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神事査察官ナカムラ・ヒトシ〜神さまの違法行為、すべて検挙いたします〜  作者: Silvertiger
第一章 死神検挙

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2/21

私は神官庁特別査察官です

「私は、神官庁特別査察部第一査察課・特別査察官 ナカムラ・ヒトシです」


「……査察官?」


「はい」


 私は木札をしまった。

「現在、死神による死亡時期の恣意的変更と、それを利用した生者への私的労働の強要について、捜査を行っています」


 死神の身体が僅かに後退した。

「待て」


「何でしょう?」


「お前は……最初から私を?」


「調査対象として接触しました」


「では、私の帳簿にある名前は……」


「『中村智』ですか?」


 死神は黙った。


「私の偽名です」


「……偽名」


「神律裁判所の許可を得た囮捜査用の登録名です」


 死神の身体が震え始めた。

「では……お前の死亡時期も……」


「当然、架空です」


 長い沈黙が落ちた。

「……最初から、私を罠に嵌めるつもりだったのか」


「いいえ」

 私は首を横に振った。

「罠を仕掛けたのではありません」


「では何だ?」


「あなた自身に、判断していただいただけです」


 死神は私を凝視した。


「あなたは最初に、『死亡時期は定められている』と言いました」


「……」


「次に、『死亡時期を変更することはできない』と言いました」


「……」


「ところが、私に仕事を手伝わせるために、今夜見逃すと約束した」


「……」


「その後、私自身の意思とは無関係に死亡時期を変更できると認めた」


 死神の身体が震えた。


「そして最後に、その判断は自分自身が行うと」

 私は一枚の書類を取り出した。

「十分です」


「何が……十分だ」


「供述です」


「供述……?」


「職権による死亡時期の変更。

 私的目的による職務権限の利用。

 そして、生者への労働強要」

 私は書類を閉じた。

「いずれも、神律裁判所の規定に抵触します」


「待て!」

 死神が初めて声を荒らげた。

「私はまだ何もしていない!」


「それも記録されています」


「……何?」


「『今夜、ここでお前は死ぬ』」

 私は静かに言った。

「あなた自身がそう発言しました」


 死神は言葉を失った。

「しかし……それは……」


「さらに」

 私は木札を再び掲げた。

「あなたは私に仕事を手伝わせるため、死亡時期を変更すると明言しています」


「違う!」


「では、先ほどの録音をもう一度再生しましょうか?」


「いや……」

 死神は口を閉じた。

 長い沈黙。

 やがて、彼女は小さく呟いた。


「……私は三千年、誰にも疑われたことがなかった」


「そうですか」


「王も、英雄も、聖人も、私の前では等しく死んだ」


「そうでしょうね」


「誰も私に、法を問わなかった」


「では、これが最初ということになります」

 死神は顔を伏せた。

「……お前は、私をどうするつもりだ?」


「検挙します」


「私を……?」


「はい」


「死そのものを?」


「法令上、あなたが例外だという規定はありません」


 死神はしばらく黙っていた。

 そして、かすかに笑った。

「……なるほど」


「何でしょう?」


「お前は、死を恐れていないのではないな」


「?」


「死よりも、規則を恐れている人間だ」


「違います」


 私は答えた。

「規則を恐れているのではありません」


「では?」


「規則を守らない者を、仕事として追っているだけです」


 死神は再び黙った。


 そのとき、森の奥で空間が裂けた。

 白い光の向こうから、二人の衛士が姿を現した。

 無機質な制服。

 胸元には神律裁判所の紋章。


「容疑者を確保しました」

 私が告げる。

 衛士の一人が頷いた。


「了解」

 二人が死神の両脇に立った。

 死神は抵抗しなかった。


「……神律裁判所へ送るのか」


「はい」


「三千年分の記録も?」


「当然です」


 死神の身体が僅かに震えた。


「……あそこは嫌いだ」


「そうですか」


「監査官が細かすぎる」


「それは私には分かりません」


「帳簿の一行まで確認するんだぞ」


「それが仕事ですから」


 死神は深いため息をついた。

「……死より怖いものが、この世にあるとは思わなかった」


「勉強になりましたね」


 衛士に促され、死神が歩き出す。

 だが、数歩進んだところで立ち止まった。


 振り返る。


「小僧」


「はい」


「一つだけ聞きたい」


「何でしょう?」


「もし私が、最初からお前を殺さなかったら?」


 私は少し考えた。

「その場合は、別の捜査方法を選んでいました」


「……つまり?」


「あなたが違反行為をするまで、捜査を続けていたでしょう」


 死神はしばらく私を見つめていた。

 そして、ほんの僅かに笑った。


「なるほど。

 嫌な人間だな、お前は」


「よく言われます」


「……裁判で会おう」


「はい」


 死神は衛士に連れられ、光の裂け目の向こうへ消えていった。

 森に静寂が戻った。


 私は手帳を開いた。

 一件目。

 死神による死亡時期の恣意的変更。

 検挙。

 私は項目に線を引いた。


「さて」

 次のページを開く。

 王都貧民街。

 対象――マレブランケ。

 種別――貧乏神。

 活動年数――約三百年。

 主な行為――困窮者への不当な利益搾取。

 備考――古参。既得権意識が強い。交渉時に契約書を多用する傾向あり。

 私は手帳を閉じた。


「……今度は契約書か」

 古い死神や貧乏神の業界は、近代化が遅れている。

 既得権に胡座をかき、コンプライアンスを無視する者も多い。

 神官庁では現在、超自然存在に対する法執行体制の見直しを進めている。

 私の仕事は、その先兵だ。


 森を出る。

 王都の灯りが、遠くに見えていた。

 次の標的は貧乏神。

 今度は、どんな規則違反を自分から喋ってくれるだろうか。

 私は王都へ向かって歩き始めた。


【第一章をお読みいただきありがとうございました!】


三千年の歴史を誇る死神も、神官庁の特命捜査の前には一人の「被疑神」に過ぎません 。

今回の事件における査察結果を以下の通り報告いたします。


--------------------------------------------------

【神官庁 特別査察部 事件処理完了報告】


■ 被疑神:死神(本名不詳・三千年級)

■ 処分結果:神律裁判所の捜査令状および囮捜査(登録名:中村智)に基づき身柄を確保 。神律裁判所へ即日送致完了 。


【本来の職務と今回の違反対比】

・前書きに示した本来の職務:

 「生命の循環と定められた寿命の刻(とき)を正しく管理し、安らかに魂を導くこと」


・今回の違反行為(職権乱用および不当労働の強要):

 自らの個人的な都合(手伝い・下僕の確保)のため、本来定められた死亡時期を自らの裁量で前倒し・変更できると威圧 。

死の恐怖を盾にして生者に不当な私的労働を強要しようとした 。


■ 適用法規・違反条項:

・『神官庁・死神職務規程』第2条(死亡時期の恣意的変更の禁止)違反

・『神官庁・死神職務規程』第5条(神力を利用した不当労働強要の禁止)違反

--------------------------------------------------


神々が己の職務を忘れ、人間を脅迫・支配するようになった背景には、どうやら神官庁の奥底に眠る巨大な「歪み」が関係しているようです…… 。


次回、第二章の標的は王都の貧民街に三百年居座る古い貧乏神「マレブランケ」!

自作自演の不運で人間を縛り付ける貧乏神に対し、生真面目な査察官ナカムラ・ヒトシはどう立ち向かうのか ?


面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク登録】や【評価】をいただけますと執筆の大きな励みになります!


次回のご訪問を心よりお待ちしております!


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