大人になるという事
扉を閉めて、ゆっくりと見上げる。
紫色の空。
いつも見上げていた空だ。
「アレが紫色だということも、この空は暗いということも、何も知らなかったな」
今では昔見た場所や景色も、全く思うことが変わる。
今まで見ていた世界はどれくらい狭くて、浅い事だったのかを。
「⋯⋯っ」
見上げていると、僕は気付く。
中央にある空と地の間。
"地の恵み"。
そこから落ちてくる──子供達の姿と、動く大人たちの光景がそこにはあった。
なんて皮肉な名前なんだろう。
昔では気持ちを言葉にする事なんてできなかったよね。
恵み⋯⋯そう。
大人からしたらそっか。
「⋯⋯⋯⋯ふぅ」
胸が張り裂けそうになる。
違う。
僕は今"そういう"事をしてはいけない立場だ。
大量の子供があそこから今日も流れ込んで来る日々。
──見てはいけない。
「帰ろう」
紙に書かれた通りに進む。
"軽く見ていけ"なんて先生は言ったけれど、とてもそんな気持ちにはならない。
しばらく歩いていると何処からか声が聞こえてくる。
「っ!っ!あっちからなんか来てる!!」
"ねぇ、君の名前は!?"
ーーえ!?俺はジーラ!
おいっ!そこのいかついのは!?
ーー⋯⋯デンデラ
"僕達で逃げ切ろう!"
「⋯⋯⋯⋯」
はぁ。
無視だ。無視。
「ここならあの人たち来ないよね!?」
ほら、ちょっと先にもう入口が見える。
確かにこの辺は入り組んでいるから、道に迷うよね。
裏道と細い道、交互に絡み合った所だし。
「⋯⋯⋯⋯はぁ」
違う違う。
今は違うんだから。
僕はただの大人の一人で、今はまだ、思ってるものと違う。
「助けて!!!」
「はぁ⋯⋯チクショウ、手こずらせやがって」
"ジーラ!!"
ーーえ、エオ⋯⋯
「⋯⋯ふぅ」
今日の土は、なんて汚いなんだろう。
もう少し歩けばいいだけなんだから。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯!!」
「っ!」
目の前から走ってくる──数人の子供たち。
「ねぇ!誰かいるよ!」
「あ、あのっ!!」
目の前にやってくる⋯⋯数人の"子供"。
縋るように、僕の目を見て言う。
「た、助けてください!」
「い、今!」
そう言う中、一人の子供が僕を青ざめた瞳で震えながら発した。
「で、でもさ、この人⋯⋯大きい人達と一緒じゃ」
その言葉で数人の子供たちは僕を見上げ、突然表情が崩れる。
「あっ、あっ──」
全員が僕を見上げて、恐れ、確かに記憶に刻み込んでしまった。
そうか。
同時に、ズシンと重くのしかかって来る。
自分はまだ一年しか経ってはいない。
だけど、周りの見方は違う。
みんなは僕を見て、もう"大人"とみなすんだ。
「ち、ちがうんです!!」
彼らにはどう見えているんだろう?
ーーデンデラ!こっち!
はは、何を言ってる。
あの時自分はどう見ていたか⋯⋯なんて。
"よく分かっているだろう?"
「あーいたいた」
奥から頭を掻きながら現れる一人。
「ん?お前、何処のやつだ?」
上半身裸で、入れ墨⋯⋯だっけ?
それぞれの印が入ったやつを見せている。
「どこの物でもないよ。
そっちは?」
「羨ましいぜ。
俺は最近ジンブってところの手下になったんだよ。
捕まえたら捕まえた分だけくれるっつーんだから太っ腹だよな」
そっか。
そうだよね。
子供たちを見ると、完全に大人の会話。
震えちゃってるよ。
「んで?
ソイツらは俺らの"獲物"なんだけど?」
"ら"?
一人じゃないのか。
「おーいヴー、」
遅れてやってくる三人。
同じように、印の入った男たちだ。
「あ?
てめぇ、一人でそんだけ奪うつもりか?」
「アイツどんだけえれぇつもりなんだ?
ヴー、さっさと行くぞ」
「あぁ」
どうやら話を聞いてくれる感じでもなさそうだ。
下を見ると、子供たちが不安そうに僕を見上げて隠れている。
あっちよりは"まだなんとかなる"と判断したのか。
「逃げて」
「え?」
ベルさん。トリスさん。
すみません。
「いいかい?」
屈んで。
目線を合わせる。
「この世界では子供は大人には勝てない」
「大人?」
「僕やみんなの後ろにいる大きい人のこと」
分かってる。
その場しのぎに過ぎないということは。
僕が動く事で、もしかしたら要らない勢力に目を付けられるかも知れない。
でも。
ーー無視だ、無視。
僕は"なんの為"に"浪漫"を掲げたんだろう。
なんの為に夢を見たんだろう。
なんの為に進むと決めたんだろう。
そうだろう?
僕は言いながら自分にも言い聞かせていた。
「今は無理かもしれない。
でも、いつか変えてくれる人が現れるかもしれない。
だからその日まで、逃げて、必死に生き延びて」
一人一人、僕は肩に手を置いて、話す。
まるで昔の自分に言い聞かせるように。
「なんでそんな顔をするのぉ?」
「一緒に逃げようよ!」
⋯⋯だよね。
でも駄目なんだ。
「同じ事は言わないよ、逃げて」
立ち上がって僕は迫る彼らの方に振り向く。
「早く!!」
「おい、なんのつもりだ。
⋯⋯数人で追いかけろ」
動いたその時。
僕の頭には初めて教わったときの事が頭に浮かんでいた。
ーーコレは私の家に伝わる物なんだけどね
「⋯⋯っ」
すみません。
ベルさん。
でもごめんなさい。
「なんだあの体勢」
ちょっと足を浮かせて重心は上半身。
「いいからそんな事より行け」
飛び上がった瞬間、僕の身体は雷みたいに見えたと思う。
"ドコンテ──交差蹴り"。




