天才と異才
あれ?
「⋯⋯驚いたな」
僕の手は、崖の頂上部分に手が掛かっていた。
ふっと見上げると、トリスさんがいつものように膝に手を置いて僕を見下ろしているはず⋯⋯だったんだけど。
「まさか本当に三ヶ月でこの崖を登りきれるなんて全く思ってなかったぞ」
「え?
なんでそんなに驚いてるんですか?」
"やれって言ったのあなたですよね?"
⋯⋯なんて言葉が頭に浮かぶんだけど、口を尖らせているところを見るに、多分本心で言ったんだろうと思う。
「それはねエオ」
僕の手を引き上げてくれて、やっとふわふわというかゾワゾワというか。
ずっと背中が変だった僕の感覚はやっと土に足がついた。
見るとベルさんがお肉を持って待っていてくれたのだ。
⋯⋯お肉!!
「あっはは。
やっぱり子供だったみんなに一番効くのが肉だな、トリス」
「⋯⋯そっすね」
なんだか不貞腐れてる?トリスさん。
「あっはは。
トリスの機嫌が若干悪いのはエオ。
君が三ヶ月で登りきったこの崖は、トリスは2年以上掛かった崖だからさ」
チラッと僕を見てベルさん。
やめて、そんな事言わないで!
そんな情報知ったら申し訳なくなっちゃう!!
あー、どうしよう!
トリスさんって意外と子供っぽいというか、グランにちょっと似てるっていうか。
「俺、飯作ってきます」
あ。トボトボ行っちゃった。
「大丈夫さ。
本人にはダメージがある事だけど、全体として見たら、凄く良い事になる。
だからこその葛藤さ」
ベルさんは腰で両手を組み、空を見上げる。
いやぁ。本当に似合うなぁ。
「そうだ。
エオ、勉強は進んでいるのかい?」
「はい!
少しずつ言葉を覚えてます!」
僕達の公用語はルフヴォ文字と言葉。
後は"カタカナ"と"漢字"?
どれも全然違う文字で、一から勉強するのが楽しくて。
「ルフヴォ文字が読めるなんて正直驚いたな」
「はい!」
でもあれ?
なんで読めたんだっけな?
「サヴァン先生が結界?でしたっけ?
あの境界線で教えてくださったはずです!」
「そうか。
まぁ時間はあるからね。
ゆっくり覚えていくといい。
歴史やその他の事は今の所トリスに任せれば良い」
「あ、一ついいですか?」
ん?と僕を見るベルさん。
そう。僕の。
僕自身の"成果"をまだ見せてない。
「トリスさんが後半は僕達をあまり見てないという風に言っていたと思うんですけど」
「あー、うん。言ってたね。
内戦で上手く行ったんじゃないのかい?」
──この反応は大人の強い中でも知られていない情報かもしれない!
「違います!」
「お?というと?」
賭けてみよう!
これで怒られても良いように。
「もしあったりしたら怒ってくださってもいいですし、キツイことも耐えます」
喋っている内に、ベルさんの表情が真剣なものに変わっていく。
「うん、その様子だと⋯⋯何か取引がしたいのかな?」
僕は頷く。
「そうか⋯⋯まぁ良いんだけど、それはさっきのはな──」
そこまで言った時、ベルさんの表情が固まる。
ゆっくり。
まるで風に揺られた葉のようにゆらゆら僕を見下ろす。
「まさか」
短く切るベルさん。
僕はその言葉に頷いて見上げる。
「はい」
「君の身体を見てなんとなくは感じていたが。
いやまさか⋯⋯食料を"解決"したのかい?」
「その通りです」
「ハッ──!」
見たことのない表情で、ベルさんは笑っている。
ただそれは、僕の知っている笑うとは少し違うものだった。
なんだろう?
辞書にあった言葉で言うと嫉妬?嘲笑?
良いモノとは思えない表情だ。
「私は"たまたま""見て"、"聞いて"命じただけだったが」
空を見上げ、ベルさんは続ける。
「まさか、天才を引き当てるとは⋯⋯。
いや。
そうか。
確かにそれは取引材料になり得る」
凄く鋭い目つきだ。
僕を見下ろし、いつもとは違う⋯⋯それはトリスとはまた違う⋯⋯初めて見る強い人の圧迫感。
「好きなものを言いなさい。
村では供給出来るほどの作物は作れないし、枯れている。
もしその技術が本物なら、私が出来ることをトリスにとってこさせよう」
大人になったから分かる。
夜を見えるようになると、猟犬の人たちが怯える意味が。
ギュオオオと溢れだす夜のエネルギー。
全身から漏れ出て、空まで登っている。
それに、形も違う夜が僕を押さえつけようとしてくる。
「望みはなんだい?
私が叶えてみせよう」
心の何かなのかな?
ベルさんの欲しいという力が僕に向かって荒い風をぶつけてくる。
「望みですか?」
「君が持ちかけたことだろう?エオ」
「⋯⋯はい」
凄い圧迫感だ。
立ってるだけでも後ろの崖を壊してしまいそう。
「私達は飢えを恐れている。
飢えは大人も危惧している事でね。
もし君が枯れた土地を回復させる術を持っているのなら、それはまさに異才と言うだろう。
天才ではない。
もう一度言う──望みはなんだい?」
そう。
僕の望みは⋯⋯
「それは────」




