われみち
「おやおや、早いですね」
しっかりと地獄は見てきた。
「おはようございます」
「準備万端⋯⋯とは言えませんが、何かお話が?」
畑の近くで商人さんと僕は座る。
「こんな事⋯⋯聞くことがおかしいのは重々分かってはいるのですが」
「何でも仰ってください」
「商人さんは、悪い人ですか?」
横を向いて僕は、訊ねる。
自分でもおかしいのは分かっている。
けれど、聞いておきたかった。
「ハハハ⋯⋯本当に面白い御方だ」
「誰でも悪い人なんて自分から言わないと思います」
「では、何故?」
暖かい風が静かに僕達を通り抜けていく。
「その人の放つ夜が、教えてくれそうだから」
なんとなくだけど。
僕は、多分分かる。
「ほう、やはり違いますな。
新しい時代の御仁は」
「そういう訳でもありませんけど」
すると、単刀直入に。
そこには一切の嘘がない、そんな複雑な表情で見てくる。
「悪い人かと聞かれると、悪い人ではあると思いますよ」
商人さんは見上げてそうハッキリ言ってきた。
「⋯⋯そうですか」
「思ったより普通ですね」
そんな言葉に僕も空を見上げて、答える。
「みんなが誰しも悪いことをしていますから、自分を守ろうとしないのは新しいなと⋯⋯これでも驚いています」
「まぁ⋯⋯真面目に答えるのであれば、私は商人です。
必要のない物を必要な所に売る仕事⋯⋯つまりは労働です。
その為には手段を選ばない生き物であると。
⋯⋯間違いありません」
でも何処か、俯いている商人さん。
するとふっと見上げて、僕を見ては笑って言う。
「しかし⋯⋯最近、ここに来て毎日思うのです」
僕達の周りには、子どもたちが走り回っている。
騒がしくも、子供が嬉しそうにはしゃいでいる。
その光景を、ただ、じっと見つめている。
「私は何故商人をやろうとしていたのか。
なぜ、生きていくのに困らないのにも関わらずしがみつこうとしているのか。
我々人間に必要なのは、本当に必要なものは何なのか。
貴方やこの新しくなった南で見る度、私の感覚が入れ替わっていく」
こんな商人さんは初めてだ。
「色々な地域で、沢山の娯楽を見た。
沢山の良い女を見た。
沢山の美男子を見た。
美味しい食べ物を口にしたし、飲み物だって口にした。
だがどれも、"本当に欲しいのか"と問われれば、多分いいえと答えるでしょう」
「⋯⋯⋯⋯」
「西にはこんな言葉があります。
燃ゆるが如く、煌めくは連続」
「どういう意味なんですか?」
「美しく光るような時間を過ごしているその時間は、自分の命を燃やしている。
つまり、使うのは良いが、無駄にはするなという意味です」
「⋯⋯⋯⋯」
「これから行く西は、金が全てです。
価値をつけた金という物を使って戦う場所です。
そんな金を使う時、まさに綺羅びやかな一時だろうけれども、自分の金と生命はその何倍も多く消費している。
ここを見ていると、まるで自分の何か根源のようなものに立ち帰ったような気がするのです。
それに何か⋯⋯こう聞かれてるような気がするんです。
──お前が本当に求めていたのはなんだ?っと」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「お世辞ではなく、正直な腹の内です。
我ながら恥ずかしいものだ。
商人たるもの、利益にならない事はするべきではないのに」
「⋯⋯だからこそ生き残ってきたのでは?」
「っ、」
僕を見て商人さんが微笑んだ。
それは、初めてこの人という中身を見れたような。
「面白い人だ。
ただこうして話しているだけなのに、勝手に話さなければならないような気さえしてくる」
「そんなつもりはありませんよ」
思わず噴きながら言うと分かっていると手で返してくる商人さん。
「私としては、末永くこの南という場所で、つまりは貴方と取引がしたい。
なので、未来のあなたが私に取引できる物をその時用意してもらう。
──これが条件です。
もしかしたら、貴方が西で、とんでもない功績を残すかもしれませんが」
「その時は遠慮なくぶんどってください」
商人さんの顔を見て、僕は声を出して笑う。
「そんなことを言う人、今まで居ませんでしたよ、ハハハ」
「これが対等では?」
「⋯⋯対等、ですか」
「はい。
僕が目指しているのは全員が対等で、全員が全員、創る世界です。
誰かに人生を渡すようなものではなく、自分の⋯⋯人間の生を歩む。
所謂人生を送る。
今の人達は誰かが上にいて、誰かを下にする。
そしてそれを見ている人がいる。
でも、本来はそうではない」
「ほう?」
「僕は求める。
道を、みんなが作れる道を。
巡るという言葉があるように。
みんながぶつかりそうになったら避ける。
誰かが悪いことをしたらみんなで考える。
一見変に見えますが、結局はそれも回避する事になる。
上に任せるのではなく、みんなでみんなの事を考える。
そうしてなんの価値もないなんて言われてきた僕達一人一人⋯⋯渦になってそれは一つの円を産む。
一人一人という点は回避をしながら線になって、円を産む。
産んだ点はやがて軌跡は線となり、最後は円かわからない程になって傍から見たら面になる。
それが渦道。
渦が最後──海を創る。
創ったら力は増す。
増したら水は更に勢いを増す。
これが循環だ」
黙って聞いていた商人さんは瞬き一つしない。
「あっ、なんかすみません。
頭としてやりたい事が大きくて⋯⋯ははは」
「素晴らしい」
「え?」
「なるほど、みんなが付いていくのがなんとなく分かります。
あの時の話だけであなたという人間を過小評価していたようだ」
⋯⋯そんなつもりはなかったけど。
「長話になってしまいました。
とこうして話していて、多分。
⋯⋯というより、意外と自分が緊張しているんだなって」
「そういう事ですか。
誰だって緊張するものですよ。
私も珍しく緊張していますから」
「それは、またどういう訳が?」
「貴方を西に連れて行くのが何処か⋯⋯自分の運命かもしれないと思ったからです」




