体力作り
「おーい、何やってんだー」
「ぐっ⋯⋯!し、しぬ!!」
全身の何かがブチブチって音がしている気がするんだけど!?
「大丈夫だろ。
3年も遠征し続けて生き残った奴だろ。
持ってるものがちげぇよ」
「そっ⋯⋯それは⋯⋯!!!
僕の⋯⋯!!!」
「仲間がいたか?
それも立派な持ってる"モノ"だ」
──小せえ崖。
トリスさんがそう言った場所はデコボコしていて、そしてその壁にひたすら僕を登らせている。
「あっ」
力が入らなくなった僕の手は壁から離れる。
や、やばいんじゃ⋯⋯?
「うわぁぁぁああああああ!!!」
「ったく、そんな高くねぇっつーんだよ」
バァン!と凄い大きな音と共に、落ちた。
え?落ちたよ?僕。
「おーい、早く登ってこい」
僕は自分の身体を見つめる。
数秒もしない内に、僕は一つハッとする。
⋯⋯怪我をしていない。
子供ならいつも誰かが怪我をしていた。
「早く登れー。
訓練の意味がねぇだろー」
「はっ、はい!!」
トリスさんめ!
僕を何日こんな目に遭わせるんだー!
「っく⋯⋯っは!」
でも、時間が経つ度にドンドン登れるようにはなっていってる。
"肉体強度を上げる"──。
トリスさんとベルさんが言っていたことだ。
「確かに⋯⋯ぃ!
足の震えは止まるようになった⋯⋯けどぉ!」
毎日やることが、この崖を登り続ける事なんて⋯⋯聞いてない!
「いや」
僕とデンデラの道も、積み重ねが全てだった。
これもきっと。
「くっ!!やるぞー!!!!」
今は、僕⋯⋯ノブレスにいるけど、もし認めてもらえたら、村のみんなやデンデラ、僕と同じ猟犬達とも話し合って、進めていかなければならない。
ロマンを追うこと。
平和にすること。
どれも⋯⋯今の僕じゃあ叶えられない!
ならば、どうするか。
「デンデラ⋯⋯のように⋯⋯」
ビクつく足の奥。
僕はそれでも力強く踏み出す。
グングンと少しずつ踏みつけ、上がっていく。
「今度は⋯⋯隣で戦える⋯⋯ように!!!」
──上がり続ける。
──進み続けるんだ。
どこまでも。
*
「兄貴、失礼します」
開く扉。
入って来るのはトリス。
「エオの訓練ご苦労様」
椅子に座り、小指を立てながら"紅茶"を口にし、黒い表紙の"本"を眺めるベル。
「進捗はどうだい?」
読みながら緩く訊ねる。
「建設的な話と現実的な話⋯⋯どちらを望まれますか」
一礼するトリスを見上げ、ベルは飲みながらチラリ。
「現実的な話だね」
横目でそう呟くベル。
「ではお話しますが、正直なところ、俺より強くなると思います」
「ほう?」
黒い精微なカップを起きながら、ベルはふっと見上げてゆっくり頬が緩む。
「それは良い"ニュース"だ」
「はい。
一応もうすぐ二月になりますが、あの絶壁を半分以上は登りきれています」
「成人したばかりの子供が?」
「⋯⋯はい」
射抜く眼光がトリスに向く。
指でトントンと机に叩いてやると、ベルは言葉を考えている。
「んー」
「サヴァンの意見はあまりアテにはしていませんでしたが、予定が大幅に切り替わりそうです」
「⋯⋯そうだね。
これまでも意見はことごとく外れてきたからね」
「──ところで、一つお聞きしても?」
無言でトリスを見上げるベル。
「俺は遠くから見てただけですけど、エオの夜の時、一瞬兄貴も時間が止まったように見えたんすけど」
「ん?そう?」
「は、はい。
あの兄貴が誰かの夜で固まったのを見るのは本当に始めてみたんで⋯⋯やっぱ才能はあったのかなと」
少し鼻で笑い、ベルは言う。
「どうだか」
「え?」
「どうやら⋯⋯アレの言葉は当たっていたのかもしれない」
意味がわからず、困惑気味のトリスは首を傾げている。
「アレ⋯⋯ですか?」
「"過去"、いや⋯⋯最後の⋯⋯少し前でもあり、"昔"の話さ。
正直に恐ろしいな。
⋯⋯こんな形で、見ることになるなんて」
空気が少し重くなる。
沈黙が続いたトリスは、気まずそうに話題を変えようと目に付いたもので訊ねる。
「あぁ⋯⋯それは、何をお読みに?」
「あぁ、これ?
これは私が昔"家"にあった書物でね。
色々な夜の種類が書かれたものなんだ。
エオにどんな特訓がいいのか探していてね」
「あっ、確かに。
俺、全く何も考えていませんでした」
ポリポリ頭を掻いて笑うトリスに、爽やかな笑みを浮かべてここぞとばかりに言う。
「今じゃあサヴァンとトリスに任せっきりじゃないか。
これくらい私がやって見せないと」
「⋯⋯いや!
兄貴は居てくれるだけでいいんす!
俺が⋯⋯いや、俺達が今度は返す番っすよ!」
「いいかい?トリス。
私達人間は、受け取るだけでは意味がないんだ。
──人に与えなさい。
そして受け取りなさい。
それがどんな形であっても。
私達人間とは、そういう巡りによって生かされているんだよ」
「⋯⋯⋯⋯兄貴」
「正当化するつもりはない。
ただ、私が昔のみんなに与えたモノが、今、こうして私の衣食住をくれている。
私はこれだけで生かされている。
何も困らない。
有り難い。
感謝し、全てのモノに感謝してこそだ」
「はい!心に刻みます!」
「いつもありがとう、トリス」
「っす!!」
一礼し、出ていくトリスを見送るベル。
バタンと閉まると、その表情はどこか一瞬瞳の虹彩から色が消えたように見える。
「私が死ぬ前に、あの子を育てなければ」
静寂な部屋で一言、虚しく響く。




