山登り
次の日。
僕は朝から何処かへ連れて行かれる。
ご飯を食べ終わり、すぐにトリスさんと一緒にずっとこの調子だ。
「何処に行くんですか?」
ただ静かにどこへと歩く。
見上げながら聞くと。
「あそこだ」
指を差したのは、遠くに見える何もない場所。
だけど、なんか高い。
「山⋯⋯ガキ共が知らねぇ概念だ」
「山?」
「俺達が何も手を加えなくても勝手に育ち、広がり、在り続ける場所。
俺達人間とは切っても切り離せないものだ」
そう言われると、食べ物の事を思い出す。
デンデラはどうしているんだろう?
村の事も気になるし。
「昨日も言ったが、ガキは基本的に俺達大人の資産になる」
「言ってましたね」
「お前は昨日から""""俺達のモン""""だ」
「そういう事になりますよね」
「⋯⋯意外だな。
ガキはそういう冷静さは持ってないと思っていたがな」
少し笑って口を尖らせている。
きっとつまらないと思われたと思う。
でも、僕はなんとなく分かっていたからなぁ。
「ずっと考えていたんです」
「こういう事になるって?」
「はい」
理由は分からない。
けれど、教えてもらった時間の単位⋯⋯僕は三年間、ずっと考え続けてきた。
大人はなぜ子供を欲しがるのか。
「でも答えは分かりませんでした」
「その内分かるさ」
「分かるんですか?」
「⋯⋯嫌でもな」
見下ろしながら短く言う。
それっきり、ただ前を見ながらトリスさんは歩き続ける。
トリスさんの早い歩み。
それに置いていかれないように僕も追いかけ続けた。
山の入口という所につくと、鼻から入ってくる息が違う。
気持ちよく感じる。
「上がるぞ」
最初は何も感じなかった。
けれど。
「っ⋯⋯はぁ⋯⋯ハァ」
登るってこんなに厳しいんだ⋯⋯!
「はぁ⋯⋯はぁ」
足の裏が既に痛い。
一回一回にビリビリするような感覚があって、疲れがすぐに出てくる。
「あの辺りだ」
それからどれくらいだろう?
必死に登る僕に、指を差す。
少し遠くを見ると、小さい建物。
どうやらあそこに行くつもりらしい。
だけど遠くない!?
「気をつけろよ、平坦な道じゃねぇ」
見たことのない場所、見たことのない流れるような情報。
そして、普通じゃない身体の痛みと疲れ。
足裏の色々な場所がギューってピキピキする。
「はぁ⋯⋯っ!」
痛っー。
最初は凄い土が反ってるような場所を登った。
足がプルプルして、足じゃないところも不思議と疲れる。
その途中から、建物の外側を登るように、指でこの硬い飛び出ているものに引っ掛けて上がっていくような場所に変わった。
土が目の前にあるような壁。
どれくらいがたったんだろう?
何度も失敗したし、何度も落ちた。
見上げるとすごく高い壁。
ガンガン先に進むトリスさんは既に上から僕を見下ろしてた。
「⋯⋯⋯⋯」
先にいるトリスさん。
僕の知ってる大人なら、ここで何かを叫ぶはず。
けど違う。
黙って下にいる僕を見てただ待っている。
なんでかはわからないけど、ただ"何か必ず登ってくるだろう"という信じてるに近い気持ちが、トリスさんの目にはあったのが不思議で仕方なかった。
僕は昨日今日の人間で、替えの効く子供だ。
手の内を見ると、いっぱいの傷と血。
でも、でも。
──それでも僕はやる。
トリスさんの目的はまだ分からないけど、これを登らないと何も始まらない気がするから。
「っ⋯⋯ゔ!!」
ガリガリって音が耳から離れない。
だけどやるんだ。
「ゔぅ⋯⋯!!」
見上げた先には、トリスさん。
無表情で僕を待っている。
もう少し。
もう少しなんだ。
「っ、ゔ⋯⋯!!よっと」
「っはぁー!!」
ほとんど最後はトリスさんが引っ張ってくれたけど、なんとか登れた。
振り返って下を覗くと、とんでもない高さを登ってきた事がわかる。
「ようやった。
行くぞ」
「⋯⋯はいっ!」
*
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
やっと──着いた。
どれくらいの時間を掛けたか分からない。
登って、登って、やっとだ。
⋯⋯けど出来たんだ!
「エオ、そこで寝て待ってろ」
立ち上がったトリスさんが足早に小さい部屋の中へ入っていく。
「はぁぁぁ⋯⋯」
駄目だ。
もう疲れてそれどころじゃない。
⋯⋯登る場所。
僕達が生きていた村にはなかった概念。
今日だけで沢山の情報が僕の中に入ってくる。
それから体が少し落ち着くと、僕はプルプルしながらも立ち上がって、探索を始めてみた。
家からは離れていないし、変な行動じゃなければ問題ないと思って。
「──凄い」
すぐ後に知る事になるのだけど、これを風景って言うんだって。
見下ろした先には、黒い山⋯⋯じゃなくて家が並ぶ。
見上げると黒と少しだけ紫が入り混じった空。
僕達が何度も見てきた空。
でも、眺める場所が変わるだけで、こんなにも心が埋まっていくんだってことを知った。
全てが新しくて、全てが変わったような。
「⋯⋯エオ、何してる」
振り返るとトリスさんと⋯⋯誰だろう?
髪が長くて女の子みたいに手足も細くて、生きてるだけで限界⋯⋯みたいな。
「上から見たのは初めてだったんです!」
「──そうか」
少し驚いたように僕の隣に立って、見下ろすトリスさん。
「⋯⋯懐かしいな」
「え?」
「いい。
そうだ、お前に会わせたい人がいるんだ」
と、僕の前にはさっきの人が立っていた。
「は、はじめまして!!」
どうすればいいか分からず、僕はただ挨拶をする。
「⋯⋯こんにちは」
何か様子がおかしい。
まるで長い間待っていたような。
「どうかしたんですか?」
訳もわからず、僕はトリスさんを見る。
当然、何も返してはくれない。
そ、それは酷くありませんか!?
「すまないね。
ただ、もしかしたらと思うと思うところが私にもあってね。
私の事は⋯⋯そうだな、死人と呼びなさい」
「あっ、はい!ガ──」
その時だった。
トリスさんがありえないほどでかい声で遮った。
「誰がガルだと!!!!
ふざけんな!!」
きょ、今日は⋯⋯いっぱい分からないことが増えていくなぁ。
ど、どうしよう。




