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双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~  作者: モモンガ・アイリス
第三章

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第七十七話





 ――ピンポーン。


 と、チャイムが鳴ったので玄関を開けてみるとメイドが立っていた。ので、トールはとりあえずそっと扉を閉めた。


 もうそろそろ夕方で、園山親子は既に隣室へ帰っている。河合咲穂と九条礼子はまだトールの家に残っていて、ティアを含めた三人で会話が弾んでいるようだった。ちなみに颯爽と去って行ったはずの相馬と舞阪は、三十分後にレンタカーを忘れているのに気づき、一回戻って来てレンタカーに乗って去って行った。


 ――ピンポーン。


 と、またチャイムが鳴らされたので、トールは仕方なく玄関を開けた。

 開いた扉の先にはやはりメイドが立っていて、その斜め後ろにはへらへら笑いながらひらひら手を振る黒服の執事がいた。


「お初にお目にかかります。東屋《あずまや》茉莉花《まつりか》と申します。礼子お嬢様の指示に応じまして、河合咲穂様の監視監査に就かせていただきます。どうぞお見知りおきを」


「ちゃーっす。遅くなってすんません。当主様との話が長引いちまって……まっ、それなりにあれこれ収穫もありましたっす」


 きっちりと頭を下げて礼をするメイド――東屋茉莉花と、ひらひら手を振ったままぞんざいに言い放つ柏崎丈一郎は、なかなか対照的だった。


「あー……はい。河合さんはまだ部屋にいるんで、よろしくしてやってください。あと、まあ、大したお構いもできねーっすけど、どうぞ」


「いえいえ。お構いは俺らの仕事ですんで、気になさらず。それよりお嬢のお守り、マジありがとうございます。配信も見たっすよ。ははは。ティアさん、マジヤベェすね。あれはお嬢も燃えるっすわ」


 などと言いながら勝手知ったる調子で上がり込む執事と、するりとブーツを脱いで玄関の靴を揃えてからまたぺこりと頭を下げ、トールが動くまで頭を上げないメイド。メリハリ利いてんな、と感心してしまった。


 ともあれ、いつまでもメイドに頭を下げさせているわけにもいかないので、リビングへ。執事はとっくに台所に移動して薬缶に火をかけているところだった。茶葉も茶器も当然のように持参しているのだろう。


 トールの移動を確認してから東屋茉莉花も頭を上げてリビングへ――ここでようやく、彼女の背が低いことに気づいた。エルフのイルセリアより少し高いくらいだろうか。物腰は洗練されていて、たぶん彼女も探索者だ。雰囲気からすると、C級上位からB級下位くらい。


「あら、茉莉花が来たのですわね。皆様に粗相のないようお気をつけくださいまし」


「もちろんでございます、お嬢様。改めて――九条礼子様のメイド、東屋茉莉花と申します。河合咲穂様の監視監査役として馳せ参じました」


 推して参ったり馳せ参じたり、まったく参っちゃうよな、とトールは脳内でくだらないことを考えたが、外に洩らすのは我慢した。

 再会を喜んだり初対面の挨拶を交わしたりといった一幕をさっと流し、執事が全員分の紅茶を配ったところで、本題。


「ご存知の通り、お嬢をニキさんに預けて九条の当主様――つまりお嬢のお父様に、あれやこれや話をしに行ったわけですが、主題は『魔族』についてっすね」


 先日、九条礼子の主導でスガイダンジョン探索につき合い、ダンジョン入口に戻って来たとき、相馬賢吾の魔法で拘束されているルガルドに出会した。

 そのルガルドはティアにボコられ、舞阪理沙の『異能力』によって人類に敵対していないことが保証されたわけだが、この世界に魔族という人種が異世界からやって来たことが、現在に至るまで少なくとも一般人には秘匿されているのが判った。


 少なくともトールは魔族なんか知らなかった。相馬も、舞阪も、神楽坂千鶴も。ティアだけは魔族を知っていたが、それは彼女が生前、地球と融合する以前の異世界で魔族と戦っていたからだ。言うまでもなくこちらの世界に魔族がいるだなんてことをティアは知らなかった。


 この世界と異世界が融合したのが、四半世紀前。

 魔族たちはその時点からずっと隠れ続けていたということになる。


 だが――誰の協力もなしで?

 それはちょっと考え難い。


「結論から言いますが、政界のとある派閥の連中が匿ってるっぽいらしいです。とはいえ、いわゆる与党とか野党とかではなくて、そういう表舞台の裏にある『家』とかの話っすね。九条家も、まあ、裏っちゃ裏っすけど」


 この場合は九条財閥を有する九条家が裏にあり、たとえばナインラインという探索者装具を売っているメーカーが表にある、くらいの感じだろうか。


「ニキさん向けの説明になりますが、『世界融合』後に躍進した企業だとか、その裏にある『家』なんかに共通しているのは、どれだけ有益な異世界人を確保できたのか、っていうのが、かなりデカいっす」


「あー……それは、そうなんだろうな」


 言われてみるまで考えたこともなかったが――なにしろ自分とは縁遠すぎる話なので――それはそうだろう、と納得するしかない。

 探索者装具ひとつ取り上げてみても、異世界人の知識なしに創り出すのはかなり大変だろう。迷宮産出物を利用して魔力をまとった武器を創り出すのであれば、ノウハウがあった方が簡単に決まっている。


「たとえば現代の探索者にとっては必需品の魔法鞄《マジックバッグ》っすけど、これは異世界人の知識を元にして規格化されてます。あまりにも有用すぎて製法が開放されたんすけど、迷宮に出現する空間魔法を使う魔物のレアドロップを使って鞄だとか袋とかに空間魔法を織り込んでおくっていう異世界の技術を再現してるわけです」


 執事が言うには、この『製法』は異世界人にとってはものすごく希少なわけではないらしく、異世界人を確保したどこかの家だけで独占できなかったのも製法が開かれた理由のひとつらしい。逆に唯一性の高い技術は独占されやすいし、特許を取って金に換えるという選択も取りやすかったとか。


「で――本題の『魔族』は、現在に至るまで秘匿されてます。当主様ですら、薄ら察している程度の情報量でした。特殊な異世界人を確保している家というか、家と家の集まりである『派閥』があるようだ、と」


「魔族を利用してる、ってこと?」


 疑問符を浮かべたのはティアで、そこに好悪の感情は含まれていないようだった。権力というものに対する諦観、なのかも知れない。


 権力者なら、そのくらいしてもおかしくない。

 異世界であろうが、この世界であろうが。


「おそらくは、そうっすね。魔族からしても自分たちが魔族であるってことを隠しておきたいっぽいんで、利害の一致でしょう。どの家がどういう異世界人を確保してるかなんてのは、それこそ秘匿できるもんなら秘匿されてますから。それが魔族かどうかなんて、魔族って種族がいることすら知らなかったなら思いつきもしないっすよ。未知の種族を確保してるかも、くらいのことは予想してたみたいですがね」


 このあたりは前提だろう。

 有用な異世界人を早期に確保できた『家』が、世界融合後にアドバンテージを得られた。得られたアドバンテージを使って躍進した――。

 言うまでもなく『世界融合』の少し後には『連鎖迷宮暴走《チェイン・スタンピード》』の時代が訪れたので、アドバンテージを得られたからといって荒波を乗り切れた者ばかりでもないのだろう。運や実力がなければ、たぶん別の家や派閥に吸収されたのではないか。


「そういえばドワーフのおっちゃん、グイドリン王国のことは知らないって言ってたから……あ(・)っ(・)ち(・)の(・)人(・)た(・)ち(・)も、魔族のこと、あんまり知らないんじゃないかな」


 ぽつり、とティアが言う。

 そういえば荒井板金に顔を出してなかったな、とトールは髭面のドワーフを脳裏に浮かべた。車が届いたら改造してもらおうかな、なんてことを考えそうになるが、今はとりあえず脇に置いておく。


「グイドリン王国――と、おっしゃいますと?」


 慎重に首を傾げたのは九条礼子だった。執事の方はティアに問い返す役割は自分ではないと弁えていたのか、主が問いを浮かべてたことに満足そうな顔をしている。


「えっと、こっちの世界から見た『異世界』で、ボクが所属していた国だね。ボクは国の命令で魔族たちの王――魔王と戦って、倒したんだ。ドワーフのおっちゃんが言うには、世界融合の二百年以上前に滅んでたみたい」


「ティア様は、勇者様でしたのね」


「それ、結構いろんな人から言われたよ。勇者様、英雄様、聖剣の御子《みこ》様……なんてね。でも結局、たまたまライトブリンガーを拾った子供が偉い人に捕まっていいように使われてた、ってだけなんだろうなぁ」


 明確な苦笑を浮かべるティアに、誰もなにも言わなかった。

 もちろんトールにも、伝えるべき言葉の持ち合わせなどない。


「なるほど。整理しましょうか」


 執事がぬるっと口を開いた。空気が読めないからではなく、空気を読んだからだろう。言うべきことがないのなら、なにも言うべきではないということだ。


「あ、ごめん。続けて」


「いえいえ、こちらこそ。ティアさんの話を考慮すると、おそらく魔王を失った魔族たちは少数が隠れながら生存を続けていて……二百年後には、もう異世界人たちは魔族の実在なんかすっかり忘れていた、ということっすかね」


「あー……ルガルドがそんな感じのことを言ってたな。あっ、伝え忘れてたけど、あの場でボコされてた魔族と、後から連絡先交換して、微妙な協力関係になった」


「へぇ。いいっすね」


 ピュウ、と口笛を吹く執事である。ちょっと視線を横に向けてみれば、九条礼子の斜め後ろで正座している東屋茉莉花がものすごく冷たい眼差しで執事を凍らせようとしていたが、当人はメイドを見てもいなかった。


「つまり、こっちに来た異世界人の大半は魔族のことなんか知らない。こっちに来た魔族たちを確保した派閥がいる。おそらくは異世界人を確保したつもりでいたら、たまたま魔族だったってことでしょう。そして――その魔族たちの中から離脱したやつらがいた。ギルゲイル、でしたっけ」


 ちらりと執事の視線が主へ向けられる。

 どうやら情報共有はしていたらしい。当然だ。していてくれなければ困る。九条礼子に口止めをしていたわけでもないのだから。


「今日の釣(・)り(・)にかかった二人の魔族を引いて、残りの『ギルゲイル一味』はギルゲイルを含めて五人、ってことになるね」


 どやっ、とばかりにティアがトールを見てくるが、足し引き算ができたことを褒め称えるべきかは議論の余地があった。


「最初に魔族たちを取り込んだ派閥をAとして、Aの元からギルゲイル一味が抜けた。彼らが彼らのみで活動しているとは考え難いから、たぶんギルゲイル一味と協力ないし協調関係に至ったBという家というか派閥がいるはずっすね」


「あー……AとBは敵対関係、もしくはBがAを裏切ってる、ってところか」


「たぶんそんな感じっすね」


「ってことは――」


 今回のS市におけるギルゲイル一味の跳梁《ちょうりょう》を、当然ながらBは把握している。というよりもBの意向である可能性すらある。そうでなかったとしても、Bにとって不利益にはならなかったということになる。

 逆に、今回のカミオカダンジョン消失からの『迷宮暴走《ダンジョン・スタンピード》』なんかは、Aにとっては不都合だったのではないか。


「――損得を考えれば、AとBを絞れる……か?」


 S市で『迷宮暴走』が起きても構わない。何故ならそれでAは損をする。Aが損をすると、Bは嬉しい。市民がどれだけ死のうが構わない……。

 不愉快な話だった。

 反吐で茶が沸きそうなくらい。


「おーぅ、やっぱニキさん、頭回りますね。そのあたりは九条の方で調べておくそうなんで、俺らは推理ごっこはしても探偵ごっこをする必要はないっすよ」


「あー……そりゃ、そうっすね」


 社会の裏側で表を操る権力者がどーのこーのと言われても、正直なところトールとしては困る以外にない。尻尾を辿って偶然本体に行き着いたならブチ殺せばいいやとは思うが、無数の尻尾を探して歩くつもりはなかった。


 どうせ、いつかは出会すだろう――そんな予感はするけれど。



◇◇◇



 いつの間にか冷めてしまった紅茶を、今度はメイドが当然のように淹れなおして全員に配り、執事がわざとらしくずずずと音を立てて紅茶を飲み、メイドの冷たい視線を無視してから「さて」と一拍置いて、続けた。


「ここまでが現状の報告と整理。こっからが、これからの話になるっすわ。まずはお嬢に確認ですが、しばらくS市に滞在したいっすか?」


「当然でございますわ。丈一郎も配信を見ていたのであれば、スガイダンジョンの有様を目にしたでしょう。あんなに都合のいい修行場、そうそうありませんわ!」


 ぐっ、と拳を握って腰を浮かせる九条礼子に、執事はどうどうと両手を開いて苦笑を見せ、トールに顔だけ向けた。


「あっ、ニキさん向けに説明すると、ああいうふうに順番に魔物のランクが上がっていくダンジョン、結構珍しいんすよ。狩り場として優秀だとめっちゃ混みますし、ダンジョンに入るのも制限されがちっすね」


「制限?」


「そりゃあ、魔物を狩らないと『迷宮暴走』の可能性が上がりますけど、狩りすぎて魔物が枯渇すると、今度は変異の可能性が上がるっすから」


「もちろん通常の探索ではそこまで気にしたものではありませんが……なんと言いましょうか……大勢で駆除する、というレベルになってきますと、ボス以外の魔物も出現頻度が下がりますの。それでもなお駆除を続けていると、文字通りに迷宮が枯れるのではないか、と言われておりますわね。最も有名なのが新宿ダンジョンですわ」


「「へー」」


 トールとティアの反応が被った。

 これに九条礼子はくすりと微笑み、続ける。


「ですので、今回変異したスガイダンジョンとノウミダンジョンは、まだ一般探索者が入れませんので、修行には持ってこいですの。今日はティア様にキャリーされる形で、おそらく最下層付近まで到達しましたけれど、本来であれば私、自力で地道にこつこつ階層を更新するタイプですのよ」


「つーわけで、このアパートの大家に連絡しておきました。なんとこの物件、空き部屋が四部屋もあるんすよ。猫さん一家と逆側の空き部屋はニキさんが確保したいみたいな話を聞いたんで、二階の角部屋と、一階の空き部屋をふたつ抑えておきました」


「……はい?」


 話が早すぎて、一瞬意味が判らなかった。

 のは、トールだけではなかったようで、九条礼子の方もぽかんと目を丸くしていたし、部屋の隅で存在感を消していた河合咲穂も同じように目を丸くしている。ティアはよく判らない、というふうに首を傾げていたが、まあいいだろう。


「これからしばらく、ご近所さんってわけっす。東屋の小娘の他にも、名乗らせるほどでもねぇ黒服を三人連れてきたんで、アパートの警護と雑用に当たらせます。さすがに俺とかお嬢くらいの強さはありませんが、そこは勘弁願います」


「……いや、勘弁もなにも、どういう権限も俺にはねぇんすけど……」


 行動力が一般人のそれと違いすぎて心が風邪を引きそうだった。

 しかし――考えてみれば、このくらいの金持ちともなれば部屋を借りたり引き払ったりするにあたって支払う金なんて、歯牙にかけるほどでもないのだ。とりあえず押さえておく。使わないならまあいいや。そのくらいの感覚かも知れない。


「いずれにせよ茉莉花は河合様の監視監査をしますので、住居は確保しておく必要がありましたものね。スガイダンジョンの調査名目であれば迷宮庁から許可も得られますし……なるほど、さすがは丈一郎ですわ!」


 おーっほっほっほ! と高笑い。今回は半音高い気がした。


「つーわけで、しばらくよろしくっす。ニキさん、ティアさん、河合さん」


「改めてよろしくお願いしますわぁ!」


「生活上の雑務などは申しつけてくだされば遂行しますので、なんなりと。改めて、東屋茉莉花です。よろしくお願いします」


 ということらしかった。

 少しだけ考えてから、トールは曖昧に肩を竦めて、はぁ、と頷いた。


「あー、まあ……コンゴトモヨロシク」







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