、ただの脅しではないと気付くだろう。
藤次郎が教会の扉の前で立ち止まり、通信兵に何か言う。
「教会の司祭と面会がしたい。扉の所に出てこられよ」シンガの声が届く。
しばらく待つと、教会の塔の窓が開き、声が聞こえた。
「何の用だ」スペイン語だった。
「ラティーナ」藤次郎の背後に立つ日本兵が言った。少しばかりラテン語が使える。
「インテレクトゥム」と教会の中から返事がある。『わかった』という意味だ。
「我々は住民に危害を与えるつもりはない。我々の目標は『ムーア城』だ。数日間、おとなしくしていれば、無事を保証する。下に降りて来て面会してほしい」兵がラテン語で言った。
「わかった」司祭らしき声が言う。こんな小さな町で、ラテン語がわかるのは、司祭だけだろう。
教会の扉が開く。中から出て来た司祭が驚く。ラテン語を話すのであればキリスト教圏の人間だろう、そう思っていた。
ところがタルタル人のような東洋人だった。
「我々は危害を加えない」日本兵が再度ラテン語で言う。
「城が目標、と言っておったな」
「そうだ。だから家の中にいれば、住民の安全を保障する。水や食料については、個別に水汲み場へ行くことなどを許す。我々の護衛付きでな」
「どうやら本気のようじゃな」
「そうだ。数日ですむだろう。その間、兵の宿として教会と、隣の宿屋を提供してほしい。宿の主人と交渉がしたい」
「よかろう。宿屋の主人が町役人を兼務しておる。彼との会話を手配しよう」司祭が言った。宿屋の主人はスペイン語しか話さないであろうから、司祭が仲介してくれれば助かる。
司祭とともに宿屋に行き、主人と交渉する。こちらも無事にまとまった。兵を五名、宿屋に配置する。これで数日の間、藤次郎の兵は教会で眠り、宿屋の厨房を使用して炊事をすることが出来るようになった。
宿屋の主人が家族を出して、市街の家々に触れ回る。
数日のあいだ、家から出ないように。
水や食料などに困っているのであれば、街路に面した窓に白い布を出すこと。
そうすれば、兵がやって来て、護衛付きで外出できること。
等々であった。あたりは明るくなっていたが、霧はまだ晴れていない。兵を散開させるのは危険だろう、藤次郎がそう判断し、『金剛』を呼び出す。
「『第一軍』だ。ジブラルタル市街中心部に到着、教会と宿屋を確保した」
「了解です。無事でなによりです」
「うむ、今のところ、被害はない。『第二軍』は『港』地区に進入したか」
「はい、北城門を解放し、現在西門と南門に向かって市街を移動中です。『旧市街』地区との連絡路は、まだみつかっていません」
「では、『第二軍』が南門を確保したら、連絡してくれ。我々は市街中心部で待機する」
「『第一軍』は市街地中心部で待機、『第二軍』が南門を確保したら連絡、ですね」
「そうだ。南門が手に入ったら、『第一軍』から百名を割いて『港』地区に向かわせる」
この場合『確保』は軍事的用語として使われている。
軍事用語で『確保』といった場合、ある地点や対象について、
・敵の妨害を排除している。
・味方が自由に使用・通行・展開できる状態にある。
・それを継続的に維持している。
という意味がある。
シンガの声は『港』地区にも響いていた。
「外国の兵が市街に進入している」
「皆、家に留まり、外に出ないように」
高山次郎五郎が『港』地区を南に進む。南といっても、霧が次第に濃くなってきていた。
レオナルドの地図によると、『港』地区と『旧市街』地区の境をまっすぐ進めば、ジブラルタル市街に繋がる『バルチナ門』に出るはずだった。
幸い、『港』地区と『旧市街』地区の間には三十メートルもの高低差がある。なので、左手の高い城壁沿いに進めば、『バルチナ門』にたどり着くはずだ。
時折城壁の上に目を走らせ、敵兵がいないか注意しながら進む。
次郎五郎の左胸のところに、簡易無線機が留められていて、電源が入っている。これは魚雷艇の送信機と魚雷の受信機を合わせたもので、握り拳二つ分の大きさがある。
ダイヤルで周波数を指定すれば、無線送受信機として使える。無線到達距離は五百メートル程度だ。堺で作られた製品ではなく、新藤小次郎と、次郎五郎が魚雷の部品から造った手製だった。
小次郎、次郎五郎、シンガ、それとジブラルタル市街を攻略する『第一軍』の副長、散田の護丸が持っている。
護丸は『港』地区で『第二軍』と合流する予定だった。
小次郎とマーナの会話が聞こえてくる。『ヤシノミ隊』が西の港との間の門に到達したようだ。
これで、霧が晴れれば、砲艦の陸戦隊が上陸できる。あとは市街との連絡、それと敵兵が来る『旧市街』地区との間の通路の制圧ができれば、ほぼ目的を達成したことになる。
次郎五郎がそう思った。




