過去の衝突
エデン・リアスマリア・ラスオブ・べリエル。
その名はこの世界において最も忌むべき名前だと知っている。
「ハッ」
まじで下手したら全盛期並みの威圧感あるぜ?
⋯⋯ありゃよ。
内心呟かられる虎獅子の心境とは裏腹に。
「あ、兄貴?」
横に並ぶエデン。
あれ程背中が曲がっていた身体はピンと伸び、咳もしない。
「トリス。
おそらくだがサヴァンが危ない」
圧倒的な夜の圧にトリスが半分仰け反りながら目をぱちくりしている。
「は、はい」
「そうか」
察したエデン。
一瞬下を向き、笑ってトリスを見下ろす。
「私がこうしてまともに立っているのはどれくらいぶりだろうか」
すると優雅に空を見上げるその瞳。
「感動話ちゃいますよ」
──ガチャンと銃口はエデンへと。
「久しぶりだね、バンズーリン」
「⋯⋯⋯⋯お久しぶりです」
笑うバンズーリンだが、少しの動揺が隠せていない。
全盛期を見たのはこの中で"虎獅子"のみ。
「トリス、時間があまりない」
「何をなされたんですか?」
「薬を飲んだ。
サヴァンが調合した成功作のね」
「本当ですか?」
「正直本当はエオに渡すつもりだったんだ。
この薬は一時期な復活との副作用で、夜の活性化や様々な効能があったからね。
⋯⋯けど」
その瞳は目の前の虎獅子たちへと向く。
「どうやらそれどころではなさそうだっていうのは私でも分かる」
「はい。
ドン・ゴが動きました」
「予想はしていたけど、かなり早いね。
仕込みは?」
「ハッ!
全員が消息不明です!」
代わりに跪いていた部下の一人が代わりに答えた。
すぐにエデンは指示を飛ばす。
「トリス、サヴァンの元へ急ぎなさい。
時間がない。
私達の命は捨てるものとする」
「「「⋯⋯っ」」」
「正気ですか?」
「至って正気さ。
我々の意志は──」
激しい夜と。
その瞳が物語る。
「昔も言っただろう?
我々の勢力は恐らく完全に潰れてしまうだろうと」
「っ、」
「私達の命、考え。
それらは成就する頃には名前が"変わっている"とも"無くなっている"とも言ったはずだ。
ノブレスという私達が掲げ続けた考えとは違くても、後継がなんとかするはずだ」
笑う瞳の中に込もった一人の人物がトリスたちの頭に浮かぶ。
「⋯⋯ですね」
頷いて全員の顔つきが変わる。
「元より彼らの目的はお前達も含まれているだろうが、獲物は私だ。
⋯⋯サヴァンを頼む。
私の情報を正しく伝えられる人物が消えるのは惜しい」
「兄貴⋯⋯」
「心配するな。
無駄死にはしない」
見つめるその眼をエデンは笑い飛ばす。
そう。
風が吹きかける⋯⋯一瞬。
──バチィィィ!!
トリスの眼前まで音も無くやってきた一発の銃弾。
それを激しい赤黒い夜が悉く潰す。
「⋯⋯⋯⋯さすがやな」
雷撃の音を立てたエデンの掌には銃弾が握り締められている。
「バンズーリン。
私はお前に教えた事が多かったはずだ」
「ですね。
人の在り方とやらを毎日教わった気がしてますわ」
土に落ちる銃弾。
同時──バンズーリンの瞳が大きく揺れ動く。
周囲の自然がまるで、一斉に牙を向くような、そんな悪寒。
エデンという絶対に起こしてはいけない悪魔。
選択を誤ってはいけなかった。
溢れる夜が局所的にあふれ出し、その荒々しい夜はバンズーリンの予想を遥かに超える速度と威力で仲間たちへと向かっていく。
「⋯⋯っ!?はよ避け!!」
だが遅い。
──雨のような轟音。
ただ視線をバンズーリンに向けただけ。
それだけなのに⋯⋯一瞬で数人いた仲間たちの首だけが綺麗に吹き飛んでいた。
そして問題のバンズーリンの前には。
「よぉ、お手柄くん。
死ななくて良かったなァ」
その後方にはまさに大砲を複数回撃った跡のような惨状が広がっていた。
虎獅子が咄嗟に広げた夜で人二人分のスペースの確保に成功したが。
「やはりあの時のようにはいかないか」
「ッたくヒヤヒヤするぜ」
そこには心底臆している虎獅子が両腕で必死に腕を交差させている姿がそこにはあった。
「懐かしいね」
腰で腕を組み、ゆっくりと歩き出す。
「あの頃、私も若かった」
こめかみに流れる冷や汗。
虎獅子の顔はこれまでで誰も見たことのない焦りが見える。
「アンタ、呪いにかかってたよな?
てか、今もそうだよな?」
足は止まる。
「そうだ。
だから言っただろう?
一時的に活性化する調合薬を飲んだんだよ」
そのふざけた作製者を後でぜってぇぶち殺す。
「少し付き合ってくれても良いだろう?
昔私から習った子らの一人⋯⋯としてね」
全員の視線が虎獅子に向かう。
「⋯⋯チッ」
「あ、兄貴?そ、それって⋯⋯」
「私は昔、誰にでも戦い方を教えたんだ。
弱者が強者に跪くことなく抗う事のできる戦い方を。
私は縁があってね。
夢の中で誰かが入れ知恵をしてくれてね⋯⋯きっとこれは私一人のものではなく、誰かに伝える為なんだと思って当時広めた。
だが当時の四大頭に伝わり、反発され、潰された」
枯れ葉が落ちるような顔で語るエデン。
「悪用されてしまった。
まぁ、それでも私にはやるべきことがあると思って伝え続けていたが、その時いた中に今の四大頭がいた。
⋯⋯彼らが子供の時の話だ」
「御託は良いからさっさとしろよ」
「恥ずかしそうだね、虎獅子」
「汚点が⋯⋯黙ってろよ」
「けど虎獅子⋯⋯君は分かっているはずだ」
構える虎獅子。
夜を纏い──駆ける。
距離は一気にゼロ地点。
だが相手は⋯⋯今までとは違う。
「私の教えを"正しく"理解していた」
全てを破壊する。
そんな男の拳から繰り出される一撃。
だが容易く手首をもたれ、もう片方の手で頭を撫でる⋯⋯慈愛の込もった笑みが虎獅子を苛つかせた。
「ッ⋯⋯!!!!」
「本当は分かっているだろう?」
「──黙れ!!」
実にらしくない、必死の連撃。
そしてそれをいとも簡単に、最小限に避けるエデン。
「理解しているからこそ⋯⋯そのあまりに遠い話に、絶望したのではないか?」
「っ!!」
当事者以外は何も理解できない話。
暴力的な連撃を受けながらエデンはトリスに言う。
「トリス、早く行きなさい。
私の時間はあまり長くない」
「オイ!余所見すんなy──」
一気に湧き上がり、虎獅子の腹を打ち抜くありえない拳。
話聞正覇希魁値。
(正しく理解しているだけで産まれた意味がある)
エオの一撃とは天と地ほどの差がある⋯⋯まさに化物と呼ばれるに相応しい暴力的な拳。
「うグッわぁッ!!」
あの虎獅子が飛ばされる。
そしてその穏やかで、華やかな視線は。
「行かせる気はなそうやなぁ」
⋯⋯バンズーリンに向く。
「そっちから仕掛けたんだ。
少し付き合ってくれてもいいとは思わないかい?
私だけ盛り上がって少し寂しい」
「っははは」
バンズーリンの空笑いが木霊する。
「っ、兄貴⋯⋯」
「行きなさい」
「ッ⋯⋯」
「これまで本当に良くやってくれた」
「⋯⋯⋯⋯」
「次は若い世代に託す。
私達のような老いぼれはもう用済みだ」
遠くの山が爆発している。
それに続いて、響く唸り声。
「クソっタレガァアアア!」
空間を裂くような衝撃波の中、エデンは満足げに笑ってトリスを横目で見つめる。
「私が最初に教えたことだ。
万物に感謝を⋯⋯ありがとう」
何とも言えない表情。
トリスはその笑みを悟ったのか、滴る。
「っ!!」
鼻が膨らみ。
「お世話になりました!!」
振り返って、ただ走った。
それは初めてご飯を食べた子供のように。
「行かせへん──」
銃を構えるバンズーリン。
「余計なことするなバカタレ!」
──ギュン!と。
それは一人だけ生きている時間が違うように誰よりも速く夜がバンズーリンへと拳が気付けば動いている。
「っ、なっ!!」
⋯⋯至闘浄拳。
空間を走って飛ぶその一撃。
全く無駄のない⋯⋯隙のない動き。
それを虎獅子が急いで防ぐ。
「っく!!!
迂闊に動くな!」
「っ!す、すんません!」
「トリスたちは行かせるよ、いいね?」
ノーを言わせないエデンの圧倒的な夜の威。
「じゃあ──少し楽しませてもらおうかな」
そう笑うエデンと、地獄の形相をする虎獅子たちの戦いがそうして始まった。
⋯⋯時間潰しとして。




