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神事査察官ナカムラ・ヒトシ〜神さまの違法行為、すべて検挙いたします〜  作者: Silvertiger
第三章 サキュバス検挙 

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第二話:『あなたの職務は「夢で人を溺れさせること」ではありません』

第二話:『あなたの職務は「夢で人を溺れさせること」ではありません』



 山道の頂上に佇む、朽ち果てた古い神殿 。

 ナカムラ・ヒトシは、誰からも忘れられた神の小さな祭壇に、持参した花と温かい水を供えていた 。

 深く頭を下げ、静かに手を合わせる 。



 仕事を終え、坂道を下っていくヒトシの背中を、祭壇の奥で揺れる小さな薄い影と、路傍のお地蔵様が優しい目で見守っていた 。



 麓へ降りたところで、ニケから緊急の出頭要請が入る 。

 神律裁判所の衛士二名が光の転移術式で現れ、ヒトシを挟んで長官執務室へと案内した 。



 特別査察部部長を兼務したアテナ長官は、特別査察部の最高幹部にのみ着用が許された漆黒の執務用ローブを優雅に纏い、応接用のソファでヒトシを迎えた。



「ナカムラくん。今日から私が特別査察部部長を兼務します。

 よろしくね」



「こちらこそ、よろしくお願いします。アテナ長官……いえ、特別査察部部長」



 ヒトシが生真面目に一礼すると、アテナの傍らに控えるニケが、机の上に青い機密書類を滑らせた。



「目を通しなさい、ナカムラ特別査察官」



 書類には、サキュバス・リリスによって特別査察部の前部長と査察官五名が甘い罠に落ち、捜査情報を漏洩させた経緯が詳細に記されていた。



 アテナ長官が静かに語りかける 。



「この不祥事は、一部の大主神が我が特別査察部を解体するために仕組んだこと…… 。だから、このサキュバス・リリスを追い詰め、真実の証言を取りなさい 。……行けるかしら?」



 ヒトシは立ち上がり、深いお辞儀をした 。



「ええ。公務員の倫理規定を遵守したうえで、しっかりと『現地調査』を行ってまいります」



 ◇



 密室の夢境 。

 豪華な装飾が施された甘い香りの満ちる部屋で、天蓋付きベッドに腰掛けたリリスが妖しい笑みを浮かべて待っていた 。



 空間が揺らぎ、仕立ての良いシンプルなコートを纏ったヒトシが静かに姿を現す 。



「ふふ……いらっしゃい、ナカムラ・ヒトシ特別査察官さま 。噂の『生真面目な捜査官様』ね」



 リリスはしなやかな動作でベッドから降り、滑るような足取りでヒトシに近づく 。

 薄絹から覗く白い肩、豊かな胸の隆起、男の理性を揺さぶるフェロモンの香り 。

 持てるすべての色香を解放し、ヒトシの胸元にそっと両手を置いた 。

「ねえ……私を検挙しに来たの? それとも……私に抱かれに来たの?」



 耳元へ顔を寄せ、耳たぶに触れるか触れないかの距離で甘い吐息を吹きかける 。どんな男であっても理性を溶かされる瞬間 。



 だが——ふわりと温かい重みが、リリスの肩を包み込んだ 。



「え……?」



 ヒトシは自らのコートを脱ぎ、はだけたリリスの肩へ優しく丁寧に掛け直していたのだ 。



「初めまして、ナカムラです 。

 夢境の空間は、霊気の流動で意外と冷えますからね 。そのような薄着では、お風邪を召されますよ」



「は……? え……?」



 呆気にとられるリリスに対し、ヒトシは鞄から小さな温かいペットボトルを取り出すと、恐ろしいほど丁寧なお辞儀とともに彼女の前へ差し出した 。



「どうぞ。温かい緑茶です 。術式の維持で、喉が渇いておられるでしょう」



 リリスが困惑し、冷えた手を思わず衣服の影に隠そうとすると、ヒトシは一定の礼儀正しい距離を保ったまま、穏やかに言葉を添えた 。



「手元が冷えておられるようですね 。よろしければ、この温かいお茶をお持ちください」



「緑茶……!? な、なんなの! 私が誰だか分かっているの!? サキュバスよ!? 男を惑わす悪魔なのよ!?」


「ええ、存じ上げております。夢魔、闇の女王リリス様ですね」



 ヒトシは一切の濁った欲望がない、深く温かい眼差しでリリスを見つめた 。



「これまで大変でしたね。……あなたのような美しく高貴な方が、このような冷たい場所で、欲望の道具として扱われてこられたなんて」



「っ……!?」



 リリスの胸の奥で、ドキン! と大きな鐘が鳴り響いた 。



(な、なになに……!?

 なんなのこの男……っ!?

 欲望の目で私を見ていない……!?

 それに……私を一人の存在として……大切に気遣って……っ!?)



 何百年もの間、男たちから「欲望の対象」か「不気味な悪魔」としてしか見られてこなかったリリス 。一人の尊い存在として認められ、温かく慈しまれた瞬間、顔が一瞬で真っ赤に染まり、胸が苦しいほどに締め付けられた 。



「あ……う……私……私は……っ」



 動揺のあまり赤面し声を詰まらせるリリスに対し、ヒトシは静かに懐から万年筆と録音木札を取り出し、手帳を開いた。



「さて……どうぞお茶を召し上がりながら、ゆっくりお話しください 。

 あなたをこのような目に遭わせた神について、お話をお聞かせいただけませんか?」



 ◇



 一時間後 。ヒトシは手帳のページを整えていた 。

 リリスは肩にコートを羽織り、赤くなった顔でペットボトルを大切そうに抱えている 。



「整理させていただきます 。被疑神リリス様 。あなたは特定の『主神』から、無認可営業の容認と引き換えに、査察官への過剰な精神エネルギー搾取、および捜査情報の不当漏洩を強制されていた……ということで相違ございませんか?」



「そ、それが表に出たら……私、あの主神様に消されてしまうの……っ! あの方の力は絶対なのよ!? 従うしかなかったのよ……!」



 リリスは恐怖で身体を震わせる 。

 ヒトシは録音木札に切痛な自白を記録した 。

 自由意思ではなく、主神の命令に逆らえば存在を消去されるという極限の脅威があったことを、ヒトシの鋭い観察眼と鑑識が見抜いていた 。



 ヒトシは静かに羊皮紙を取り出し、語りかけた 。



「あなたが主神から凄絶な脅迫を受けていた事情は理解いたしました 。ですが……あなたの行為によって、特別査察部の査察官たちが被害を受け、機密情報が流出したこともまた事実です 」



「じゃあ……私はやっぱり、裁かれるの……?」

 リリスが不安げに揺れる瞳でヒトシを見つめる 。ヒトシは首を静かに横に振った 。



「あなたを最初から一方的な罪人と決めつけることもいたしません 。逆に、脅迫されていたからといって、他者へ害を及ぼした事実を曖昧にすることもしません 。

 だからこそ……誰が何を命じ、誰が何を実行したのかを正しく明らかにし、あなたを脅迫した主神の責任を徹底的に追及しなければならないのです」



 ヒトシは羊皮紙の条文を指で示した 。



「『神律・被害者保護および行政指導規程』第4条——『上位神からの過度な威圧および不当な拘束によって意に沿わぬ違反行為を強いられた下級神・精霊は、本庁の定める被害者として認定し、処分を留保する』 。

 ……神律裁判所の承認を得たうえで、あなたを『被害者』として認定し、身柄の不当な拘束は見送ります」



「身柄を拘束……しないの……?」



「ええ。ただし、野放しにはいたしません 。

 あなたには特別査察部の保護観察下に入っていただき、**『特別協力調査員』**として、私たちの捜査に協力していただきたいのです 。

 あなたが夢境で見聞きしたこと、上位神の術式の痕跡……それらは、あなたを道具として踏みにじった悪徳な神の不正をあばくための、かけがえのない証拠となります」



「私に……神々の不正をあばく手助けを……?」



「強制はいたしません 。ですが、あなたがご自身の意思で協力してくださるなら、特別査察部が全力を挙げてあなたを保護し、二度と誰の道具にもさせないと約束します」



「私自身の……意思……」



 リリスは肩に掛けられたコートを握りしめ、溢れ出る涙を拭った 。



「協力します……! もう誰かを傷つけるために、この力を使いたくありません……!」



 ヒトシは温かく穏やかな微笑みを浮かべた 。



「ありがとうございます 。……それからもう一つ。『リリス』という名が、あなたを悪魔として縛り付けているのなら、新しい名をご自身の意思で選ぶこともできますよ」



「え……? 自分で……名前を……?」



「ええ。誰かに命じられるのではなく、あなたがこれからの生き方に相応しい名を、ご自分で決めるのです」



 リリスはしばらく考え、やがてまっすぐな瞳でヒトシを見つめ返した 。

「……『リリア』。

 百合のように清らかで、疲れた人々に真の安らぎを与える……そんな名で、これからは生きてみたいです」


「承知いたしました 。ではリリアさん、あなたの意思を尊重いたします」

 自分の本当の存在を認められ、自らの意思で新しい歩みを始めた瞬間、リリアの胸は爆発しそうなほどの感動と激しいときめきで満たされた 。



(あぁ……ダメ……私、この男の人に……完全に心を奪われちゃった……)



 ◇



 翌朝、神官庁の廊下 。

 夢境から帰還したヒトシのもとへ、駆け込んできた衛士たちが迫る 。



「ナカムラ特別査察官! 例のサキュバスの身柄はどこです? 上層部の大主神様が、査察部の不祥事の当事者として直ちに引き渡せと……!」

 ヒトシは一切の動揺を見せず、毅然とした態度で身分証と公文書を提示した 。



「引き渡しには応じられません 。当該サキュバス・現リリア氏は、神律裁判所の定める『被害者保護規程第4条』に基づき、我が特別査察部の保護観察下にあります 。

 上位神による強要罪の重要参考人でもあるため、正式な司法手続きを経ない不当な引き渡しは不可能です」



「な、なんだと……!? 大主神様への報告はどうするのだ!?」



「『神律と適正手続きに基づき、厳正に捜査・保護中である』と調査報告書を添えて提出いたします」



 ヒトシは深く一礼すると、迷いのない足取りで歩き出した 。



(なお、前部長の失踪については現在も特別査察部で捜査・追跡中 。漏洩した暗号鍵については、アテナ部長の指揮のもと即時に変更措置が完了している 。

 被害にあった査察官たちの精神回復と真相解明も進んでいる……)



 ヒトシは手帳を開き、黒幕である【大主神】の項目に万年筆で静かに印をつけた 。



(弱者を道具として使い捨て、保身のために神律を歪める…… 。

 ……どれほど巨大な権力と拒否権をお持ちであろうと、神律の前では一人の被疑神です 。

 ……いずれ、正式な手続きを踏んでお伺いいたしますよ)



 一方、特別査察部が保護観察のために用意した高層マンションの一室で、リリアは胸像に映されたヒトシの画像を見つめ、自発的な決意を胸に微笑んでいた 。



「ふふ……ナカムラ様。もう私は誰の道具にもなりません。

 あなたとともに、真実のために戦いますわ……」










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【

後書き:神官庁 特別査察部 事件処理完了報告】


 ■ 被疑神:リリス(改め『リリア』/夢魔)


 ■ 処分結果:上位神による不当な強要および脅迫が確認されたため『被害者認定』を適用。神律裁判所の承認のもと身柄拘束は見送り、『保護観察付き特別協力調査員』として特別査察部に委嘱する。


【本来の職務と今回の違反対比】

 ・前書きに示した本来の職務:

「夢境における感情と精神エネルギーの均衡管理/健全な癒やしの提供」


 ・今回の違反行為(上位神による強要):

 上層部の大主神との密約(脅迫)により、査察官への過剰なエネルギー搾取および捜査情報の不当漏洩を強要された。


 ■ 適用法規・特別措置:

 ・『神律・被害者保護および行政指導規程』第4条適用(不当威圧・強要被害者の免責および保護観察措置)

 ・漏洩暗号鍵の即時失効およびシステム変更手続き完了


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 大主神の暗黒の脅迫を打ち破り、無事にサキュバスのリリアを救出したナカムラ・ヒトシ!


 ヒトシの温かい神対応と真摯な姿勢に心を打たれたリリアは、自らの意思で「特別協力調査員」となり、今後、主神たちの不正を暴く頼もしい協力者としてヒトシを支えていくことになります!


 次回、第四章は【武勇の神々(関羽・素戔嗚命など)とのバトル・コンプライアンス交渉編】!

 武力と権威を誇る荒ぶる神々に対し、ナカムラ・ヒトシはどのようなコンプライアンスと神律で立ち向かうのか……!?


 面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひ【★評価】や【フォロー(ブックマーク)】をいただけますと執筆の大きな励みになります!


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