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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2

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662/703

ヤシノミ隊

 北城壁の向こう、南の空が白んできた。驚いたことに、巨大な岩山の西側に覆いかぶさるように白い霧が出ている。

 まるで東を向いた老人の白髪頭のようだった。


 マーナが先頭に立ち、背後の『ヤシノミ隊』に振り返り、頷く。王子は城壁を登らないため、背中に小銃、腰に日本刀を下げているだけだ。


 カレクト人の兵五十名がマーナに向かって頷く。

「では、行くぞ。前進」そういってマーナが月明かりの中出て行った。ゆっくりとした駈足かけあしだ。五十名のカレクト兵が彼に続く。彼らは日本刀を下げ、鉤爪かぎつめ付きのロープ束を肩にかけている。


 カレクト兵の後に二百五十名の日本兵が続く。彼らは手に小銃を持ち、背嚢はいのうを背負っている。カレクト登攀とうはんん兵の護衛を務める。


 皆、無言で砂浜の上を走っている。新藤しんどう小次郎が言ったとおり、北城壁上の歩哨ほしょうは気付かない。


 城壁まであと七十メートルほどに迫る。北城壁の上、一瞬、小さく光る。カレクト兵が一人、後ろにのけぞる。銃声が聞こえた。

 四十九名になった『ヤシノミ隊』が憤怒ふんぬの叫びを上げ、全力で城壁に向かって疾走をはじめた。

 マーナがとり残される。

 彼が振り向いて、小次郎の方を見て困ったような顔をした。けれども、すぐに前を見て同郷の兵士を追う。


「あいつら、あんなに目立つ声で走っていきやがる。追うか」高山次郎五郎じろうごろうが呆れたように言った。

「いや、この速度のままでいく。城壁上の兵がはっきり見えるようになるまで進み、そこで必要ならば狙撃しよう」

 昼間ならば七十メートルは十分に狙撃できる距離だが、夜明け時だった。そして、閃光が走ったところは、陰になっている。


『ヤシノミ隊』が城壁の下にたどり着くと、休む間もなくロープ束を降ろし、鉤爪を振り回し、城壁に向かって投げつけた。


「停止、射撃用意」小次郎が叫ぶ。もう隠密おんみつ行動をしても、しかたがない。

 全速力で走ったので、彼らは城壁の下で休憩する必要があるはずだ。日本兵は城壁から三十メートル程のところで止まる。


「『ヤシノミ隊』が上にたどり着く前に射撃する。確実に敵兵を視認している者のみ射撃せよ。いいか」

 『ヤシノミ隊』が上に登ってしまうと、敵味方の区別がつかなくなる。それに歩哨の射撃一発以外に、城にはまだ動きが無い。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは城壁上の歩哨は多くても三、四名くらいだと言っていた。

「おう」日本兵が応える。


 ところが、『ヤシノミ隊』は城壁にとりつくと、すぐに鉤縄を投げつけ、城壁の斜面を登っていく。

「疲れていないのか」こんどは小次郎が呆れる。


 四十九人の『ヤシノミ隊』が一斉にロープを伝って城壁を登る。城壁は垂直に近かったが、八メートルほどしかない。鉤爪がかかれば彼らにとっては、あっという間の簡単な登攀とうはんだった。普段登っているヤシの木は城壁よりも高い。

 高山次郎五郎が登っていく姿も見えた。

 あれほどの人数が休む間もなく上るのであれば、援護射撃の必要もない。小次郎がそう思った。


 城壁を登り切った『ヤシノミ隊』が歩哨を殴っているようだ。刀すら抜いていない。そして壁の向こう側に消えた。


 次郎五郎の声が聞こえる。

「左側に下に降りる階段がある。あそこに向かえ」そんなことを言っても、ほとんど日本語を知らないカレクト兵にはわからないだろう。しかし身振りでそちらの方を指したのか、『ヤシノミ隊』が、『おうっ』と叫ぶ声が聞こえる。城壁下の小次郎の場所からは彼らが見えない。


小次郎が残る日本兵二百五十名に叫ぶ。


「全員、左手の城門に向かう。『ヤシノミ隊』が内側から門を開けてくれるだろう」

 日本兵の方も『おうっ』と叫ぶ。


「マーナ、お前もついてこい」城壁下で声援を送っていたマーナに小次郎が言った。




 鉄製の城門が開くと、カレクト兵達が飛び出して来て、マーナの周りに集まる。そして、得意そうなそぶりをする。マーナが一人一人の肩を叩いてめる。


 城門の奥はトンネルだった。縦深陣地だったので、城の外と内の間に十五メートルほどの折れ曲がったトンネルが掘られていた。後世、このトンネルは、『ランドポート』と呼ばれることになる。



 トンネルを抜けると『港』地区だ。

「思っていたよりも建物が多いな。ここを維持するのは難しい。『旧市街』地区との間の門を押さえるしかないな」小次郎が言う。そして言った。

「マーナは『ヤシノミ隊』を連れて西の『海の門』に向かい、同じように城門を開き、門を確保するんだ。地区の住人は、敵襲があった場合には街路に出てこないそうだが、油断はするなよ」

「わかったよ」マーナがそう言ってカレクト兵を率いて右手に去る。

「次郎五郎は正面を進み、市街との間の『バルチナ門』を確保すると共に、門から少し離れた所にあるはずの『旧市街』地区に通じる門を確保してほしい」

「わかった」そういって次郎五郎も百名を連れて去っていく。


小次郎が残りの百五十名と共に地区全体を維持する。

「そうなのだが、さて、これほど建物が立て込んでいるとすると、どうやって維持したものか」

 城内の様子はフィレンツェ人のレオナルドにとっては当たり前の風景だった。小次郎も知ってはいるつもりだったが、『港』ということでもう少し開けているだろうと思っていた。


『港』地区は、現在の地名で言うならば、グランド・バッテリーという砲台跡、ライン・ウォール・ロード、そして岩山の麓に囲まれたあたりだ。

 現代ではグランド・ケースメーツ・スクエアという広場になっている。


 しかし、当時は多くの建物がひしめいていたに違いない。

 倉庫、商人や船乗り向けの宿屋、船大工の作業場などだ。特に倉庫が多かっただろう。『ムーア城』の第二兵站へいたん地だったに違いない。


 しかも、隣の『旧市街』地区との間に三十メートル程の高低差がある。旧市街から見おろし攻撃を受けると弱い。

 小次郎が見上げると、ムーア城は霧に隠れてしまっている。霧の向こうから喧騒けんそうの音が聞こえた。


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