九話 リュエとの別離
朝に続き、本日二話目。
今日の更新は終わりとなります。続きは明朝。
洞窟の入り口に近付けば、徐々に明るくなっていた。
そして。
「外だあっ!」
「そとだ」
俺とリュエは、洞窟の外に出た!
リュエを見るが、苦しんでいる様子はない。
これから影響が現れる可能性もあるし、まだ安心はできない。でも、ひとまずは平気なようでよかった。
念願の外の景色は、こう言っちゃなんだが、割と普通だった。
空は青くて、白い雲が点在し、太陽が一つ。
地球と何も変わらない。日本では意識なんてしなかった、ありふれた世界だ。
今の俺にとっては、何よりも尊い。
転生してから、ずっと洞窟にいたからな。
何日いたっけ? 一ヶ月はたってないと思うが、三週間ちょい?
ZPを計算すれば分かるが、面倒だしやらない。
そんなことより、外に出たってのが重要だ。
リュエも平気みたいだし、洞窟じゃなくて、外で新居を構えてもいい。
異変があれば洞窟に戻れるように、遠くに行くわけにはいかないが、近場ならありだ。
「どっか、いい場所ないかな?」
周囲を見渡してみる。
山岳地帯っていうんだろうか。山肌が露出していて、動植物の類は見かけない。
俺たちがいた洞窟は、山岳の中枢にぽっかりと開いた穴だ。
さらに、他にもちらほら、穴が見える。自然にできた穴ってよりは、人工的っぽいな。鉱山の跡地とかか?
だとすれば、働いてた人が拠点にしてた小屋なりなんなり、あるはずだ。
そこを改装すれば、新居にちょうどいい。俺とリュエの愛の巣だ。
すっかり有頂天になった俺は、失念していた。
俺とリュエは魔物であり。
魔物を天敵と定め、退治する人間がいるということを。
気付いたのは、声が聞こえたから。
俺とリュエが出てきた洞窟とは別の穴から、人間が四人、姿を現した。
そいつらが俺たちを見咎め、叫んでいた。
言葉は理解できない。おそらく、異世界の言語なんだろう。
まずい! あいつらは、敵意があふれている。魔物を殺そうとしている!
「俺たちは敵じゃない! 攻撃しないでくれ!」
俺は弁明したが、日本語なんて通じるわけもなく。
仮に通じたとしても、いかにも魔物でござい、といった風貌の俺を信じてくれるわけもなく。
俺がすべきは、一目散に逃げ出すことだった。それを察した俺は、リュエを連れて逃げようとする。
「リュエ! 逃げるぞ!」
リュエの手を引いて、洞窟に逃げ込もうとするが、リュエが動いてくれない。
瞳をキラキラさせて、初めて見るであろう外の景色に夢中だ。
普段なら、ほっこりした気持ちになるところだが、今は困る。緊急事態なのに。
仕方ないので、リュエを担いで逃げようとしたが、少し遅かった。
「うぐあっ!」
筋骨隆々の男に、ハンマーでぶん殴られたのだ。
男の身の丈以上の、バカでかいハンマーだ。重量は、百キロとか超えてんじゃね?
それを軽々と振り回す男もファンタジーなら、次の攻撃は一段とファンタジーだった。
後方から、細身の女が、火の玉をぶっ放してきた。魔法!?
リュエが巻き込まれるって心配したが、ハンマーの一撃で俺は吹っ飛んでおり、リュエとの距離が開いていた。
リュエは巻き込まれずに済み、しかし俺は火の玉をまともに食らう。
痛みは感じない。俺の体も、骨が崩れたりはしてないし、無傷に見える。
だが、俺よりもリュエだ! リュエがピンチだ!
俺とリュエを引き離すことに成功したので、ローブを着た男が、リュエを抱きかかえて連れ去ろうとしていた。
「やらせるか! リュエを返せ!」
リュエを取り返そうとしたが、させてもらえない。
ハンマー男と、金属の鎧に身を包んで剣を携えた男が、俺の前に立ちはだかった。
人間を傷つけることへの躊躇はあった。ZPがどうなるかという不安も。
「んなこと、知るかよ! リュエっ!」
人間も、ZPも、リュエ以上に大切なわけじゃない。
リュエを取り返す! 絶対にだ!
俺が外に出ようとしなけりゃ、こいつらに鉢合わせなかった。リュエの身に危険が及びもしなかった。
俺のミスだ。責任を取らないといけない。
何よりも、俺がリュエを守りたい。
そのためなら、人間だって倒す!
ラストスケルトンの全身は、頼りない骨だ。この状態で、どこまで戦えるか分からないが、知ったこっちゃない。
「ボーンパンチ!」
骨の拳を握り、パンチを繰り出して、金属鎧の男の胸元を殴る。
それは、俺の想像以上の威力だったようで、金属の鎧がひしゃげた。
胸を殴られ、金属鎧の男は地面に膝をついた。
これならいける!
と思ったが、ハンマー男にぶん殴られて、俺はまたしても吹っ飛ばされる。
踏ん張りがきかない。体重のせいか? 筋肉がないからか? パンチ力はあるのに?
細かいことなんざ、気にしていられん。
女が火の玉をぶっ放してくるが、無視する。どうせ、痛みなんてないんだ。
金属鎧の男には、結構なダメージが入ってるみたいで、まだ立ち上がらない。
脅威になるのは、ハンマー男だけだ。こいつを倒す。
金属鎧の男とは違って、革の鎧みたいのを着ているし、防御面はたいしたことないはずだ。俺のパンチ力なら、一発殴れば倒せる。
ハンマー男に向かって駆ける俺を邪魔したのは、リュエを抱きかかえているローブ男だった。
何か言葉を発した途端に、俺の足元に奇妙な紋様が浮かび上がった。
これも魔法なのか!?
避けようとするが、足が地面に縫いつけられたように動かない。
動きを止める魔法か! 厄介な!
しかも、これ、痛い!
ハンマーで殴られても、火の玉を食らっても、痛みを感じなかったのに、魔法陣はすっげえ痛い!
全身がミシミシ悲鳴を上げて、痛みが走ってる!
転生してから、痛みを感じたのは初めての経験だ!
「リュエっ! リュエぇっ!」
痛みを誤魔化すように、俺は必死でリュエの名を叫んだ。
俺の叫びは届かない。
リュエを抱えたローブ男は、火の玉女と合流し、逃げて行った。
金属鎧の男も、ハンマー男が肩を貸して、二人で立ち去った。
俺が初めて遭遇した四人の人間たちは。
俺の大切なリュエを奪って行ったのだ。
それは、俺とリュエの別れを意味していた。