閑話:虎獅子
そこに、一人の男がいる。
「今日からこの九十六通りはこれで俺のモンだな!」
「くっ!」
その一人の男は、少しだけ離れたところから殴り合う光景を、横目で絶世の美女に囲まれた状態で眺めていた。
多種多様の美女だ。
一人二人ではない。
──30、50人規模だ。
それをなんにも発することもなく、ただ、ただ食事をしながら。
齧りついた肉汁が口の中へと消える。
男は誰にも手を出しているわけではないが、その場に圧倒的な威圧感で美女たちも一挙一動⋯⋯全てに神経を巡らせているのがわかる。
一番近くで水を用意している女の唇の震えがそれを示して。
「⋯⋯失礼します」
そこへ、一人大男が一礼して言葉を待つ。
「ガイルクか」
片足を上げて椅子に乗せ、男は振り返る。
「ご報告が」
「この場で言え。
この女達は俺様が長年共にしてきた奴らだ」
「では」
軽く会釈をして男の前に並べる⋯⋯一枚の紙。
「南?」
「はい。
現在、南では過去900年ほどなかったとされる大規模な戦争が始まっています」
「戦争⋯⋯」
肉を置き、男は両脇の女の肩に手を回し、紙を覗き込む。
「リオン兄弟って奴と、ドン・ゴ⋯⋯はは、面白い話だな」
空を眺め、男は昔を思い浮かべている。
「現状、南の被害は相当に広がっており、穀倉地帯を占める南ではかなりの痛手になるのではないかと他の者も考えています」
「ドン・ゴ⋯⋯アイツの発火で暴れだしたら、どんだけ被害出るのか⋯⋯あのバカ分かってねぇだろうな」
「南はこれと言った特産物がない代わりに、穀倉地帯としては超一流ですから。
しかし、小競り合いのせいで満足に用意できていないが現状⋯⋯という所でしょうか」
頷いて、男は言う。
「それだけじゃねぇんだろ?」
「勿論です」
小さく頷いてガイルクは続ける。
「今回の報告に関して私がもっと上げたいのが⋯⋯コレです」
出てきた紙を全員で覗く。
「光⋯⋯これも光⋯⋯黄金⋯⋯んだ?これ」
「虎獅子様、これって⋯⋯」
「なぁ?やっぱりそうだよな?
リィ」
「はい!私もそう思いますわ!」
そして全員がガイルクを見上げ、返事を待っている。
「はい。
南のある通り⋯⋯そこで奇妙な一致が起こっています」
ガイルクはその紙のある場所を指す。
「この謎の光が天から降り注ぎ、中には夜の雷が空から落ちてきたという報告も上がっています」
「夜の雷が天から?
んな事あるわけねぇ」
「はい。
あれは"能力"によりますので、"偶然"にしてはおかしいかと。
とてつもない程の強者達が南に生まれた可能性があります」
「あの貴族共が恐れる⋯⋯光の時代とか言うやつだろ?馬鹿馬鹿しい。
予言だ、未来だ⋯⋯俺らがどんだけ君臨してきたと思ってんだ?」
「我々はもう時期2000に迫る勢いですから。
そう思うのも不思議ではありません」
ガイルクの言葉に目を細めて虎獅子は言う。
「お前は信じてる寄りか?」
重圧が張り詰める中、少し間を置いて⋯⋯ガイルクは発した。
「正直に申し上げると、極めてその可能性が高いと感じています」
「理由は?」
「今回の報告書に加えて、以前もお伝えした北での話も上げられています」
「何だったっけか⋯⋯北で南に行く方法を探している奴が複数人いるっつー話だろ?
なるほど。
南に向かいたい勢力が何か理由を隠していると言いたいのか」
「勿論、これは今、虎獅子様にご納得いただけるような証拠を集めたまでですが」
「じゃ、気持ちの部分では?」
「私としては、予言や教典の内容にしてはかなり、詳細に書かれ過ぎかと感じています」
「確かになぁ。
なんか導入だけでクソ分厚い本一冊だったもんな。
しかも教典も加えると本だけで死ぬほどあるだろうし、持ち出し禁止だからな。
⋯⋯真実を知っているやつが少なすぎる」
「はい。
一部記憶しているところで言うと、黄金の光が現れたその日、神はその御姿を出す。
それはきっかけに過ぎない。
神というのは人々が気付かないからこそ、神なのである⋯⋯だったと思います」
「しかも、長らく南がガラ空きだったのは、貴族連中共が南に悪魔が現れるから頭を決めるなとまで言ってたからな」
「はい」
その時。
金属の澄み渡る音が虎獅子達の耳に入る。
「頭⋯⋯っ」
既にそこに、虎獅子の姿はなく、ガイルクが見上げたその時、既に。
*
「てめぇ!!
武器なんて使うなんて恥ずかしくないのか!」
「⋯⋯ここは勝ったやつが偉いんだよ!」
両膝を付き、頭から血を流す⋯⋯一人の男。
そしてそれを見下ろす⋯⋯短剣を手にする一人の男が言い放っていたところだった。
「「⋯⋯っ!!」」
世界が、暗闇を更に暗くさせる。
──ドン!
集団の男たちはその音の方へと目を恐る恐る向ける。
それは、ただ一歩地面を踏みしめる音。
──ドン!!!
踏みしめると黒い雷が一人の足元を紅く、そして地面を分散的に抉る。
弾けるその雷撃は、周囲にまで影響を及ぼす。
「お、おい⋯⋯」
一人の呟き。
それはこの東に住む者で、知らない者はいない⋯⋯ある有名な言葉がある。
獣の鬣のような髪型で上裸の男がいた場合、すぐ様逃げろ。
「ま、まさか」
背中には謎の植物の記号が刻まれ。
その脇に至る隅々にも何かの記号・言葉が刻まれている。
──ドンッ!
腕や指にも謎の文字が刻まれ。
「ひ、東⋯⋯最強の⋯⋯」
「バカ言え⋯⋯この世界で最強の一角だ」
風の話だ。
その男は一度も負けた事はなく。
その男は生まれてから今日に至るまで。
"君臨し続けたという"──。
直後稲妻が墜ちる。
凄まじい覇気に誰もがその場から動くことすら許可されない。
「何処のどいつだ」
放たれた一言。
「俺様は一言も言ってないぞ」
その紅い雷を放ち。
「俺様は強ければ良いと言ったが」
歩みは止まる。
目の前にいる二人は放心状態である。
それは熊に見下された時よりも酷い光景。
発する二人の鼓動が、その雷よりも大きいのが何よりもの証拠。
「俺様たちは人間。
だから、四肢を使って強くない人間は雑魚だ」
「っ、つっ!!!」
辛うじて短剣を構える男。
男には、見えている。
目の前の鬣を広げる男。
ポケットに両腕をしまい、その身体から漏れでる海のような紅黒い夜。
夜は能力として降ることはあっても、常駐はしない。
しかし強力過ぎる夜は、それを可能にする。
常に空間に細かい紅電が迸らせ、見つめられているだけで今にも心臓を止めそうなその眼光。
「なんだそれ」
鬣を炎そのもののように揺らめかせ、嗤う。
「女子供でも、武器さえあれば、誰でも殺せる。
⋯⋯そうだろ?」
猛獣に睨まれた蟻は成すすべもなしに斬りかかる。
本人も自覚している。
"勝てるわけないと"。
「うわァァァァ!!」
それを見て、男は溜息をつく。
指にはめられている大量の指輪。
""""翡翠""""で作られた腕輪。
その腕を僅かにあげ。
「だから嫌いなんだ」
世界が、揺れた。
それは石の礫が津波としてやって来た衝撃。
誰も声を発せられないまま、振り返る。
そして、静かに一言。
「弱い者イジメをするのは」
そのまま去っていく。
両手にポケットを入れ直して。
男が消えるまで誰もが目を離せなかったというが、その破壊力は⋯⋯周囲数キロにまで広がっていた。
これで彼の中では加減しているのだ。
ただ腕を振り上げて下ろしただけ。
もちろん、短剣を持った男の死体すら見つからない。
どこまでも剣で斬ったような抉れた地面。
それが見えなくなる向こうまで、その亀裂は続いているのを、ただ、見つめるしかなかった。
だが、一人。
「これが⋯⋯虎獅子」
発した。
恐らく服装から察して憧れている男だろう。
「これが⋯⋯敗北を知らない伝説」
また静かに、彼のようになりたい男は誕生する。
それが今の──いや。
昔より続く、この東の日常である。
掟を破る者は獅子が許さず、その中でなら、どんな事も赦す⋯⋯懐の深いアウトローの世界。
獅子は待つ。
ただ。ただ未知を。




