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十話 進化? いいえ、退化です

 どれだけ立ち尽くしていただろうか。

 太陽が沈み、夜のとばりが下りるまで、俺は一歩たりとも動けなかった。

 魔法陣の効果で動けなかったのも、もちろんある。だが、仮に効果が切れていたとしても、すぐに行動を開始してリュエを追いかけられたかどうか。


 あまりにもショックだ。俺の軽率な行動のせいで、リュエが奪われてしまった。

 骨じゃなければ、俺は号泣してただろう。

 リュエを危険にさらした俺には、泣く資格すらないとでも言いたいのか。

 もしくは、泣いている暇があるなら、リュエを助け出せとでも。


 確かに、それは正しい。泣いて問題が解決するなら、いくらでも泣きわめく。現実は、泣いたって事態は好転しないのだ。

 リュエを大切に思うなら、グダグダ文句を言ってないで、今すぐに行動を開始するべきだ。リュエを奪い返しに行くべきだ。


 分かってる。理屈では分かってるんだ。

 でもさ、あいつらがどこに行ったかも知らないんだぞ。

 たった四人の人間にやられかけたのに、勝てる保証もないんだぞ。


 それに、冷静に考えてみれば、だ。

 あいつら、リュエを助けたんじゃないのか?

 俺には容赦なく攻撃していたが、リュエには手を出さなかった。

 俺は骨だし、どっから見ても魔物だが、人間に近い姿のリュエは人間だと思ったんじゃないか。


 魔物と人間が一緒にいる。普通は、人間を助けなきゃって思うよな。俺が、どっかからさらってきたって考えても当然だ。

 あの人間たちは、リュエを魔物から助けて、保護しただけ。


 なら、あいつらと一緒にいる方が、リュエのためになるんじゃ?

 魔物だってバレさえしなければ、大切にしてもらえるんじゃ?


 俺の願望かもしれない。リュエが不幸になるって思いたくなくて、幸せになれるって信じ込もうとしてるだけ。

 人間そっくりの魔物を捕獲して、売り飛ばそうとしてるって線も考えられる。

 リュエは美少女だし、美少女タイプの魔物を性奴隷に、みたいなエロ作品はよくあった。


「……させるかよ」


 久方ぶりに声を発した俺は、遅まきながら決意する。

 俺の望みは、リュエの幸せだ。

 連れ去られたリュエが幸せになれるなら、喜んで身を引こう。

 売り飛ばされたり奴隷にされたりって目にあうなら、何がなんでも助け出す。


 立ちすくんでいた足を、一歩、踏み出す。痛みもなくなったし、歩けそうだ。

 俺は、人間たちが去って行った方角へと向かうのだった。





 ここで、俺のステータスだ。



 サズマトゥ

 ラストスケルトン

 ZP=-899999723040



 名前と種族は変化がない。

 ZPは、五千減っている。人間と戦ってしまったからだろうか。

 金属鎧の男を殴ったし、これが悪行になるなら、ZPが減ったのも頷ける。


 一発殴って、マイナス五千ね。多いのか少ないのか分からんな。

 キモゲジ五匹分って考えれば、少ない。ゾンビ五千匹分って考えれば、多い。

 世のため人のためになることをしろって言われてるし、人を傷つける行為はタブーなんだろうな。

 状況次第じゃ、許されるかもしれない。正当防衛とか。

 さっきのは、正当防衛じゃないって判断されたのか。厳しい……


 自分の状態を確認しつつ、俺は歩き続ける。

 山岳地帯から荒野に出て、月明かりが照らす荒野をゆく。

 骨が黙々歩いてるのは、傍から見たらかなりシュールだな。


 ラストスケルトンの俺は、食事も睡眠も必要としない。だから、ずっと歩こうと思えば歩けるし、実際に洞窟だとそうしていた。

 けど、ここは外だ。今は夜だからいいんだが、朝や昼に骨が歩いてたらまずい。めちゃくちゃ目立つし、いつ人間に襲われるか分からないんだ。


 人間の危険性は、さっきで嫌ってほど理解した。俺を見たら、問答無用で襲ってきたし。

 あいつらが、特別に暴力的な人間とは思えない。魔物は即殺害ってのが常識なんだろ。

 せめて、言葉が通じてくれたらな。

 いや、無駄か。魔物が人間を騙そうとしてる、としか思われない気がする。


 だから、人間には極力出会いたくない。夜が明けそうになったら、どっかに身を隠さないと。

 俺が死ねば、リュエも助けられないんだ。一刻を争うのは分かってるが、ここは安全策でいく。


 ZP=-999999723040


 ZPが一千億減って、約マイナス一兆になった。

 深夜零時を起点に減るみたいだな。この世界の時間が、地球と同じならって前提だが。

 あと何時間の猶予がある?

 時間が惜しいし、走った方が早いんだが、それはできない。


 魔法陣のせいだ。あれを食らってから、なぜか走れなくなった。

 魔物の足止めと、追いかけられないようにするための魔法なのかな。夜になるまで動けなかったし、人間の世界である昼間には、魔物はいてはいけないってイメージだ。

 効果が完全に切れるまでは、もどかしくても歩くしかない。


 荒野を踏破した俺は、だだっ広い草原に出た。しかも、人が通ってると思われる道がある。道沿いを行くと、やがてきちんと整備された街道にぶつかった。

 リュエを連れた人間たちには追いついていない。そもそも、こっちで合ってるのかも分からない。

 考えても答えなんて出ないし、歩くしかないんだが。


「まずいな……空が白んできてる」


 夜明けが近い。それは、俺の活動限界が近いことを示している。

 朝になったら、街道を通る人もいるだろう。骨が堂々といていい場所じゃない。

 身を隠せる場所を探そう。気が急いているのに動けないのは、本当にもどかしい。


 俺は、街道から外れて、適当な場所を探した。

 そこで、会いたくないものに会ってしまう。

 横転した馬車と、打ち捨てられた人間の死体。魔物と思われる死体もある。


 魔物は、RPGによくいるゴブリンみたいなやつだ。小さな体で、肌の色はくすんだ緑。遠目からなら、人間に見えなくもない。

 生きているゴブリン(仮)も何匹かいて、食事をしてるやつと、馬車をこじ開けようとしてるやつ。

 食事のメニューには、言及したくないな。馬車を牽引していた馬を貪り食ってたり……人間の死体を食ってたり。


 魔物は、人間を食うのか。妥当っちゃ妥当だな。敵認定されるわけだ。

 ゴブリン(仮)を倒せば、ZPが溜まる。それはいいんだが、馬車が問題だ。ひょっとして、中に生きてる人間がいないだろうな。

 魔物に殺されかけてる人間を助ければ、単に魔物を倒すよりも善行になって、ZPが溜まりそうだ。


 助けた後は、どうなる?

 俺、骨だぜ。骨が人間を助けたって、味方とは思ってもらえないよな。

 確実に脅えられるし、攻撃もされるかもしれない。

 まさかと思うが、人間を恐怖に陥れたとかで、ZPが減らないだろうな?


 見て見ぬふりをするのも手だが、生きてるかもしれない人間を見捨てるのは後味が悪い。

 見捨てたら見捨てたで、人間を見捨てたって理由でZPが減りかねないし。


 どっちに転んでも損をしそう。くっそ理不尽だ。

 少し考えた俺は、ゴブリン(仮)を殲滅することにした。

 馬車の中に生きている人間がいたら、その時はその時で考える。


「おらっ、ゴブリン(仮)ども! 俺が相手だ!」


 声を張り上げて注意を引いた。

 次の瞬間、馬を食ってたゴブリン(仮)が俺に向かってくる。手には錆びた剣まで持ってた。

 だが、動きはさほど速くない。リュエを連れ去った人間の方が、よっぽど俊敏だった。


 ゴブリン(仮)をよく見て、剣をかわす。そして、カウンター気味にパンチをお見舞いしてやった。俺の必殺技、ボーンパンチだ。

 ……そろそろ、まともな名前を決めた方がいいのかね?


 俺が殴れば、ゴブリン(仮)の顔は、ぱちゅんって弾けて即死した。

 赤い血がどばどば流れ落ちる。あんまり直視したくない肉片も飛び散ってる。

 ゴブリン(仮)ですら、血の色は赤いのに、俺ときたら……

 考えないでおこう。ゴブリン(仮)の殲滅が優先だ。


 仲間を殺されて、俺を脅威と見なしたのか、残るゴブリン(仮)も襲ってきた。

 そいつらを、一匹一匹、確実に仕留めていく。

 時間はかからなかった。一分とか、その程度だ。


 ゴブリン(仮)は倒せたんで、馬車も確認しないといけない。できれば、ここで逃げたいが、生きてる人間を放置して野垂れ死にでもされた日には、俺のZPがピンチだ。

 歪んでる馬車の扉を、強引に引っぺがす。

 すると、異臭が鼻を突いた。


 まあ、なんだ。俺の推測通り、馬車の中には人間がいたわけだが。

 ゴブリン(仮)に囲まれて絶体絶命だったなら、そりゃこうなるよな。


 馬車の中の人間、可愛らしい女の子なんだが、彼女の股間が濡れていた。

 おもらし、である。


 おもらし少女は、馬車がこじ開けられたことで、恐怖に震えていた。

 歯をカチカチと噛み鳴らして、体はガタガタ震え、整った顔は涙でぐちゃぐちゃ。両目をギュッと閉じて、口からは声にならない悲鳴が漏れる。


 エロマンガとかなら好きな展開でも、実際に遭遇してみると罪悪感しかない。

 これに興奮するド変態じゃなかったことに、自分でもびっくりだ。

 俺は、なるべく優しい声を意識して、おもらし少女に話しかける。


「だ、大丈夫、ですか?」

「…………え?」


 人間の声が聞こえたからか、おもらし少女は、恐る恐る目を開けた。

 状況が呑み込めないといった表情で俺を見てから。


「う……うわあああああああん!」


 と、大声で泣き始めた。

 ただしそれは、新たな魔物を目にした恐怖ではなく。

 助かったという、安堵の泣き声に聞こえた。





 言いたいことは山ほどあるが、ステータスを見れば早い。



 サズマトゥ

 プリミティブゾンビ

 ZP=-1000000023040



 プリミティブゾンビに進化しました。なんで!?

 なんでといえば、ZPもだ。なんで三十万も減ってんの?

 マイナス一兆の大台を突破した! やったね!


 って、ふざけんな! 俺、魔物を倒したよな!? 女の子を助けたよな!?

 善行を積んだのに、なんで減るんだよ!

 他の人間を助けられなかったから? 女の子のおもらしを見ちゃったから?

 どっちも不可抗力なのに! 俺の責任じゃないのに、罪を問われるのかよ!


 文句はいくらでも出てくるが、プリミティブゾンビに進化できたおかげで、重大な問題は解決してくれた。

 プリミティブゾンビ。プリミティブって、原始的なって意味だっけ?

 原始的なゾンビ……原初のゾンビ? スタートじゃなかったな。

 スタートなわけないか。せめて、オリジナルとかオリジンだよな。


 俺がバカなのはいいんだが、ラストスケルトンからプリミティブゾンビになった俺の体は、人間そっくりになっている。ラストゾンビと同じで、肌の色はやや不健康だが、見た目は人間と見分けがつかない。

 だから、俺を人間と思ったおもらし少女は、助けてもらえて安心したのだ。

 おまけに、プリミティブゾンビは、この世界の言葉まで理解できる。おもらし少女と意思疎通が可能だ。


 ありがたい。非常にありがたいが、ZPが……

 マイナス一兆で進化。これ、進化っつうか、退化じゃね?

 頑張ってラストスケルトンに進化したのに、今度は退化かよ……

 俺も泣いていい?


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