凶星
七夕と凶星が重なるとは。
ーーー
やっ⋯⋯べぇな。
知る人ぞ知る⋯⋯そんな段階の話はとうに過ぎた。
相手は、東を取りまとめている伝説の男。
「よぉあの時のガキ」
口調は普通。
しかし、そこには圧倒的に見下ろす冷酷な目がトリスに向いていた。
「どこに居る?」
「⋯⋯何」
「俺は探している。
それが"何か"──お前は分かっているはずだぜ?」
広がって揺れる、鬣。
垂れてくる前髪をかき上げ、虎獅子はただ吐き捨てる。
「あのガキとお前を"一緒"にするな。
アレは間違いなく本物だ」
⋯⋯なんの事だ?
"本物"?
「まぁいいか、とりあえず⋯⋯隠しているのなら呼べ。
俺は虫の居所の長さは短い方だからな。
帰ったらさっさと俺の女と寝るんだ」
一見余裕たっぷり。
そう見えるが。
虎獅子の野郎⋯⋯何処か焦ってる?
──あの"虎獅子"が?
いや。
「知らん」
「ほう?」
驚いたようにトリスを見下ろす虎獅子。
「俺に敵うはずもないことは知っているはずだが?」
「あぁ。
もちろんだ。
⋯⋯だが、ただ死ぬわけにはいかんし、隠してもいない」
昔の話については多くは知らないが、最後まで信じる!
それが俺の──信じた人生だ。
ーートリス、サヴァン。
「⋯⋯⋯⋯フッ」
虎獅子が笑った?
「まぁいい。
呼ぶ気はないんだな?」
指で頬をかく虎獅子。
──すると。
「ッ!」
部下も驚いている。
それはそうだ。
虎獅子の噂は、噂の中でも噂。
どれだけ本人が強いかなんて⋯⋯普通知らない。
ギィィィ──!!
この鉄を削るような虎獅子独特の夜の音。
そして。
「トリスさん!?揺れています!!」
「⋯⋯分かってる」
東の虎獅子。
その強さは公表されてはいない。
ただ、よく下々の前にも現れることから目撃証言は多い。
だが、それらは脚色されている事が多く、どれが事実かわからないことがほとんど。
「だが、まさか事実だとはなぁ」
──ギィィィィッッ!!!
その夜は破壊を備え、周囲の山をも揺らす。
土は荒らされ、色が変色している。
「くっ⋯⋯」
本人は"何もしていない"。
ただ立って俺達を見ているだけ。
「まぁ良いや、何れ来るだろうから」
「──なんの話だ?」
兄貴は逃し──
トリスが振り返った⋯⋯その時だった。
*
フォークの立てる音がその部屋には響く。
「さて、今後の話と行きましょうか」
円卓を囲う。
あまりに荘厳なこの場に、並ぶ数人の人間。
「と、その前に」
中でも一際目立つ⋯⋯一人の端正な顔立ちをした男が窓の外を眺める。
その所作に数人の男たちは首を傾げる。
「どうかいたしましたか?
""""べリエル卿""""」
カタン、とべリエル卿はフォークを置いて、カップを手に取る。
「今日は凶星の日です」
「凶星?今日がでしょうか?」
一口飲み、頷くべリエル卿。
「べリエル家は由緒正しき占星術の一族。
過去から何世代も、何度も我々を導いてくれた次の"上に上がれる"血統ですからね」
一人の男が笑いながら褒め称えている。
「ハハッ。
彼の排出してきた方々は歴史でもかなり有名な者ばかりでございますから。
それに、子供もよく""""産まれる""""」
続くように褒め称える一人の男。
「いえ、私が思い出しているのは⋯⋯」
息を呑むような只事ではない空気。
だが、べリエル卿はさわやかに。
──口を開いた。
「私の子が大変迷惑をかけたと」
「「「「はっははははは」」」」
真顔でそう言い放つべリエル卿に触れたくない話題なのか、全員が愛想笑いでやり過ごし、冷や汗をハンカチで拭いている。
「べリエル卿、その話は昔の話ですから」
「そうです!
仕方ないこともあるではありませんか!」
「今思えば⋯⋯私が間違っていたようです。
凶星の日に産まれた、我が愚息」
「ところでべリエル卿」
「む?」
「凶星とはどんな意味が?」
「凶星は漂っている夜と人間の血が一定の比率で集まる日のことを指します。
すると空には紅星という星と似たようなモノが浮かぶのです。
⋯⋯そしてその時期に産まれる子供は、"悪魔"が宿ると我が家ではずっと言われています」
「そうなのですか」
「妻には何度も言ったのですが、どうしても今日じゃなきゃだめだ⋯⋯なんて言うものですから」
「何処の家も妻の扱いには困っておられるようですな」
はははは、と上品ながらの笑いに包まれる。
⋯⋯だが。
「ところでべリエル卿」
「む?」
「ということは今日何か、占星術で見られるのでは?」
"お前は何やってるんだ"という全員の目線が加わっているのだが。
その男は食うように続ける。
「前回が愚息の産まれた事ですから、もしかしたら」
「まだ"生きてる"と?」
「何を言う!
べリエル卿が当時あれほど戦力を投じたのだぞ!?
生きてるはずがない」
それは遥か昔の話。
彼らがまだ当主となって間もない頃の話である。
ある一人の貴族の子供。
それは今ある思想からかけ離れた恐ろしい思想を掲げた。
そのせいで当時の四大頭と貴族の戦力が投じられた。
──そう。
"全勢力"がたった一つの勢力を恐れたのだ。
裏を返せば、その勢力に、もっと言えば一個人を恐れたのだ。
主犯は一人の貴族の少年。
その貴族の少年は変わった子供だった。
気質が決まっている貴族の子供。
だがその子供は、ある考えを元に立ち上がった。
しかし。
それは早々に潰される。
下界へと落とされ、なんの余儀なく地獄の暮らしをさせられた。
だが、そこから数百年。
いや。
もっとだろうか。
たった一人の子供は数十万人を引き連れる化物へと進化したのだ。
⋯⋯しかも。
その勢力は既存の勢力から引き抜いたわけでもなく、飢えていた全ての子供を引き受けた孤児院に近い。
だがその子供たちは皆──特殊な夜の使い方を学び、夜を持つ大人を打倒しうるまでに進化した。
大人になればその力は増え、増え、増え。
やがて数万どころではなく、勢力としては異例中の異例。
そう。
既得権益の全てを享受する貴族を"本気"にさせたのだ。
⋯⋯たった一人の個人、がだ。
思想は伝播し、かつてはその第五の勢力を恐れた。
だがその力は長くは続かなかった。
続々と抜けていき、次第に勢力は弱まってしまった。
今となっては歴史の問題のようなものだが、数ある歴史の中で、最も有名なその話は現在でも続いている。
当時の四大頭。
今よりも比べる事すらおこがましい程遥かに強いと言われていた猛者ばかり。
北の至宝、アルベド・カシュトーレ。
東の怪物、テオドール。
西の天才、ユリウス・アシュトレア
南の最高到達点、サラジャンティウス。
そして。
その他に。
──第五の勢力があった。
*
「ほらな、待ってたぜ」
歯を剥いて笑う虎獅子。
ただし、そこには余裕たっぷりな顔ではない。
⋯⋯"恐れ"。
肺が。
喉が。
鼻筋が。
臓器が恐怖しているのだ。
虎獅子達の目の前に悠々とやってくる一人の人影。
それは暗闇から乗り出してくる悪夢。
風が、全員の肌に囁いているようで。
"凶星"──その名に恥じない夜に産まれた誉れ高き存在である。
「ハハハ」
やべぇなありゃ。
全盛期並じゃねぇか?
どこまでも伸びる赤黒い夜。
全方位に伸びるそのうねる雷筋は全員を震撼させる。
「⋯⋯子らよ」
静かに。
ただ祈るように。
男は暗闇から乗り出してくる。
──"全勢力が恐れた"
──"その名を聞くと震え上がる"
──"貴族が唯一恐れた史上最悪の男"
──"あまりに強く、あまりに現在でも多くの人間に影響を及ぼした伝説の勢力を築いた男”
──"神の愛し子という絵画のモデルにもなった男"
第五の勢力。
──消えた神が愛した唯一無二の子。
羅針盤、頭──。
その名は、
"エデン・リアスマリア・ラスオブ・べリエル"。




