短剣
「ハァ⋯⋯はぁ⋯⋯」
な、何?今の。
「お前⋯⋯誰だ?」
相手の人の大きく膨らむ胸。
「え、えぇーと⋯⋯僕はエオ⋯⋯ですけど」
「ゴホッゴホッ!」
僕の服につく血。
そうか。
──"僕がこの人をこんな風にしたんだ"。
「よぉ⋯⋯その眼、初めて人を殺した顔だな」
「喋らないでください、死んでしまいます」
自分でも何がなんだかわからない。
さっきのはなんだ?
この人の名前と違う。
「失礼ですが、貴方の名前は?」
「エ⋯⋯ン」
違う。
さっきの人はレンって言ってた。
「スズキレンという人間は知っていますか?」
「⋯⋯あぁ?
知らねぇよ」
笑いながらそう返してくる。
誰だ?
でもあの断片的な⋯⋯流れるような。
「⋯⋯エオ」
「はい」
「お前は⋯⋯良い奴だ」
「良いやつではありませんよ」
「い⋯⋯ーや、お前は良い奴だ。
俺も⋯⋯昔よ。
大人になった時の事が⋯⋯あってよ」
「ここで誰か来るのを待ちましょう」
──"誰も来ねぇよ"
静かなこの場で、ゆっくりとエンはそう僕に言い切った。
「猟犬の人生なんて⋯⋯よ、たかが知れてる」
「⋯⋯⋯⋯」
「上の大人の言うことを⋯⋯はぁ⋯⋯⋯聞いて、俺達の生きる飯を地面にこぼされてよ⋯⋯笑われて⋯⋯よ」
「はい」
「昔⋯⋯お前みたいに⋯⋯はぁ、女も悪い奴じゃないって⋯⋯そう言って守ってた時もあった⋯⋯」
「はい」
「だけど⋯⋯俺には力が無かった⋯⋯。
何も⋯⋯出来なかった。
なん⋯⋯でだろうなぁ。ははは」
「その心が大事だと思います」
少しずつ身体が冷たくなってる。
足に指を当てると、少しずつ。
少しずつだけど、死という僕が初めて感じる生の感覚。
段々と僕の身体も鳥肌が立つのが分かってしまう。
「ははは⋯⋯選ばれた人間⋯⋯は、違うな」
「選ばれていませんし、僕は普通の人間です」
するとエンは首をゆっくりと動かし僕を見上げる。
「いーや⋯⋯お前は選ばれたよ。
ほら、」
残り少ない体力を振り絞り、エンは僕の後ろを指差す。
「お前⋯⋯には⋯⋯羽根が生えてる」
突然意味の分からないことを言う。
自分の体を触っても、特別違和感がない。
何も生えてはいない。
「何言ってるんですか」
確かにこの世界には不思議な事がある。
そう本に書かれていた。
例えば死ぬ間際、突然変な言葉を話し出す人もいれば、謝る人も居たりするらしい。
幻覚という無いものが見えたり、ありもしないのが実際起こったりしているのを見たりするんだとか。
「いーや、お前に⋯⋯は、目がいっぱいある」
「目が?」
「気持ち悪くもない⋯⋯俺を⋯⋯まるで見透かしたかのような⋯⋯人間じゃない目が、いっぱいある」
羽根、目⋯⋯。
何が見えているんだ?
「お前は⋯⋯俺じゃない。
アッチにいる側の人間⋯⋯だ」
「アッチって?」
「──頭。
俺が見てきた地獄のような強さを持ってる⋯⋯異常者ばかりの世界。
全てを手にして、まだ⋯⋯何かを求める人間破綻者⋯⋯ハ、ハハハ」
「あの──」
「エオ」
言葉を遮り、エンの真っ直ぐな瞳が僕を見つめる。
「俺は⋯⋯諦めた⋯⋯。
だが⋯⋯お前は⋯⋯」
──"最期"まで、やってくれるか?
「⋯⋯⋯⋯はい」
身体全部に響いてきている、彼の気持ちのこもった言葉。
僕は頷かずにはいられなかった。
敵なのに。
僕が倒さないといけない人達。
「俺もよ、はぁ⋯⋯はぁ。
頑張ったことくらい⋯⋯あんだよ」
まずい、もう冷えてる。
「大丈夫です。
喋らなくて」
「俺は⋯⋯いや、後は""頼む""」
ドスン。
僕の胸に彼の拳が触れる。
そう発した瞬間。
「あぁ⋯⋯里菜⋯⋯」
「エン、」
「俺⋯⋯あの日、」
途絶える。
彼の顔から生が消えた気がした。
「エン」
風が彼を迎えに来たみたいに髪を揺らす。
人は死ぬと、目は閉じないらしい。
揺らす。
「起きてください」
人は死ぬと、こんなに分かるものなのか。
揺らして、頬を叩く。
「起きてください!」
瞳は開いているのに、死んでいる⋯⋯そう言われて分かるものなのか。
「起きろ!!」
死。
今まで、何度も見てきた⋯⋯だけど。
"これは自分が起こした死"──。
大人にいいようにされてきたあの時とは違って、これは、自分が力を使って相手を制圧したという単純な事ではない。
あの時、相手を殺すという気持ちが確実にあった。
だからこその⋯⋯。
「なんで」
ーー死は本来その人が持つ本性を露わにするという。
本で習った事だ。
「この人は⋯⋯」
ーーなんでだよ!!!
「この人はただの普通の人じゃないか⋯⋯」
少なくとも、他の人たちはわからないけど、この人は僕達が思ってるような人じゃなかった。
ただ、世界に跪いただけの⋯⋯"人"じゃないか。
僕と同じ⋯⋯っ。
「なんでこの人は──」
ーーお前に教えてやる
「最後だって⋯⋯力を抜いてた⋯⋯!」
なのに。
「僕が殺した」
いや。
でもそうしていなければ僕が死んでいた。
「っ、」
彼の体の上に不自然にある黒い揺れる短剣。
「能力の⋯⋯短剣」
握ってみると、短剣は僕の心臓に吸い込まれていく。
「え?」
すると、意味もなく頭の中に短剣の使い方と能力の説明みたいなものが駆け巡る。
「⋯⋯えっ」
僕に、能力らしきものはなかったはずじゃ。
「発してみよう」
「──想起せよ」




