教え
⋯⋯今、僕の顔はどんな事になっているのだろうか。
「え、エ⋯⋯」
「誰」
グランが顔を引きつらせている。
──けど、今の僕にそんな余裕はない。
「誰がこんな事をやったの」
答えは返ってこない。
誰も、僕に返してくれない。
そりゃそうだよ。
今、僕が頭なんだから。
ドン・ゴもリオンもいない。
僕の言葉一つでみんなが動くんだから。
でもさ⋯⋯でも。
「これはないよ」
膝から崩れ落ちるのに時間は掛からなかった。
──思わず目を閉じる。
ーーおー。エオ、そうだ!
今度夜について詳しい授業をしよう!
"え?本当ですか!"
「⋯⋯⋯⋯」
聞こえてくる。
懐かしい日々。
ーーはは、エオは優秀だから教える物がどんどん無くなっていくよ。
"サヴァン先生の授業はいつも分かりやすくて好きなだけです!"
ーーみんなが
"どうしたんですか?"
ーーみんながエオみたいな子だったら⋯⋯どれだけ良いことか
「⋯⋯⋯⋯」
ーーよぉエオ!
相変わらず植物と仲良さそうだなぁ?おい!
"トリスさん!
見てくださいよ!"
「⋯⋯⋯⋯」
ーーおぉっ!
すげぇじゃねぇか!
これなら、その内マジで飯困らねぇなぁっ!なぁ!?
⋯⋯僕は静かにただ目を閉じて、顎から落ちていく水の音を聞いて動けずにいた。
「エオ」
後ろから声が聞こえる。
けど、何も今入ってこない。
二人は凄惨な状態で倒れていた。
ただ、トリスさんはもう難しい。
けど、先生の方だけ"まだ"息はしている。
⋯⋯そんな状態。
開けられない。
開けられないよ。
二人が何をしたというんだ。
二人が、何か変な事をしたのか?
ただ普通にしていただけじゃないか。
それを何故──世界はこんな目に遭わせるんだろうか。
サヴァン先生が言っていた。
生⋯⋯それはずっと、生命に試練を与えると。
今、教わった事が揺らぐ事はない。
僕の軸がブレる事は⋯⋯ない。
けれど。
やっぱり。
「こんな事をする人間を赦すのは難しいよ⋯⋯」
「「エオ⋯⋯」」
後ろで子供達が泣いている。
グランも、ニバも、今大人だから我慢しているだけ。
みんな言葉が詰まるし、息苦しい。
「ぇ⋯⋯」
「っ!」
動かない足を引きずり、僕は必死に寄る。
「先生!!!」
顔がほぼ動いていない。
どうしよう。
チェシェたちの夜も⋯⋯駄目だ。
「ぁぁ⋯⋯っ」
何も、思い付かない。
こんな時に。
僕は何をやっているn──
そんな僕の心の内で呟く言葉を止めるように、手を握る先生。
「ぇ⋯⋯ォ」
「はい⋯⋯エオです!
⋯⋯⋯⋯エオです!!!」
「わた⋯⋯しは⋯⋯ね⋯⋯」
「大丈夫です、先生は先生ですから」
「昔⋯⋯どれくらいだったかなぁ⋯⋯」
「先生?」
「何者かになりたかったん⋯⋯だ」
「⋯⋯⋯⋯」
「神⋯⋯という存在がいて⋯⋯信者という存在がいる」
「先生?」
「かつて⋯⋯過ちを⋯⋯ぉ、ぉかした」
「⋯⋯⋯⋯」
「何者かに成りたかった私は⋯⋯ハァ自分でその信念を組織にした⋯⋯はずだ」
「はい」
「その声は大きくなっていき、やがて人々を導けるような⋯⋯な、大きさに膨れ上がった⋯⋯だが。
私は負けたのだ。
自身の未熟さに。
甘い話に浸り⋯⋯信者に嘘をつき⋯⋯自分の言う事を聞くように仕向けた⋯⋯大罪人だった⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯ぁぁ。
やっと⋯⋯分かった。
なぜ、私がここで生きたのか⋯⋯
なぜ、あの人がここで教えを続けなさいと言ったのか」
先生は動かない瞳を、懸命に動かしている。
その瞳は、僕を見上げ、少し⋯⋯頬が上がったように見えた。
「エオ⋯⋯君に⋯⋯会う⋯⋯っうためだったのか⋯⋯」
その言葉に鼻から深く吸い込む。
まばたきをし、僕は必死に涙を溜め込んで笑う。
「はい、僕も先生から沢山のことを学びました⋯⋯あの三年間でっ⋯⋯!」
言葉が上手く出ない。
もう、最期⋯⋯なのにっ。
「こんな、私でも⋯⋯エオ」
僕の手を取る先生。
「分かることがある」
頷いて僕は続きを待つ。
「エオ、神とは⋯⋯なんだ?」
「全知全能だって言ってました」
「ならば、私達の存在している理由は⋯⋯なぜだろう?」
考えても答えは出ない。
「神とは⋯⋯我々全ての生命体の根幹に存在する」
「⋯⋯だから目に見えないってことですか?」
「正確には⋯⋯私達が見えないということでもある⋯⋯ゴホッゴホッ!」
「先生!」
心配する僕を手で静止する先生。
「私は⋯⋯この数百年。
考え続けた。
そこに"到達"するにはどうすればいいのか。
必要な条件はなんだ?
どうすれば、変わるのだろう、と」
「⋯⋯⋯⋯」
「動物と人間の違いは?」
「⋯⋯知識がある、ですか?」
「そう⋯⋯だ。
しかし、知識はどうやって身につく?」
「考える事です」
「動物は考えるか?」
そこで僕の口は止まる。
「多少はあると思いますが、基本的には感情や本能で動く生き物です」
「人間には唯一、言葉がある。
人に伝え、共有し、そして、自身で考える力がある。
言葉は人間の全ての根源であり、そして、最も神聖な物だ」
「⋯⋯⋯⋯」
「神が全知全能ならば、世界を作る必要はない。
全知全能ならば、人間を遊ばせることはない。
──世界は全て、法則の元に成り立っている」
「⋯⋯⋯⋯」
「その場所へ到達するには、
考える力。
物事を判断する力。
自身を制御する力。
それを、人は"""理性"""と呼ぶ。
そして世界は、もっと言えば人間社会は感情で動き、崩壊させている」
「⋯⋯はい」
「自然を見ればわかることだ。
育つ場所、必要な場所に植物は密集し、生きようとする。
考えればわかる事。
理性が鍵だ。
欲望を制御し、思い込みを止め、考えるのだ。
理性とは、神になる為に必要不可欠であり、そして──神が人間に複製し与えた能力なのだ」
見上げてくる先生。
「⋯⋯エオ」
あぁ、止めて。
本当に。
「はい」
「っ、」
先生は僕の後ろを見て、どこかホッとしたような顔をして。
「私は嬉しく思う。
矮小な我が身を抱く⋯⋯この広がる無限の眼に、無限の翼。
煌めき、覆う覇道の夜、
純粋で、世界を視る神之童よ。
今、眼前におられるは⋯⋯地獄の偉大な王であり、神よ──この世界に、万歳」
「っ、」
その言葉を最期に、先生は⋯⋯止まった。




