一章最終話:頭
東西南北ある世界の頭。
──控えめに言って、それは規模で言えば国である。
「何?」
石に囲まれた小さい灯火が立ち上る中、剣を砥ぐ波打つ長髪の男が顔を上げる。
「南は貴族協定により、頭は置かないはずではないか?」
「は、はい!
しかし、頭決闘の形跡と、ドン・ゴの死体を確認したと複数の筋から⋯⋯」
瞬間、一帯に水のように広がる、静かな夜の威圧。
「この世界に必要なのは掟だ⋯⋯秩序だ」
重苦しい夜の激しい威圧。
報告する一人の若者はその全身を人形同然にカタカタ震わせる。
「誰だ。
その報告をしたのは」
「ひ、東と、貴族数人です」
「東⋯⋯虎獅子か」
だが男はまた視線を落とし、剣を狂ったように研ぎ始める。
「まぁ、何かあるとするしかない、な」
男は続ける。
「最近の事例は」
「は、はい!
秩序を乱す行為は26789件から26123に下がりました」
「⋯⋯ふむ」
研ぎながら、男は考える。
「どうすれば無くなるのだろうな?」
「以前と比べればこれでかなり⋯⋯」
言い過ぎた。
鋭い眼光が報告する若者に向く。
「も、申し訳ありません」
すると、視線は元に戻る。
「報告は以上か?」
「は、はい!」
「勤務御苦労。
行って良い」
頭を下げてそそくさ居なくなる若者。
「⋯⋯⋯⋯」
一人静寂な雪原の中心で男は空を見上げた。
「⋯⋯南」
"エデン殿"
ーーミテア、君は掟に厳しいね。
でも、掟ではいつか、耐えられない事があるかもしれない
"それでも私は掟を遵守します"
ーーいつか、分かる日が来るといいけれど
「⋯⋯⋯⋯来るだろうか、私に」
その色白で刃のような顔つき。
この世界では珍しい⋯⋯青藍色の風鈴を彷彿とさせる耳飾り。
凍えるような風に耳飾りが、揺れる。
ふっ、と笑う。
「未熟ながら腕が鈍ってしまうのはよくないか」
彼の周りには名剣がこれでもかというほど地面に突き刺さっていた。
その視線の中で、一本⋯⋯射抜く。
「すぅぅぅ」
すると勢い良く一本の剣は男の手に収まる。
ゆっくりと吸い込み、口から吐く。
気付けば抜剣された刀身。
細剣にも似たその剣を──引いて、目の前の山に向かって突く。
──キン。
鞘に収め、男⋯⋯ミテアは背を向ける。
「さて、今日も秩序を乱す者を⋯⋯」
歩き出す。
と同時に、背後の雪山が抉れる。
「──討伐するとしよう」
****
「ねぇ⋯⋯今日わぁ⋯⋯」
まさに酒池肉林。
そこには、大量に着飾った⋯⋯女の山とも呼ぶべきハーレムである。
その中心にいる絶世の美男子。
「チーシャ様、今日は誰と寝てくれるんですかぁ?」
「んー⋯⋯じゃあ今日はみんなにしようかなぁ!?」
両脇にいる女の髪を、触る。
我慢の限界に達したのか、女の方から唇に近付けて⋯⋯口づけ。
それは止まらなく熱を帯びて派手に貪り合う。
一人の絶世の美男子に手を伸ばす女の手は増えるばかり。
色付く女達のピンク色の宴会。
目の前の机には酒と、肉の山。
そして女の山である。
「お忙しいところ」
そんな楽園の中へ、正反対の一人の男が入ってくる。
「テグラ!」
女たちに埋もれていたチーシャが手を上げる。
だが、テグラの目には、"邪魔をするな"という猛獣の眼光が映り、直後すぐに謝罪の意を見せる。
「失礼。
しかしながら少々今後に差し支える話がありまして」
普段ならこんなことをしない男が割って入ったのを察し、猛獣たちのテンションは落ちていく。
「どうしたの?
座って座って」
申し訳無さそうに座り。
「南についてです」
緊張感が一瞬でテッペンまで張り詰める。
「へぇ、南?」
座り直すチーシャ。
「はい」
「少し前の会議だと、南はドン・ゴになる予定だったよね?」
襟足を捻って隣の女に確認する。
「そう言ってたと思う!」
「ね?」
「それが全くの別人が頭になりました」
しん、と静まるこの場。
「誰?」
「エオというまだ大人になって間もない青年です」
「プッ⋯⋯」
噴き出す笑い。
それは嘲笑の限りを尽くしたまさに見下した笑い声がこの場には響く。
「アッハハハハハ!
てことはあれだ?
ドン・ゴはその青年に負けたの?」
「情報によれば」
「面白い話だなぁ!
あんなにデブで不細工で汚いくらいしかない奴が遂には負けたのか!
あーっ、おもろ」
泣くほど笑って瞳に貯まる涙を拭う。
「それは貴族も把握しているの?」
「はい。
ですが反応が変なのです」
「変?」
「触れるな、と一言」
またも静まる。
「それはどういう了見だい?
潰せと始めたのはあっちのはずでしょうに」
両脇にいる女の髪を撫でながら訊ねる。
「はい。
ですが、これまでにないほど威圧がありましたので、相当な何かがあったに違いありません」
「んー⋯⋯」
赤い天井を見つめ、チーシャは考える。
「街を超えさすのも楽じゃないしねぇ」
「はい。
我々からすれば、あそこは動物園となんら変わりません」
「んね!」
そうしてしばらく経ち。
「うちらは様子見と行こう。
けど、南には利用価値がある膨大な土地がある。
次の頭が頭が悪くあれば⋯⋯ぶんどれそうだし」
「はい、我々は貨幣で動いていますが、彼らはそうではありません」
「一次産業しかやってない相手と取引するのは面倒だなぁ」
「貨幣を導入するというのはどうですか?」
「⋯⋯ああ!それいいね!」
「しかし、奴らにそれが通じるかどうか⋯⋯」
「資本主義もいいね。
前代の頭といい、頭が悪いし。
世は外見が一番っ!
次いでにお金が一番!
南にも遂に、まともな生活を送らせてやろう!」
東西北。
これまで不動の布陣でいた中。
それぞれが、この南戦争によって動き出そうとしていた。




