教典、最初の文言
初めて教わった時、僕はあれ程恐ろしい力を見たのは初めてだった。
『す、凄い』
耳が無くなりそうなデカイ音。
⋯⋯今のは?
『いいかい?
勢力が何故強大な力を有しているのか。
⋯⋯それはひとえに戦い方をよく知っているからだ』
『戦い方?』
『私を含め、頭と呼ばれる領域に入る人間は500歳を優に超えている』
ご、500歳?
『となると⋯⋯500年?ですか』
『そうだ。
それも、確立した戦い方を既に最初で掴み、夜の扱い方も熟知している上で⋯⋯だ』
そ、そんな怪物たちを相手に、僕は世界を変えるなんて酷い話だ。
『ビビったかい?』
心を読まれた気がする。
『⋯⋯少しだけ』
『正直でいいよ。
だが、その怖さは武器になる』
『武器⋯⋯ですか?』
『傲慢、無知、無鉄砲。
これらは先天的に持っている人間は修正するのに相当な努力が必要だ。
──なぜなら、逆もまた、成るのに時間がかかるからだ。
いいかい?
どちらも必要なんだ。
無知故に戦える人間がいないといけないし、恐れて慎重に盤面を動かす人間も必要だ。
傲慢に胡座をかく人間も必要だが、恐ろしいと思える人間が座を握らなければいずれ⋯⋯破綻する。
エオは優秀だから相手が強い事への恐怖と対策を練ろうとする。
今まだ良いのさ。
今は、南の座を握る所から進まないとね』
『はい!』
改めて見ると、この技、抉れ方が違うような。
『ジェルマは大昔の記号になぞられているんだ』
『大昔?』
『うん。
クロスとも言うんだってね。
この技は一人に使うのではなくて、複数人の時に使う技。
片方からの振り下ろしで一撃。
そして少し打つ間隔をずらしてもう片方で一撃。
速いから同じに見えるんだけど、実際はズラして両の脚でこう⋯⋯蹴り下ろしている。
子供が使えば多少は力になるだろうけど、大人になれば夜の器ができるからただの蹴りにも夜が乗っかる。
今のエオにとっては十分有効なはずだ』
──そこまで考えて。
『ありがとうございます!!』
『いいかい?』
下げていた頭を上げる。
『はい?』
『私達は浪漫を掲げる人間だ。
この力は誰彼構わず使うものではなくて、己⋯⋯意味は自分だけど、己が使うべきだと判断した時のみ、使って。
私はエオの浪漫を信じている』
*
「ベルさん。
僕、自分の浪漫を守りたいです」
土には初めて使ったジェルマの痕跡。
「誰かから奪うなんて⋯⋯そんなの僕の浪漫じゃない」
己で創ってこそ⋯⋯だよ。
「て、てめぇ!!」
「あ、アイツ⋯⋯!
第一段階突破者だ!」
一人の大人が僕を指さして言う。
レクイエレ?なんだろう。
「あんなの⋯⋯知らない!
くそっ!」
「お前行けよ!
お前いつも夜自慢してただろ!」
何やら揉めている。
どういう事?
何もわからないんだけど。
「もう彼らを追わないんだったら良いよ」
「「「「え?」」」」
僕には、まだ"人を殺す勇気"がない。
僕はあんな風になれない。
覚悟が足りないのは分かってはいる。
けど、まだ。
──まだ、僕は浪漫に覚悟はできていても、殺す覚悟は出来ない。
なんて言ったら⋯⋯トリスさんに半端者って言われちゃうんだろうな。
ーーエオ!
見上げ、僕は無意識に流れてくる声に、頭の中で返事を言葉にしていた。
デンデラ。
僕は君が恋しいよ。
こんなに心が苦しい事なんだね。
人を痛めつけるのって。
殺そうとしたらキュッと胸が縮こまっちゃうよ。
「早く行って。
無闇に殺したくないから」
「っ、お、おい!!
早く行くぞ!」
「そ、その顔!
覚えたからな!」
自分たちが殺られるとは思わない人間の反応ってこうなのか。
本当、少し前の自分だったら想像できなかったな。
最近おんなじ事を何回も思うようになっちゃった。
歳を取るってこういう事なのかな。
「はぁ⋯⋯頭、かぁ」
*
「おい、見たか?今の技」
エオが対峙しているときの事。
二周りくらい距離の空いている屋根で伏せる二人の人影。
「まさか⋯⋯な?」
一人の男の言葉に首を振って反応する。
「いや、だが⋯⋯あれはジェルマ?」
「まさか。
もうあの勢力は"1000"年以上も前の事。
流石に気のせいだとは思いますが」
「亡霊か?
それとも悪魔の復活なのか?
ギース、早く紙をよこせ」
慌てて懐から紙束を渡すギース。
「しかし」
「もしかしたら⋯⋯運命はまだ我らを捨てていなかったかもしれん」
「ダドマ様!
今教典の話はタブーです」
「何がこの世界は神がいるだ。
我が家には本物の神を綴った書物が何十にも書き渡って当家秘宝として代々降りてきているんだ。
世界共通の神?
見ろ、我が家の書物に出てくる主人公そのものじゃないか!
特有の夜を持たない少年。
地獄での使命を果たすため、天王仁降臨す。
数百万年続いた永き暗闇は、あまりに光り輝く一人の少年から始まる物語である。
光は少しずつ広がり、その全てが世界を変えるだろう。
やがてその少年は世界に光を与え、多くの地獄の民を従えるだろう。
その少年は穏やかで争いを好まない。
世界は少年に希望と安寧、幸せを与えるだろう。
自然は少年の味方をするだろう。
だが地獄は彼を歓迎することはない。
多くの困難が待ち構え、少年をどうにかして引き摺り込むだろう。
しかし、少年は染まることはない。
やがて地獄の業を背負う時が来る。
その地獄の業を背負った時、永い闇の勢力は滅ぶだろう。
その時全ての世界が光に満ち溢れ、地獄の民たちはその少年をいずれ"神"と呼ぶだろう。
神は自身を神と呼称しない。
世には神を自称する者が多くいるが、本物は自覚すらしていない。
人々の祈りから存在は本物に成るのだから。
地獄の業を背負う光の神よ。
どうか、我が子孫を永遠の楽園へとお導きあれ。
(エオラビシアスエデンデラクルンスィソ)
後世に伝えよ。
少年は間違いなく人々から飢えを消し去り、憎しみを消し去り、人々から笑顔と慈愛を取り戻させるだろう。
光の時代がやってくる。
永き暗闇を耐える我々の世代は未来の子孫に託す為の準備期間である。
⋯⋯教典の、最初の文言だ。
絶対にアレだろう!?」
「どこで誰が聞いてるのかわからないんですから!」
「クソッ、早く伝えないと。
なんで我が家はこんなにも対応が遅いのだ!」
スラスラ書き進め。
「よしっ!
早く行くぞ!
我々のやるべき事が見えてきた!」
立ち上がってすぐさま何かの力で消えるダドマ。
「え!?
何をやるんですか!?」
同じようにその場から吸い込まれるように虚空に消えるギース。
この時、間違いなく世界は何かが始まろうとしていた。
まだ見ぬ場所へと向かう準備期間とやらの始まりなのかもしれない。




