初めてのおつかい<3>
「もっと話したいところですけど」
席を立つ。
僕は今、ベルさんのところの人間だから。
「だからこそ、君に何もしなかったんだろうね、あの方は」
⋯⋯何がだろう?
「何かあったんですか?」
「いいや?
と、それより紙に書いてあったが、種が必要なんだって?」
「あっ、そうでした!」
どうやらベルさんたちが食べたいと言っていた種を貰ってくるようにって行く前に言われたんだった!
「ほれ」
奥の棚から取り出した袋を僕に向かって軽く投げる。
「ありがとうございます」
今なら、先生への見方も少し変わった気もする。
"僕が"⋯⋯なんて言わないが、勢力を盛り上げようとするために先生は優秀な子供を育てて自分たちの勢力に一人でも多くしようとしたのではないだろうか。
「先生」
「どうした?」
「あの時、僕に色々教えてくれて⋯⋯ありがとうございました」
「ははは。
なんだなんだ、そんなに深く頭を下げて」
どんな理由があっても、この世界で情報を教えるのはただでは済まない。
それをこの一年、よく理解したし、世界を学んだ。
食べ物を払ったくらいで得られる情報ではない。
「まだ13歳だ。
気負う事はないさ⋯⋯やりたいようにやりなさい」
「なんで」
「ん?」
「なんであの時、僕に色々教えてくれたんですか?」
別に僕以外にも生徒はいたはずで。
話によれば、村は僕達の場所以外にもあったはずだ。
「そうだな」
少し悩んだようにお酒をぐいっと飲んで、先生は僕を見つめる。
「正直なところ、分からない」
「⋯⋯わからない?」
「"""昔"""、そんなことがあった気がするんだ。
何かに追われたように心が、何かが、辛くなるんだ。
きっと、何かが私にそうしろ⋯⋯そう言うように」
話す先生の表情からは何処か別の人を見て話すようなモノがあった。
きっと、僕以外の昔の誰かかも。
「ありがとうございます」
「気をつけるんだぞ。
この場所はまだ勢力が決まっていない。
全員がこぞって勢力を増やそうとしている」
背を向けて歩き出した時先生がそう言ってくる。
「先生」
「ん?」
足を止めて、僕は今一番聞きたいことを振り返って聞く。
「最近覚えたことなんですが、自分のロマンが崇高なものだなんて思っていません」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも、みんななんで勢力を増やしたいんでしょうか」
辞書に書かれていた。
加虐、支配、依存。
どれも意味を指すものは違えど、根っこは似たような事だった。
「人は人をどうにかして落としたいんでしょうか。
戦いたいのでしょうか。
誰かが苦痛を与えられているのを見て笑っている人がいました。
僕は、戦いたくも、見ていて面白くもなんともありませんでした。
けど、かと言ってその笑っている行為を悪いとも思いません。
何故なら人は皆同じではないからだと思うからです。
僕だって毎日同じ事をしていたら退屈になると思うのは当然だと思います。
しかし、性別など関係なく、人が人を。
苦痛を与え、従わせて、気付けばその人なしではいられないようにするということの為に勢力を増やしたいという理由がわかりません」
少し長くなったけど、先生に聞きたかった。
この一年で色々な言葉を覚えた。
沢山の知識、この世界の歴史、どういう流れがあったのか。
⋯⋯そして語彙。
僕の思っていた言葉をまとめて、先生はどんな言葉を返してくれるのだろうかと。
少し息を吐いて、先生が僕を見つめる。
「まるで学者だな」
「え?」
「13歳でそこまで深いことを考えた事もなかったな」
「先生は考えていなかったんですか?」
「私の場合は時代もあったが、生きることで精一杯だった。
エオと同様に⋯⋯走って、時には自分よりも弱い者から奪い、殴って、蹴って、どうにかして生き残る為に」
そうか。
村がないのだから、常に戦いなのか。
「私がまともに考えるようになったのは、100を過ぎた頃だ。
そう考えると、時代を感じるな」
僕を見る先生は懐かしそうにしている。
「エオ」
「はい!」
「難しいことを聞く。
人は人であると。
どのように定義付ける?」
「人は人である⋯⋯」
「殴る事は悪である⋯⋯エオはそう思うか?」
黙って頷く。
「うん。
であれば、私も悪であるし、世の中のほぼ全員が悪だということにもなる。
苦痛を与えるのが、悪だと、人ではないと言うならば、全員が人ではない。
⋯⋯そうなれば、定義はどうなる?」
「⋯⋯っ」
「そう、話はそこで終わってしまう。
人は小さくも大きくも、全員がそのような気持ちを持って存在する。
エオはきっと、まぁ最初から見ていたが、心が優しい子だ。
自分のことよりも他人を思いやれる良い子だ。
──だが。
故に周りに恵まれているから、何故そうなるのかが理解できないのかもしれなくはないか?」
「理解できない⋯⋯ですか」
「例えば人から奪う事は悪いか?」
「はい」
「だがご飯を用意できなければ?」
「死にます」
「だがエオ、君には時間があった。
自分を追い込む存在がいれば、デンデラが守ってくれただろう。
でも他は?そうではないぞ」
「そうなれば、食べ物を作れなかった」
「そうだ。
となると、子供の笑顔を見ることも出来ぬし、戦いは激しくなるな?」
「はい」
「それでもエオはやらないだろう。
私は少なからずそう思う。
⋯⋯だが周りはどうだろう?
飢えに耐えられるか?
自分よりも優れている者からの重圧に耐えられるか?」
「そうすれば、自然と行ってしまう⋯⋯って事ですか」
「これはあくまでも仮説だ。
残念ながらほとんどが実際に見てきた例だがな」
どうすればいいんだろう。
「だからこそ」
「⋯⋯?」
「その問いを常に持ち続けること。
──それがエオ自身の成長に繋がる。
今はまだ問い続けるだけで良いと⋯⋯私は思う」
「⋯⋯はい」
「で、だ」
答えが出ない問い。
そう思っていると。
「私が伝えられるのはただ一つ」
先生は少し悩みながら、顎に手を添え。
「何が悪い、何が良い。
その二つでしか見ていない内は、私の知る限りその道の先はない」
「⋯⋯⋯⋯」
「何故私達が存在しているのか。
そんな二つの答えで我々人間を測るのなら、なんと浅ましいか。
それを⋯⋯その先を。
エオに託す」
「⋯⋯ありがとうございます」
ビリッと何かが落ちたように深く一礼し、僕背を向けた。
その先を、いつか出せるように。
──今は問い続ける事だ。




