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神事査察官ナカムラ・ヒトシ〜神さまの違法行為、すべて検挙いたします〜  作者: Silvertiger
第五章 素戔嗚、謀反?!

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第三話 最高評議会と、拒否権(Veto)の暗雲

 

 神官庁・特別査察部 部長室(深夜)

 根の堅洲国から帰還したナカムラ・ヒトシは、特別査察部の部長室にいた。

 執務机の向こうでは、神官庁長官と特別査察部部長を兼務するアテナが、ヒトシの報告書に目を通している。その傍らには、秘書官のニケが控えていた。


「……無事のご帰還、何よりでしたわ。ナカムラ特別査察官」


 漆黒のスーツを纏ったニケが、湯気の立つハーブティーをヒトシの前に差し出した。


「ありがとうございます。ニケ課長」


 ヒトシは一礼し、愛用の鑑識グラスに指を添えた。ゴールドフレームの二重ブリッジが、室内の照明を受けて光る。


「スサノオ様の嫌疑について、ご説明いたします」


 ティアドロップレンズから光が放たれ、空間に幾重ものホログラム映像が浮かび上がった。


 映し出されたのは、スサノオが点検していた農耕・防犯用神具の神威波動データ。そして、定期的な神兵の閲兵の様子だった。


「謀反の証拠とされた映像とデータには、何者かによる改竄の痕跡が認められます。現地で確認した実際の状況とも一致しません」


「……これで、スサノオ様の謀反が濡れ衣である可能性は、かなり高くなったということですわね」


 ニケが安堵の息をついた。

 だが、アテナの表情は変わらなかった。


「安心するのは早いわ、ニケ。敵の狙いは、証拠が検証される前に政治的な既成事実を作ることよ」


「アテナ長官、もう一つ問題があります」


 ヒトシが別の映像を呼び出した。


 スサノオの軍船が岬に並ぶ光景。その直後、空間を裂いて襲いかかってきた神狼フェンリルの姿が、部屋いっぱいに広がった。


 アテナの目が細くなる。

「スサノオ様は、オーディンの侵攻に備えて軍船を待機させている。

 そして、あなたを襲ったフェンリル……。誰が差し向けたのか、まだ分からない」


「はい。襲撃の事実は確認できましたが、命令した者を特定するには、さらに調査が必要です」


 アテナは立ち上がった。

「その時間を、敵は与えてくれそうにないわ」


「と、申しますと?」

 ニケが尋ねた。


「保守派の大主神たちが、緊急最高評議会を招集した。

 オーディンの出撃を承認させ、同時にアマテラス様の監督責任を追及するつもりよ。スサノオ様の姉である議長が、謀反を防げなかったという理由でね」


「まだ謀反そのものが立証されていないのに、ですか」


「政治の世界では、疑惑が事実として扱われるまでに、証拠など必要ない場合があるのよ」


 アテナの声には、冷たい怒りがこもっていた。


「ええ。現代人間界で猛威を振るう四大主神

 ――バアル、マモン、ペルーン、ファナティコス。彼らの背後にあるのは、選民思想、信仰と利益の結合、宗教による侵略の正当化、そして暴力を聖戦と呼び替える狂信……」


 ニケが唇を引き結んだ。


「神の名を掲げれば、何をしても許されるとでも思っているのでしょうか」

「彼らは、自分たちこそ正義だと信じている。だから厄介なのよ」


 アテナはヒトシを見た。


「行きましょう。評議会で何が起きるか、見届けなければ」


 ヒトシは鑑識グラスを外し、ケースに収めた。


「承知しました」


 三人は部屋を後にした。




 神官庁・最高評議会 大評議堂


 白磁の巨柱が立ち並ぶ大評議堂。

 神界の命運を左右する神々が、次々と議場に集まっていた。


 最高幹部席には、オリンポス神族のゼウス、海神ポセイドン、冥府神ハデス。

 そして神界最高司法機関の長、神律裁判所長官マアトが重々しく腰掛けている。

 兄弟神たちの間には、互いの出方をうかがう緊張が漂っていた。


 その視線の先で、四柱の大主神が立ち上がった。

「アマテラス議長! 東洋の荒神スサノオが兵を集めているのは明白だ! アスガルドの武力で粉砕し、反逆の芽を摘むべきである!」

 青銅の大鎌を掲げたバアルが、議場に怒声を響かせた。


「神の祝福は、我らを信じる者にこそ与えられる! 敵を殲滅せよ!」

 金色のコインと十字架を象徴に掲げるマモンが、聴衆を煽る。


 漆黒の鎧を纏ったスラヴの軍神ペルーンも、一歩前へ出た。

「聖なる領土の回復と伝統的秩序のため、武力行使を正当化する!」


 異形の仮面を被ったファナティコスが、不吉な炎を撒き散らす。

「聖戦だ! スサノオに血の惨劇を!」


 そのとき、最高幹部席から怒声が飛んだ。

「――黙れぃッ! 己の野望と狂信のために神格を汚す者どもめ、笑止千万!」

 義の神、関帝こと関羽である。

 美髯を揺らし、青龍偃月刀の柄を床に叩きつけた。


「拙者は先日、ナカムラ査察官の行政指導を受け、己の怠慢を深く恥じた身! あの男が集めた証拠を検証もせず、疑惑だけで戦を始めるなど、神としての信義にもとる暴挙である!」

 玉皇大帝と媽祖も、関羽の隣で頷いた。


 続いて、狩猟の女神アルテミスが立ち上がった。

「我が父ゼウスをはじめ、オリンポスも根の堅洲国への拙速な侵攻には反対です。アテナ姉様と特別査察部の調査結果を待つ。それが筋というものでしょう」


 蓮華の座から、地蔵菩薩が静かに立ち上がった。

「信者を煽り、己の権勢を誇示する。その心にあるのは慈悲ではなく、執着です。民を流血の惨劇へ投げ込む決議に、仏として賛同することはできません」


 その隣で、聖フランチェスコが穏やかに語った。

「神の栄光は、排除と戦争ではなく、平和と調和の中にあります。憎悪を植え付ける剣に、天の祝福が与えられることはありません」


 議場が静まった。


 やがて、最も高き特別席から、圧倒的な威厳を帯びた声が響いた。

 神々と人間に火を与えた太古の巨神、プロメテウスである。

「四大主神よ。神官庁の根本法理を忘れたか」

 その眼差しが、四柱を射抜いた。


「神は人間の平和と繁栄のために存在する。私利私欲のために人間界の対立を煽り、神々の間に戦を招く者に、神を統べる資格などない」


 プロメテウスは、議長席のアマテラスへ視線を移した。

「本出兵案は否決されるべきだ」


 アマテラスが静かに立ち上がった。

「出兵案について採決を行います」


 投票が始まった。

 次々と票が集計される。

 開戦反対――圧倒的多数。


「採決の結果、出兵案は過半数の反対により否決されました」

 アマテラスの宣告が、広い議場に響いた。


 一瞬、沈黙が落ちた。

 だが、次の瞬間。


「ハハハハ……!」


 四大主神が、そろって高笑いを始めた。

「愚かな神々どもめ! 多数決で我らを退けたつもりか!」


 バアルが黄金の大鎌を床に叩きつけた。

「神官庁最高特権法第1条! 我ら常任大主神の権限――拒否権(Veto)を行使する!」


 ゴオオオオッ!


 大評議堂を暗雲が覆った。


 アマテラスが宣告した否決裁定が、黒い光に呑み込まれていく。投票結果を示していた光の文字が、ひとつ、またひとつと消えていった。


「な……何だと!?」

 関羽が声を荒らげる。

「否決された議案を、覆すというのか!」


 バアルは答える代わりに、黄金の大鎌を高く掲げた。

「拒否権は、議長の裁定を覆す! 出兵案は可決されたも同然だ!」


 マモンが笑い声を重ねる。

「これでスサノオを討伐できる! アマテラス、お前も監督責任を問われ、議長の座から失脚するのだ!」


 アルテミスが息を呑んだ。

 地蔵菩薩は眉をひそめ、聖フランチェスコは目を伏せた。


 最高幹部席では、ゼウスが険しい顔で立ち上がりかけ、ポセイドンがその腕を押さえた。


 プロメテウスは、動かなかった。

 ただ、四大主神を見つめていた。


 アマテラスの手が、議長席の肘掛けを強く握る。

 先ほどまで大評議堂を満たしていた反対票の光は、もうどこにもなかった。

 四大主神の笑い声だけが、広い議場に響き続けていた。


(第五章第三話 完)


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