私は神官庁特別査察官です
「私は、神官庁特別査察部第一査察課・特別査察官 ナカムラ・ヒトシです」
「……査察官?」
「はい」
私は木札をしまった。
「現在、死神による死亡時期の恣意的変更と、それを利用した生者への私的労働の強要について、捜査を行っています」
死神の身体が僅かに後退した。
「待て」
「何でしょう?」
「お前は……最初から私を?」
「調査対象として接触しました」
「では、私の帳簿にある名前は……」
「『中村智』ですか?」
死神は黙った。
「私の偽名です」
「……偽名」
「神律裁判所の許可を得た囮捜査用の登録名です」
死神の身体が震え始めた。
「では……お前の死亡時期も……」
「当然、架空です」
長い沈黙が落ちた。
「……最初から、私を罠に嵌めるつもりだったのか」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「罠を仕掛けたのではありません」
「では何だ?」
「あなた自身に、判断していただいただけです」
死神は私を凝視した。
「あなたは最初に、『死亡時期は定められている』と言いました」
「……」
「次に、『死亡時期を変更することはできない』と言いました」
「……」
「ところが、私に仕事を手伝わせるために、今夜見逃すと約束した」
「……」
「その後、私自身の意思とは無関係に死亡時期を変更できると認めた」
死神の身体が震えた。
「そして最後に、その判断は自分自身が行うと」
私は一枚の書類を取り出した。
「十分です」
「何が……十分だ」
「供述です」
「供述……?」
「職権による死亡時期の変更。
私的目的による職務権限の利用。
そして、生者への労働強要」
私は書類を閉じた。
「いずれも、神律裁判所の規定に抵触します」
「待て!」
死神が初めて声を荒らげた。
「私はまだ何もしていない!」
「それも記録されています」
「……何?」
「『今夜、ここでお前は死ぬ』」
私は静かに言った。
「あなた自身がそう発言しました」
死神は言葉を失った。
「しかし……それは……」
「さらに」
私は木札を再び掲げた。
「あなたは私に仕事を手伝わせるため、死亡時期を変更すると明言しています」
「違う!」
「では、先ほどの録音をもう一度再生しましょうか?」
「いや……」
死神は口を閉じた。
長い沈黙。
やがて、彼女は小さく呟いた。
「……私は三千年、誰にも疑われたことがなかった」
「そうですか」
「王も、英雄も、聖人も、私の前では等しく死んだ」
「そうでしょうね」
「誰も私に、法を問わなかった」
「では、これが最初ということになります」
死神は顔を伏せた。
「……お前は、私をどうするつもりだ?」
「検挙します」
「私を……?」
「はい」
「死そのものを?」
「法令上、あなたが例外だという規定はありません」
死神はしばらく黙っていた。
そして、かすかに笑った。
「……なるほど」
「何でしょう?」
「お前は、死を恐れていないのではないな」
「?」
「死よりも、規則を恐れている人間だ」
「違います」
私は答えた。
「規則を恐れているのではありません」
「では?」
「規則を守らない者を、仕事として追っているだけです」
死神は再び黙った。
そのとき、森の奥で空間が裂けた。
白い光の向こうから、二人の衛士が姿を現した。
無機質な制服。
胸元には神律裁判所の紋章。
「容疑者を確保しました」
私が告げる。
衛士の一人が頷いた。
「了解」
二人が死神の両脇に立った。
死神は抵抗しなかった。
「……神律裁判所へ送るのか」
「はい」
「三千年分の記録も?」
「当然です」
死神の身体が僅かに震えた。
「……あそこは嫌いだ」
「そうですか」
「監査官が細かすぎる」
「それは私には分かりません」
「帳簿の一行まで確認するんだぞ」
「それが仕事ですから」
死神は深いため息をついた。
「……死より怖いものが、この世にあるとは思わなかった」
「勉強になりましたね」
衛士に促され、死神が歩き出す。
だが、数歩進んだところで立ち止まった。
振り返る。
「小僧」
「はい」
「一つだけ聞きたい」
「何でしょう?」
「もし私が、最初からお前を殺さなかったら?」
私は少し考えた。
「その場合は、別の捜査方法を選んでいました」
「……つまり?」
「あなたが違反行為をするまで、捜査を続けていたでしょう」
死神はしばらく私を見つめていた。
そして、ほんの僅かに笑った。
「なるほど。
嫌な人間だな、お前は」
「よく言われます」
「……裁判で会おう」
「はい」
死神は衛士に連れられ、光の裂け目の向こうへ消えていった。
森に静寂が戻った。
私は手帳を開いた。
一件目。
死神による死亡時期の恣意的変更。
検挙。
私は項目に線を引いた。
「さて」
次のページを開く。
王都貧民街。
対象――マレブランケ。
種別――貧乏神。
活動年数――約三百年。
主な行為――困窮者への不当な利益搾取。
備考――古参。既得権意識が強い。交渉時に契約書を多用する傾向あり。
私は手帳を閉じた。
「……今度は契約書か」
古い死神や貧乏神の業界は、近代化が遅れている。
既得権に胡座をかき、コンプライアンスを無視する者も多い。
神官庁では現在、超自然存在に対する法執行体制の見直しを進めている。
私の仕事は、その先兵だ。
森を出る。
王都の灯りが、遠くに見えていた。
次の標的は貧乏神。
今度は、どんな規則違反を自分から喋ってくれるだろうか。
私は王都へ向かって歩き始めた。
【第一章をお読みいただきありがとうございました!】
三千年の歴史を誇る死神も、神官庁の特命捜査の前には一人の「被疑神」に過ぎません 。
今回の事件における査察結果を以下の通り報告いたします。
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【神官庁 特別査察部 事件処理完了報告】
■ 被疑神:死神(本名不詳・三千年級)
■ 処分結果:神律裁判所の捜査令状および囮捜査(登録名:中村智)に基づき身柄を確保 。神律裁判所へ即日送致完了 。
【本来の職務と今回の違反対比】
・前書きに示した本来の職務:
「生命の循環と定められた寿命の刻を正しく管理し、安らかに魂を導くこと」
・今回の違反行為(職権乱用および不当労働の強要):
自らの個人的な都合(手伝い・下僕の確保)のため、本来定められた死亡時期を自らの裁量で前倒し・変更できると威圧 。
死の恐怖を盾にして生者に不当な私的労働を強要しようとした 。
■ 適用法規・違反条項:
・『神官庁・死神職務規程』第2条(死亡時期の恣意的変更の禁止)違反
・『神官庁・死神職務規程』第5条(神力を利用した不当労働強要の禁止)違反
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神々が己の職務を忘れ、人間を脅迫・支配するようになった背景には、どうやら神官庁の奥底に眠る巨大な「歪み」が関係しているようです…… 。
次回、第二章の標的は王都の貧民街に三百年居座る古い貧乏神「マレブランケ」!
自作自演の不運で人間を縛り付ける貧乏神に対し、生真面目な査察官ナカムラ・ヒトシはどう立ち向かうのか ?
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