閑話:?
見えるは黒い壁、黒い豪華な椅子。
そして端まで伸びてるのかと思うほど長い机。
壁にはいくつもの絵画が飾られ、壺が空間の間に置かれている。
そして、沿うように壁にピタリ──一糸乱れぬ立ち姿で並ぶ男女数十人。
だが"奴ら"の表情は穏やかや真面目などとは程遠い。
針でも瞳の前に突きつけているかのような緊迫感。
微かに擦れる布がそれを物語ってる。
息を呑み、全員が恐れている。
⋯⋯"何"を?
その正体。
それは、椅子に座っているのはたった二人。
笑い声をあげ、グラスにワインを注ぎながら談笑している。
「そうかそうか。
では向こう10年は問題ないな」
オールバックに仕上がっている40代くらいの男。
「お、そうだ。
最近上物が入ったんだ」
もう一人は腹の出た同じくらいの男。
"どいつもこいつも"。
「ん?」
オールバックの方が何かに気付く。
その視線は立っている一人の青年。
「君かね?」
「え、えっ」
なんの事か分からないのか、青年は慌てて首を横に振っている。
「なんだ?」
──ベスター""""卿"""""。
「ん?
その青年からは異質な夜を感じたのでな」
そう言われた腹が出る男は眺め、顎髭を触りながら傾げている。
「気のせいではないか?
そこの男と言い鴉の置物といい。
私の夜は異常だとは言ってない」
「デキスス""""卿""""。
最近の若者の兆候を知らぬとは言うまい?」
ピクッと眉を動かすデキスス。
そのまま背もたれに寄り掛かりながら、手にしている肉を頬張る。
「またあの話ですか、ベスター卿」
退屈そうに見上げ、雑な手招きで男の額を地面に付けさせてはその上に磨き上げられたであろう靴を置く。
「そうだ。
その"話"とは別件だが、兆候は気付いているだろう?」
「それは勿論ですとも。
ドンドン質が良い資源が増えていますから」
「我らにはあまり関係のない話だが、資源は多いに越したことはない」
スッと上品な所作で一口啜り、手元の苺を口にする。
「しかし、デキスス卿」
「ん?」
「四人の頭の手綱はしっかり握っているな?」
「勿論」
グラスを持ち上げ、デキススは一口飲み込むとまずかったのか、下にいる男を殴りつけた。
「っ!!」
「品もない。
さっさとこの男を捨てろ。
最近働かないなと思ったら⋯⋯」
「も、申し訳ありません!!
至らないところがありましたらなんでも直します!!」
「""ペトーの広場""へ捨てろ」
その言葉を聞いた下にいる男の表情が青くなる。
暴れだし、押さえつけられて。
「どうか!!どうか!!!」
「ふんっ、これだからゲビヒンは駄目なのだ」
「相変わらずお前は分からんな、デキスス卿」
「貴様も大概だろう?
女と食の偏食具合とかな」
スッとワインを飲む彼に差し込む一言。
冗談だろう?とベスターは脚を組む。
「ところで"私は早く上がる"つもりなのだが、卿はどう考えている?」
「⋯⋯どうとは?」
「言わせるつもりか?」
ほんの僅か一瞬。
二人の瞳から放たれる視線の刃がぶつかる。
「上がる?
まさかあの"階段"の話をしているのか?」
「それもだが、私はこの立ち位置から一つ上がりたいんだ」
そういうことか。
⋯⋯そう言いたいデキススの顔は頷きながら手元の肉を追加している。
「我々は一まとめだぞ?」
「それはそうだが、これ以上ベスター卿は望むのか?」
「勿論だとも。
大いなる貴族に食い込みたい」
「⋯⋯その先に終わりはないが?」
「今の地位では私の願いは叶わない」
湯水のように飲むワイン。
そのグラスを、ひっくり返して地面にぼとぼとと捨て、ベスターは眉間に皺を寄せる。
「これだけ私に力があるのに、"まだ"足らない」
「事情は聞かないでおきますよ。
あなたがこれまで見せてきた能力に比べれば」
鼻で笑い、デキススは食事に戻った。
しかしベスターは目の前の食事には手を出さず、ただワインの入ったグラスを眺めクルクル回しているだけ。
それがしばらく続く。
「さて、色々話したことですし」
「だな」
二人は立ち上がると軽く指先に集まった夜を横に一線引く。
──だが直後。
スパァァァァァン!!
一瞬の事だった。血が噴き出す。
並んでいた男女の上だけが綺麗に無くなっていて、無残に床に倒れた、本当に。
「使用人も替えが効かないのも問題だな」
「毎月1000人以上消費するの大概だ」
二人はそのまま大きい扉に向かって歩く。
道中、1枚の絵画の前に二人は止まった。
「神に愛された子⋯⋯か?」
横目で聞くベスター。
「えぇ。
私の最も好きな絵画です。
実話であり、彼らの汚点でもありますからね。
かつて世界を揺るがした思想を持つ一人の貴族の少年がペトーの広場に捨てられた。
そこは人を確実に処分するために用意された動物が跋扈する広場。
今まで一人も生きた者はいないと言われている。
⋯⋯しかし一人の貴族の少年はそこに落とされたが、その行動が面白いと当時の当主たちが画家に書かせた奇跡の一枚。
大量に飢えた猛獣たち。
だが手前に描かれている少年は、ただそこに"立ち尽くした"」
「⋯⋯物知りだな」
「足首、手首、夜で絶対に解かれることはない。
だが彼を含め、落とした当主たちにも理由がある」
淡々と解説するデキススに、ベスターは釘付けになって無言の眼差しを向けている。
「⋯⋯ただ恐れた。
主義に反し、思想に反し、当時の全貴族が恐れたのだ。
その最も消したい一人が、歴史上最も優れた天才であり、そして、後に夜による啓示で出たことが──"愛された子"、なのだから」
「運命とは残酷だな」
「そして面白いのは、この少年に猛獣たちは寄ったものの、一切食べようとしなかった点だ。
唸っているものの、すぐに収まり、挙句の果てには頭を付けた。
⋯⋯猛獣がだ。
それを後の名画としてここに飾ってある。
世界で6つしかない物だ」
そう話すと、二人は扉に手を掛ける。
だが──
「そこの鴉」
うっ⋯⋯!!!
視界が突然、紅い虹彩で覆われる。
「あまり舐めた真似はするなよ?」
その片目で覆われた瞬間、ブチっと共に接続は切れた。
*
「⋯⋯ふぅ」
危ない。
感知されたら終わってたな。
「ダドマ様?」
「ん?」
「瞳が⋯⋯」
「あぁ、すぐに治まる」
ダクロイヤルか。
これも運命なのだろう。
「しかし⋯⋯」
「我が家がやることは一つ」
そうだ。
数十年後の次期当主の勤めとして、この歴史を辿る必要がある。
「なんとしてでも真の光の子を守護する事だ」




