二人
『──よぉ!』
「⋯⋯⋯⋯」
知らない人がいる。
『──お前、俺を殺したんだろ?』
「⋯⋯はい」
なんで笑うんだ。
そして彼は、誰⋯⋯
──いや。
僕は彼を断片的に見たことがある。
声を、聞いたことがある。
『なんだよここ、きったねぇ場所だな』
「そうなんですか?」
『あぁ、俺よ、鈴木連って言うんだ。
日本ってところに住んでて、めちゃくちゃ綺麗だったんだよなぁ』
「日本?」
『なんだ、そんなことも知らないのか?
髪は黒いのに』
彼──鈴木連という人間は、日本という場所に生まれ育ったらしい。
「僕たちは大人から逃げてましたから、何も知りません」
『それは酷い世界だな』
「⋯⋯あ、酷いっていう感覚は僕だけじゃなかったんだ」
『ん?
だって俺がいた所なんてさ、大人を舐め腐っててさ』
エンとは違う、でも何処か、核の部分に彼を感じる。
話ながら眺める彼の顔は、そう思わせるような輝きすらあった。
そうして、彼は語ってくれた。
日本という所は、四季という季節と呼ばれる、暖かかったり寒かったりする時期というものが存在するんだとか。
ここにはそんなモノはない。
ずっと空は紫色で、全部が黒い。
『そうだ、お前はいくつなんだ?』
「恐らく15歳になるかなとは」
『うわー、俺もそんくらいの時は反抗期だったなぁ』
「反抗期ってなんですか?」
『ん?あぁ⋯⋯』
この人は僕達よりも凄い所に住んでいたのかな?
確かに見慣れない場所だったし、みんな綺麗な格好をしていたし。
『まぁよ、親は?』
「親?」
『え?
お前らどうやって子供が生まれるのか⋯⋯知らねぇなんて言わねぇよな?』
「知りません」
そう返すと彼は絶句。
首を横に振って、頬をパチンと叩いて。
『ほら、男と女が⋯⋯そのぉ⋯⋯な?
分かるだろ?』
「あ、奥の方のあの人たちの行為の事を言ってるんですか?」
女の子の高い響き渡る声と、僕達男の嬉しそうな声だ。
彼はそれを黙って見ている。
『⋯⋯はぁ!??』
その声に僕は咄嗟に仰け反る。
『え?何?
ここどんな世界なわけ!?
あんな美女⋯⋯ウラ⋯⋯じゃなくて!』
「僕は小さい頃から見慣れた光景なので、あまり何とも」
『なんて教育に悪⋯⋯っ』
なぜだか彼は手で顔を覆って、深い溜息すらついている。
『そっか』
「立ち直るのが早い⋯⋯ですね」
『てことはよ?
お前は子供なんだろ?
"どっから"産まれたんだよ』
簡単な問いだ。
「え?あそこの黒い穴からです」
指を差して彼に見せる。
『はぁ?
女から産まれるんだぞ?』
「何言ってるんですか?
女の人から産まれる訳ないじゃないですか」
子供はそもそもあの空間から生まれて落ちるんだから。
『え』
「え?」
『お前ら変だぞ』
「いや変というかなんというか⋯⋯だって、あそこから僕も貴方も産まれ落ちたじゃないですか」
『そうなのか?
俺は何となくお前に殺された気がするんだから発したまでだよ』
「⋯⋯そう、ですか」
不思議な感覚だ。
と、いうよりも。
「うわぁああ!!」
『んだよ!!
ビックリすんじゃねぇか!』
「な、なんか変ですよ!!
スズキさん!」
おかしい。
なぜだか彼の体はヒラヒラ。
転がってくる食べかすが彼の体にぶつかることなく通り過ぎているからだ。
『あ、本当だ。
俺、ちゃんと死人って感じなんだな』
あ、そうか。
この人を、"僕が殺したんだ"。
『そんな顔すんなよ』
「イテッ」
それは痛いの!?
「つーっ」
『⋯⋯はぁ、俺さ』
両足を伸ばした彼は、両手を後ろについて空を見上げる。
『自殺したんだ』
「自殺?ってなんですか?」
『自分で死んだ』
「えっ」
『俺は何でも良かったんだ。
ただ、俺を育ててくれた両親がさ⋯⋯』
あっ。
その話って。
「鬱⋯⋯とかいう単語ですか?」
そう言うと彼は驚いたように僕を見る。
『知ってるのか?』
「い、いえ、なんか突然頭になんか浮かんで!」
『死の間際って面白いな。
まっ、両親がさ、俺の為に毎日頑張ってくれてるのが見てられなくて、耐えられなかった』
「⋯⋯⋯⋯」
『俺が捕まってる間も、連は悪くない。
悪いのは相手の方なんだからってよ』
「⋯⋯⋯⋯」
『両親に気を遣わせて、俺は出てからも耐えられないような視線に向き合ったけど、一番のキツさは両親の空元気だった』
「⋯⋯⋯⋯」
『はは、この世界に生きてるお前にはわかんねぇよな』
ーーただいまー!
ーーあら連!
今日も頑張ったわね!!
「分かりますよ」
『⋯⋯え?』
「浮かんだ時、スズキさんの顔が見えた気がしたので」
すると僕をゆっくりと見つめ、段々と頬が上がって口を尖らせる。
『⋯⋯そっか』
その一言の為に、どれだけの時間を耐えてきたのか。
⋯⋯僕には分からない。
「人には多分、感情に出来ない言葉っていっぱいあると思います」
『そうかもな』
「最後にしてしまったスズキさんの行いは悪いことかもしれませんが、それだけでスズキさんが悪いということになってしまうのは違うと思います」
『⋯⋯っ』
「良い悪い。
そんなの、誰が見るかによって全然違うと思いますし、行動というのが僕達みんなにとって一番わかりやすい結果というモノになっているだけで、本当はもっとあると思うんです」
『⋯⋯俺、15歳でそんな事考えたこともなかったわ』
「僕なんて大したことないです。
弱いですし、まだまだ子供だと思います」
こうして見ると、したかしてないかで見る僕達人間の視点は歪なのかも。
「僕達人間の罪って、あるかないかで決めるから変なのかもしれませんね」
『⋯⋯0.100ってやつだな』
「ゼロ?ヒャク?」
『あぁ、数字って奴だ。
ゼロはない。ヒャクは限界って意味だ。
まぁあるかないかをこっちの言葉にした感じだな』
「あぁ⋯⋯面白いですね。
いつか日本の本を読んでみたいです」
『叶えばいいな。
この世界にいて行けんのかは怪しいところだが』
その時。
彼の体は少し輝く。
「『⋯⋯っ』」
凄い。
黄金色に。
「これが⋯⋯光るっていう事!?」
『そっか、ここでは光ることなんてないのか』
彼は両手を見つめて。
そして僕を真っ直ぐ見る。
その時、僕の目には。
「エン?」
「『エオ』」
重なったように、二人が僕に語りかけているように見えた。
『なんだよ、お前』
「うるせぇな。
俺は今託すんだから」
なんか喧嘩してる。
「あ、あの」
『エオっていうのか。
なぁ、』
二人は目配せすると、立ち上がって僕に歩み寄ってくる。
「『話してくれてありがとよ、コレ』」
短剣が差し出される。
「コレは?」
「『わかんね。
けど、渡さないといけない気がしてさ』」
「受け取っていいんですか?」
彼らの心のようなものだ。
能力は、その人に与えられた贈り物。
『当たり前だろ?』
「むしろお前にあげないで誰にあげんだよ」
重そうだ。
揺れている短剣。
「重い⋯⋯ですね」
違う。
この重さは、ただの重さではない。
魂のこもった⋯⋯彼らの人生が乗っかっている。
「『⋯⋯⋯⋯』」
見つめ合う。
二人とも、別人のように軽くなった顔付きで、僕を見ている。
「俺の想い」
『───託した』
「僕が、背負います」
二人の揺らめく輝きが、空へと登っていく。
⋯⋯どうしても叫ばずにいられない。
「僕!!!
絶対に叶えます!!!!」
「『⋯⋯⋯⋯』」
「みんなを笑顔にして!!!!
みんな友達になるんです!!!!」
「『⋯⋯⋯⋯』」
「必ず⋯⋯必ず変えます!!!!」
黄金に輝く二人は形を崩し、空へと消えていった。
──最期に、笑ったような気もする。
床にドサッと崩れ落ちる僕は、しばらくその場から離れられなかった。




