もう一つの行く末
俺がガキの頃。
それはまさに地獄に相応しい世界だった。
髪を掴む男と、甚振られる女。
殺してる男と、謝る男。
顔を蹴ってる男と、叫ぶ男。
そこら中に死んだ人間の屍の道を歩いても、どこもそんな事が続いていた。
⋯⋯ただ、一つ違うことがあった。
「ねぇ!
今日も聞きに行こう?」
元々は俺も、いや、そもそもほとんどの奴らは全員⋯⋯南出身の人間だった。
だが大人たちが口々に言う。
──この南には恐ろしい怪物がいる、と。
「今日もやってる!」
ガキの頃。
俺は今のように一人ではなかった。
⋯⋯仲間たちがいた。
"カンハレッソウカイ"
そう書かれた看板を通り過ぎ、そいつらと聴きにいく事が毎日の楽しみだった。
「ん?
今日も聞きに来たのか?」
「そうだよ!
虎獅子も、嘉音も!みんな!」
地獄のようだと言われた場所で、唯一安全と言われた場所があった。
⋯⋯カンハレッソウカイ。
意味はわからねぇが、この看板の内側には。
「相変わらずすげぇ場所だな」
ガキでも分かる。
中にいる大人全員⋯⋯とんでもねぇ夜の圧縮された独特な雰囲気を感じる。
安全で、そこにいる勢力の頭が話す児戯会が俺らには刺激的で、安全だったから人気って訳だ。
「じゃあ今日は、いつもの話から話そう」
あの奥に座る異質な大人。
優しくて、けれど怖い⋯⋯独特な大人。
触ったら割れそうなのに、触る前に殺されるような⋯⋯そんな奴。
子供たちには食べ物が配られ、飲み物が配られ。
俺達はその大人の話す物語を聴く。
内容は物語を短く話していく長い物語。
だが、その後の子供たちとの対話がある。
そこが子供たちの質問で変わるから、それまで聞き続ける。
この物語を誰かに、正しく伝えて欲しいってあの大人が言ってから始めるんだけど。
内容は⋯⋯まぁなんつーか。
なんかすげぇ夜を持ってる人間がいて、子供たちが産まれる。
けれど、その子供たちは自分の凄さを理解せずに、みんなで落とし合いをしているって話。
子供達はすげぇ夜を持ってる大人から産まれているのに、子供達は自分の凄さを理解せずに子供同士で奪い合う。
そんな時にいっぱいのすげぇ大人がやって来て、君たちは争う必要なんてない。
君たちは既に凄いんだからと。
そんな話だ。
な?
あんまパッとしねぇ話だろう?
結構物語が長いからあれだが、印象に残ってるのは、アレだな。
目と目の間、
鼻、
口、
耳、
感覚と。
なんかすげぇ夜を使いこなせる人達がいて、この人たちは決して戦わず、ただ自分と向き合った結果⋯⋯辿り着くっていうところがあったっけ。
「⋯⋯そしてハマトは、上に向かった。
今日はここで終わる」
「「「「ええー!」」」」
気付けば終わっていた。
で、多分。
「ではこれから、子供たちの言葉に答えよう」
そう、ほとんどの子供はここからが本番だ。
「はい!」
嘉音が手を上げて、あの大人に差される。
「どうやったら強くなれますか!」
⋯⋯まぁそうだ。
あの大人は間違いなく強い。
俺達ガキは、ただ殺られるのを待つしかないんだから。
「強くなる必要はない」
「なんで!?」
俺も思う。
弱い俺達では、生き残る事もできねぇ。
「向き合いなさい」
「どういうことですか!」
「みんなは私が何か特別で、凄く強い人間に見えているようだが」
──俺は、ヤツの顔を一生忘れる事はない。
「皆いずれ、同じ場所へと上がる。
強くなることを目標としてはいけない」
華が笑うように、あの大人も笑う。
「でも私達は強くないと殺されるよ!?」
「⋯⋯だからこうして、私達は新たに増え続ける子どもたちを保護して、育てている。
子供達が困らないように」
「でも!でも!」
「──意味がわからん」
俺は手を挙げる。
「君は、よく彼女と一緒にいる男の子だよね?」
「あぁ。
虎獅子だ」
「うん。
どうしたの?」
「言ってることはなんとなく分かる。
だがよ、そりゃ酷くないか?
俺達は自分の身を守れるようにならんといけねぇ。
だがあんたらが言ってるのは、ただ殺られるのを待つだけにしか聞こえねぇ。
こりゃどういう事だ?」
話を聞いて、ヤツは笑う。
「では聞こう。
君達は強くなってどうするつもりだい?」
「そりゃ誰からも攻撃されないように縄張りを作るさ」
「それではまた新たな君を作ることになるよ?」
「⋯⋯は?」
「君達は強い。
けれどそれで終わりじゃないかい?」
「やれることはやるさ」
「でも、それでは強くなって⋯⋯虎獅子、それで終わりだよね?」
「ん?まぁ、そうだが」
「人の人生はね、なぜこんなに長いと思うか考えた事はあるかい?」
「んー、そんな難しいことを考えたことぁねぇ」
「みんなも聞いてほしい」
ヤツはそう言って⋯⋯話す。
「人の生というのは、自分に刻まれた執着と向き合う為に存在するものなんだ」
「執着って?」
「今虎獅子が言ったように、強くなって終わり?
だけど私は断言する。
我々人間に、感情と欲望がある限り⋯⋯新たな自分を作るだけだ」
そう言ってヤツは続ける。
「自分だけ叶えて終われば、また辛かったいつかの自分がまた何処かで産み落とされる。
⋯⋯終わらないんだ。
私達の人生は」
「⋯⋯⋯⋯」
「自分と向き合う事。
それが私達人間に与えられた最も自由で、最も危険な贈り物だよ」
****
「アンタ、なんで手を抜いた?」
赤い滴が──俺の手から垂れる。
ゆっくり、ヤツの顔へと、ポタポタ。
「俺の一撃、躱せたよな?
アンタの一撃も⋯⋯途中で夜が落ちた」
「可愛い⋯⋯子供たちは⋯⋯殺せない」
雨に打たれながら、ヤツは半開きになった口で答える。
「昔言ってたよな?
自分に向き合えってよ」
「はは⋯⋯よく⋯⋯覚えていたね。
千年以上も昔なはずだが」
「なんだか思い出しちまってよ。
アンタ⋯⋯いっぱい語ってたよな?」
「あぁ⋯⋯」
「今、こんな状態になって⋯⋯どんな気分だよ」
すると。
ヤツは僅かに傾け、あの時と同じように笑っていた。
「いっぱい語ったが⋯⋯口では言わなくても⋯⋯響いた人間がいた⋯⋯のを知ってる⋯⋯だから問題は⋯⋯⋯⋯ない」
言い切りやがった。
「なんでそんな顔出来んだよ」
そうだろ?
「俺はあんたを殺す為にわざわざここまで来たんだぞ!!」
あの時、多くの子供たちがあそこに行った。
「施しを貰って、返ってくるのがこんな仕打ちなんだぞ!?」
俺だったら⋯⋯ブチ殺す。
「なんで!?
イカれてる!!」
らしくもなく。
俺は、ただただ荒げた。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
ただ俺を見上げていた奴は、一言。
「虎獅子⋯⋯成長したね」
「──ッ」
屈むを俺の頬を、ただ撫でる。
「本当は⋯⋯君も分かって⋯⋯るだろう?」
「何が」
「私⋯⋯は、言ったはずだ」
「何が」
「悪⋯⋯道、善へのいっ⋯⋯ぽ⋯⋯って」
ーー人は何故悪事を働くのか?
悪事を働かない者は本当に人間なのか?
もしも人間が完璧な存在なのであれば、そもそも悪事を働かない。
悪い事をする。
確かにいけないことだ。
ただし、それがなければ大勢の人間は、成長をすることはないだろう。
なぜならば。
──人間は成長する存在であるからだ。
私達の今見ている世界は借り物に過ぎない。
その次に託す事もあるだろう。
その時、見えないものはまた違う執着を人間に与える事になる。
成長しているからこそ、私達は別の執着を刻んでいるのだ。
全員がそれぞれの執着を刻んで生まれる。
私達にある永劫続く執着⋯⋯。
中でもある種共通しているものが一つある。
それは、争いである。
争わなければ食べられない。
争わなければ性を満たせない。
争わなければ安住を作れない。
人と人を比べ、争いを作る。
私達に刻まれている執着を、私達人間はどうにか解く必要がある。
だがそれは、私達には凄く難しく、辛いことの連続である。
誰かが食事を盗られた。
誰かが殺された。
誰かが誰かを使って満たしている。
しかしまた自分も、誰かの辛さを引き起こしているのだ。
私は悪事は罪であると言うことに変わりはない。
しかし、私も、君たちも。
一緒なのだ。
私は君たちであり、君たちは私なのだ。
その苦しい心。
悲しい心。
殺してやりたい心。
快楽に浸りたい心。
誰かと何かを作れる喜び。
誰かが叶えてくれる。
そして私達の人生を豊かにしてくれる。
悪事を働き、いつかその者は気付く。
⋯⋯"あぁやってしまった"。
それで良いのだ。
そうしなければ、その者は気付くことなく、次の執着にすら進めない愚者になってしまう。
そうして悪道を歩き、その内⋯⋯善の道に気付く。
──それでよい。
人間の世界は決まっている。
悪も善も、両方あるからこそ、夜になれるのだ。
悪を得ないと、善という夜の世界には進めないのだ。
故に子らよ、沢山経験をしなさい。
そして心に罪を刻みなさい。
そして、赦しを覚えなさい。
さすれば全ての人間に真なる夜が与えられる。
三つの夜を覚える事。
そうすれば皆、争いはなくなる。
「⋯⋯だが、それは無理だぞ」
「──ははははは」
血を噴き出しながら笑っている。
「何がおかしい」
「もう、私自身の"役目は終わった"よ」
「何?」
「新しい夜の光をもたらす者。
世界を変える者がもういる」
雨が、止みやがった。
「虎獅子⋯⋯私は、君が"その時"、光に居てくれる事を願っているよ」
「なんの話だ?」
「ふふふふ。
私は先に、
上で待っているよ」
すると、ヤツの体は黒い光を灯す。
「な、なんだ⋯⋯!?」
燃え上がって光って、空に飛んでいく。
「エデン!!!!」
クソッ。
「チッ⋯⋯!」
最期まで言いやがって。
「あの⋯⋯虎獅子⋯⋯」
「今は一人にしてくれ。
街を超えたんだ。
信じらんねぇくらい""弱体化""してんだからよ」
鬱陶しい。
ーーねぇエデン!
"ん?どうしたんだい?"
ーーなんで戦い方を教えてくれるの!?
"それはね⋯⋯きっといつか"
ーーいつか?どこ見てるの?
"子供たちが笑って過ごせるように、かな"
ーー笑って!?
"私の浪漫は、色々あるけど⋯⋯結局は皆が笑う事なんだ"
「⋯⋯⋯⋯」
ーー成長⋯⋯したね
何なんだよ。
どいつもこいつも⋯⋯
「俺に何を求めてんだよ、くそが」




